白樺勘定男 ≫拾陸の幕 俺は何か応えねばならない、そうしなければならないのだ。腕を組み廊下を歩いていると、誰かと擦れ違う度に好奇の目に晒されている様な気がした。なるたけ、姫には逢わない様にしたい。それだけだった。 「あー、榎戸様」 「並木か」 思わず、びくりと反応してしまう。 「相変わらず、硬い髪だなあ」 「触るな、たわけが」 べたべたと触られ、その手を払う。 「姫様からお聞きしたのですが、榎戸様。姫様の男になるというのは、本当ですか。ならば、俺にちと味見を……」 「止めろ」 伸ばされた手を再び払い退け、並木の面を睨みつける。 「おや。すると、榎戸様は城に婿入りするという事ですか」 「違う、俺は……」 「おや。違うのですか、姫様は閨着を選ぶのに夢中でしたよ」 また、金が嵩むのかと力が抜ける。いや、そうでは無い。 「俺は、もうしばらく一人で良いのだ」 「では、男になるというのは可と」 「そ、そういう意味では……」 どう言えば良いのか、俺にはもう解らぬ。 「それにしても、榎戸様はえり好みが激しいですねえ。いや、我儘というべきでしょうか。姫様や通いの毒味役、俺もそうですし。もう、選び放題ではありませぬか」 「お前は、もう黙れ。黙っておけ。さもなくば、俺が貴様に引導を渡す。解ったな」 全く、と俺は苛々しながら頭を掻いた。 [*戻][進#] |