白樺勘定男 ≫肆の幕 「硬い髪だなあ」 「な、何奴っ」 殿にお会いしようと急いでいたのに、髷を引っ張られて首の筋が伸びる。振り向けば、艶やかな烏の濡れ羽色の髪を靡かせた男が笑っていた。見た事が無い男だったが、新入りだろうか。しかし、俺には連絡も入らぬかと思うと嘆かわしい。 「やあ、お初に御目にかかります。髪結いの並木鳥風と申す」 「無礼ではないか」 しばし睨み合い、火花を飛ばす。しかし、俺が一方的に睨んでいるに過ぎなかったが。すると、馴れ馴れしく肩に手を回す並木。 「んー、初々しい反応だねえ。どうだい、今夜は空いてる」 「うつけがあああっ」 その手を捻り上げ、床に並木を押し付ける。右の面が床にぶつかるのを見て、少しだけ苛々が晴れた気がした。 「殿は、少し綺麗過ぎてねえ……」 「未だ言うか、この」 捻り上げた手と空きの手を合わせて、更にそのまま関節と逆方向に引っ張ってやる。 「ねえ、名前訊いていないんだけど……」 「痛くないのか、貴様……」 武道には精通していないものの、こうされては何者もが黙ると聞いたはずだが。 「さあねえ……、慣れているのかなあ……。痛みに強いのか、痛みが心地良いのかなあ……」 どこ吹く風で答える並木が気色悪くなり、その手を離す。 「おやあ……、何で放すんですか」 俺によって捻り上げられた腕を摩りながら、にやにやと笑っていた。 「俺の名は、榎戸だ。解ったなら、とっとと失せろ」 「はいはい、榎戸様。また、ね」 叶うならば、もう二度と会いたくない種類の人間だった。 [*戻][進#] |