白樺勘定男 ≫拾の幕 「お前も、戦孤児か」 「ああ……」 俺も相手もぼろを纏っていたが、相手は気品があった。顔立ちも若衆歌舞伎の見習いの様な、見目好い童子だった。初めは女だと思って、声を掛けたのだが。しかし、応えた声が低かった事を今も覚えている。 「俺は、榎戸三之助。お前は」 「立谷数馬だ」 父親は足軽に取り立てられ、戦で死んだ。母親は勝ち戦を治めた男達に乱暴され、連れていかれてしまった。だから、俺は七つで独りになった。 「三之助は、いつから一人なんだ」 「一年くらい前から」 「どうやって、生きているんだ」 拾った火打ち石で、集めた枯れ枝に火を着ける。数馬は明々と燃える火を憎しみを湛えた瞳で、じっと見つめていた。 「俺の親父は漁師だったから、見様見真似で魚を釣っている」 「だが、釣れぬ日もあるだろう」 「そういう時は、盗みもする」 数馬は目を丸くして、俺を見ていた。恐らく、盗みなどした事も考えた事も無いのだろう。どうやら、これまで幸せな人生を送ってきた様だ。すると、数馬は重々しく口を開いた。 「……わたしの家は、女郎屋だった。遊郭などという、良い物では無い。女は皆、食い物にされていた。借金代わりに取り上げては、次々に放り込まれて男を喜ばせる技を嫌でも身につけさせられる。わたしは、そこで生まれた。下級女郎が降ろし損ねた童子が、このわたしさ。戦では浪人達によって女郎屋が燃やされて、戦でやり場のなくなった興奮を女郎を無理矢理犯す事で収めた。抱いたら、そのまま切り捨てた。わたしは隙を見付けて、必死で逃げた。明日の事も、解らぬ身で。人とは醜いな、三之助。わたしは、もう解らぬ。死んだら楽になるか。なれば、死にたい」 「たわけ、生きるんだ。死ぬ気で生きるんだ、そしてやり直すんだ。戦を無くすなんて、大きな事は言わぬさ。だが、俺は俺の為に生きてやり直すんだ」 通りで、数馬が見目好い童子だと思った。それよりも、俺より酷い状況下にいた事を知る。それから、互いの素性を話し、俺達はたった二人で生活を続けた。やはり時には盗んだり、殺したりしなければならなかった。しかし、驚いたのは数馬が殺し慣れていたという事だった。そして、またすぐに一年が経った。ようやく戦も落ち着き、村や町が日に日に活気を取り戻していった。 「数馬、俺はそろそろ身を落ち着けねばならんと思う」 「それは、一体……」 「城仕えをするんだ。幸い、俺は読み書き算盤が得意。聞けば、白樺城にて会計方を募っているらしい」 拾った反古紙に書いた、条件を読み上げる。 「それから、厨方と姫の教育係、小姓など広く募っている様だぞ」 「わたしも、受けて良いのか……」 「士農工商、広く身分は問わず募るとあった。問題は無い」 数日後、なるたけ小綺麗な恰好で俺達は白樺城へと向かった。本当に広く募っているらしく、童子の俺達でもすんなりと雇われる事になった。俺は会計方、数馬は厨方として雇われた。 「料理など作れるのか、数馬」 「女郎屋でも、自己流だが学んだ。邪魔者である男の俺が出来る事は、稼ぐ事以外だったから」 やがて、俺と数馬は会わなくなった。それが自然だったし、気にする事もなかった。会計方と厨方では、元締めも違う。だが、三ヶ月後には小姓に異動したと聞いた。 [*戻][進#] |