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白樺勘定男
≫玖の幕
「おい、朝餉は出来ておるか」
厨は、女達が数人いるだけであった。先代の雪様が亡くなられ、逃げる様に出ていった者も少なくない。それほど、若い月夜様は信頼出来ぬものかと思わず顔をしかめてしまう。
「榎戸様、何か」
「良いから、俺の問いに答えろ」
「で、出来ましてで御座居ます」
震える様な声で、答えられる。そんなに、俺は恐ろしいかと肩透かしを喰らった気分になる。
「出せ」
「されど、既に毒味役の元へ運んでしまいまして……ここには」
「毒味役の者は」
「いつも、童子が来ております故……」
通いの者か、と無意識に舌打ちをする。
「その者は、何処に」
「い、いつもの如く池近くの廊下にて……」
「承知した」
そう言って、俺は厨から飛び出した。池近くの廊下まで、全力の南蛮で走る。すると、長い前髪で顔の隠れた童子が、池の前の廊下に腰掛けて箸を動かしていた。
「そこの童子」
声をかけると、驚いた様にこちらを見遣る。前髪の隙間から、童子特有の大きな目が見えた。
「な、何で御座いましょうか……」
怯えている様な雰囲気も窺えるが、致し方ない。さっさと、用件だけを済ませれば良い。
「それを食うな」
「な、何故で御座いますか」
「毒が盛られている」
語尾は震えなくなってはいるが、言い出しがぎこちないのは否めない。
「お、俺は、これが勤めなのに……。この勤めが無くなったら、俺は、俺は……どの様にして母を……」
聞けば、寝たきりの母親を食わせる為に毒味役を幼いながら生業にしているらしい。この様に幼い者までを食い物にする戦が、時代が俺は憎くて仕方がなかった。しかも、毒味役をすれば少しでも自らの食費が浮くからだと続ける。
「お前の父は、どうしたのだ」
「父は、三年前に戦で死にました」
「そうか……」
魚の切り身を僅かに取った、止まった箸を持った手を上から握る。
「あ、あの、俺」
戸惑う童子をよそに、その箸の先をくわえた。二度三度と切り身を噛み、えいやっと飲み込む。しかし、何も変調は起こらない。
「あ、あの、大丈夫で御座いますか」
「ああ、大事な」
い、と言おうとした瞬間だった。視界が崩れ、そのまま体が動かなくなった。指先一寸も、全く動こうとしない。
「誰か、誰か、おりませんか……」
最後に、童子の声が僅かに聞こえただけだった。その後は、解らぬ。

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あきゅろす。
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