白樺勘定男 ≫伍の幕 「殿、よくぞご無事でお帰りに」 「おお、榎戸か。もそっと、ちこう」 「はっ」 裃を脱ぎ、小姓に手渡す月夜殿。そして、長袴を穿き代える。ちと痩せた様な気もするが、その気品と秀麗さは衰える事は無かった。 「どうじゃ、何か変わったことはあったかの」 「……いえ」 「そうか、苦労かける。時に、華は達者か」 自らを顧みず、他に気をかける殿が労しい。これは、俺が白樺城を去らない理由の一つである。 「は、変わらず息災に御座居ます」 やがて、裃と長袴を畳み終えた小姓は部屋を後にした。 「そうか。して、並木には会うたか」 「はあ、あの者は何なので御座居まするか」 先程の光景を、嫌でも思い出してしまう。 「すまなんだ、榎戸。儂が悪いのだ」 「しかし、理由があるので御座居ましょう」 聡明な殿の事、何か理由があるはずだ。そうでなければ、あの様な者を取り立てるなど有り得ん。そうだ、そうに決まっている。 「単刀直入に言うなば、並木殿に金を借りた結果だ。要は、鳥風の持参金というわけだ」 「じ、持参金……。まるで、結納ではありませぬか」 「結納の様なものよ。並木殿の三男坊であり、髪結いになった鳥風を引き取る代わりに、無償で金を貰ったのだ」 荷物と引き換えか、と溜め息をつきたくなったが考えれば無償なのだ。あの髪結いには、給与を規定分だけやれば良い。単純に、雇用という形を取れば良いのかと閃く。その時だった。 「きゃあああああっ」 「姫様っ」 高い声に顔を上げると、殿も頷いた。 「行くぞ」 「はっ」 [*戻][進#] |