白樺勘定男 ≫捌の幕 『薬は、他のところから手に入れた』 半紙に一筆書かれた内容を見て、愕然とする。一体、何の薬なのか。それよりも、何処から何者から何故手に入れたのか。それが、問題だった。 「厨に、伝えた方がよろしいのでは」 「ああ、それに立谷にもな」 立谷は、白樺城抱えの医師である。雪様が御健在の頃から仕えており、何より俺と同期なのだ。 「では、ぼくが立谷殿に話を付けてきます」 「待て、俺が行こう。食えぬ奴故、葛木は変わらず仕事を続けろ。直に、他の部下も来る」 「しかし……」 得心せぬ顔に、葛木の優しさが垣間見える。なれど、この優秀な新人を俺の様な雑用にさせたく無いのだ。 「良い良い、気にすることは無い」 とは言ったもの、いざ立谷を目の前にするとそうも言えない。立谷の部屋は、様々な薬の臭いが混ざって鼻を突いた。 「それで、榎戸は何か用か。新薬の実験台になってくれないのならば、帰ってくれないか。こう見えても、色々と忙しいのだけれどね」 「いや、これから死人が出るかもしれないのだ。立谷、準備を頼む」 「へえ」 俺の話に、立谷は興味を抱かなかった。しかし、多くの命が懸かっているのだ。食事に混入されれば、全滅だ。 「大丈夫、死ぬまでは行かぬさ。ちと、幻覚を見る程度だ。自分で作った薬くらい、解っているのでな」 「何を言っている……。今すぐ、何とかしろ」 「それは、姫様の勝手ではないか」 平然と答える、立谷が憎らしい。 「されど、このまま放っておくことは出来ぬ」 「優しいのだな、榎戸。なれど、その優しさを何故わたしには僅かたりともくれなんだ」 立谷の目の奥が、微かに揺れた様な気がした。 「立谷、何を言っている……」 「さあな。なれど、量は一回分だ。犠牲になるのは、毒味役」 くくく、と立谷は楽しそうに笑っていた。こやつも、間違い無く姫と同じ人種だ。だからこそ、姫と息も合うのだろう。幼き頃は、そうでも無かったはずなのだが。 「はは、急げ急げ」 [*戻][進#] |