白樺勘定男 ≫拾参の幕 小姓に半分支えられながら、ようやく殿の御前に座る。しかし、殿が無事で良かった。あの薬入りの膳を召していたら、と背筋が寒くなる。 「何事で御座いましょうか、殿」 「うむ、急ぎでは無いのだがな。……ちと、お前は席を外せ」 小姓を追い出し、ずいと俺の傍へ寄る殿。 「実はな、榎戸に頼みたい事があっての」 「はあ……」 「榎戸。お主、華の男になれ」 思わず、息を飲む。あの我儘暴力姫をか、と考え込んでしまう。 「あの、それは……」 「華は美しいだろう」 「それは、まあ……」 初めて城に上がり、見掛けた時は人形の様に美しい姫だと見取れたものである。しかし、今はどうだろうか。武器を好み、無駄遣いをする。おまけに怒り狂った姿は恐ろしく、俺で遊ぶ様な姫である。 「あの華を、好きに出来るのだぞ。世の男は、泣いて喜ぶだろうに」 「はあ、しかし……」 あの華姫が、俺の好きになるとは思えぬ。 「華も、お前の事を好いておるしな」 「それは戯れでしょう、殿」 好かれているとは、到底考えられぬ。俺を遊び道具として、見ているに違い無い。 「いや、本気だ」 「しかも、嫁入り前のお体を傷付ける事など」 出来るはずが無い。むしろ、俺は姫の為に良い相手を見付けて差し上げなければならぬ立場。 「榎戸、何を言うておるのだ」 「……は、華姫様の事で御座いまするが」 「たわけ、華は男じゃ。榎戸とは、随分前から話が噛み合わぬと思っておったが」 今まで誰も言わなかったではないか、と叫びたくなった。いや、それよりあの華奢な体で男か。いやいやいや、姫が男。俺は、頭が真っ白になる。その後、どの様にして自室に戻ったのかは覚えていない。 [*戻][進#] |