いい友達?(1)
襲ってきた拳。

一番集中していなかったのはどうやら俺自身だったらしい。




だからと言って一番安全パイな俺に的を切り替えるのは止めてほしい。
俺は自分から殴りかかったことは一度も無い。いつも2人の後ろに立ってことの成り行きを傍観している。すると時々こうやって、あの2人を相手にするのが怖い奴らが、俺なら勝てると思って向かって来る。

とっさに体を後ろに引き回避する。勢いに任せて突っ込んできた相手の背中をそのまま蹴りつけると、相手は自分から壁に突っ込んだ。あれはきっと痛い。

「てめえ!!」

逆上して殴りかかってくるが、俺には不思議と拳の軌道が見える。これもさんざんトラブルに巻き込まれて来たおかげか、よけるのは一番得意だ。向かって来た拳をかわし腕を掴み投げとばし、次に向かってくる奴にも腹部に蹴りを食らわせる。あの2人の戦う姿を見た後はなぜか自分もうまく戦える。
質はあんなに違うのに、呼吸の合った2人の動きに自分まで触発されて、動きたくてたまらなくなってしまう。
けっしてケンカが好きになったわけじゃない。まだケンカは怖い。
でもいざ始まってしまえば俺自身もケンカを楽しんでいるのかもしれない。そんな自分の変化に戸惑うが、これも成長のひとつなのかなとあまり深くは考えていないし、それに・・・あいつらと一緒なら怖いことはなかった。





ものの数分で20人はいたゴロツキが全員地面にひれ伏すこととなった。俺は肩で息をしていたが、2人は今ケンカしていたとは思えないすました顔でやって来た。



バシ!



「痛ぅ!!」

龍成がいきなりのデコピンを俺にかます。

「てめえは何ボーっとしてやがんだ」

「だって・・・」

おでこがヒリヒリする。せっかく無傷だったのに。最後はお前がやっぱり殴るのか。

「だって何だ」

椎神がふざけてたから・・・と言いたかったがその後いちゃもんを付けられるのは目に見えているのでぐっとこらえる。

「・・・仕方ないじゃん。お前達見てたんだから」
「ボーッとしてると思ったけど、私達を見てたの?」

「いや・・・なんかさ、すごいなーと改めて思っちゃって」
「はは〜ん。コータは私達に見とれていたんですね。何だそれならもっと派手に張り切っちゃえばよかった」

ジャケットを羽織ながら、地べたで寝返りを打ったゴロツキの腹を踏みつける椎神。

「十分やっただろ・・・」

まだやり足りないようだ。

「さて、次に行くよ」
「はああ?まだあるのか」
「あと2件」
「・・・嘘だろ」

なんでケンカではしごするんだよ。2人はいいかもしれないけど俺は無理だ。

「だって・・・門限に間に合わない」
「俺のとこに泊まればいい」
「でも・・・」

紫風寮なら朝帰りでも関係ない。でも龍成のとこに泊まるのは・・・・ちょっと、な。





最近の龍成は噛みもしないし変なこともしない。やめてくれたのはいい事だけど、なぜ6年間やり続けてきた嫌がらせを急にやめたのか理由が分からない。そればかりか何気にやさしい?と思うときもある・・・・俺の勘違いか?
それに人間的にちょっとはまともになったとさえ感じるときもしばしば。だって人としての常識がごっそりと抜け落ちているのが京極龍成だから・・・
それがなんだかしっくり来なくて、初めのころは不気味に思った。

でもそんな2人は嫌いじゃない。
むしろ今の2人の方が昔と比べてすきだ。
普通の友達みたい。千加と同じ。

この2人も、ケンカさえ誘われなければ・・・・いい友達なんだけどな。




「さっさと来い」
「あ、うん」

2人の後を追いかける。今までは無理矢理引きずられていたけど、今は自分から後を追う。2人の背中は大きい。俺より一回りも大きい体は俺なんかには分からない何か大きな物を背負っているかのようにも見える。





それを感じ始めたのは最近。



家がヤクザなんてそんなの関係ないと思っていた。去年の襲撃事件のときだってそれはびっくりしたけど、まだ違う世界のことのように思っていた。でも蒼谷に来て2人の生活に京極の家の影がどんどんちらついて見えてきたこのごろは、やっぱり自分が思っている普通とは違う世界が存在することを、そしてその世界に龍成たちはいることを実感する。

月に何度か実家に帰る龍成。紫風寮の裏側に黒い車とそれを警護する車が更に付いて来ている。それに堂々と乗り込む2人。怖そうな大人の人たちが2人には頭を下げる。そのときの龍成と椎神の顔は俺の知らない顔をしている。冷たくて排他的なその視線は高校生とは思えない不気味な空気を纏っていた。
完全に別世界。
俺なんかが立ち入ることはできない殺伐とした世界。


『殺らないとこっちが殺られちゃうから』


以前椎神がそう言っていた。


『コータにはわからないよ』・・・・と。


俺達はこんなふうにずっと一緒には居られないと思う。蒼谷を出たら多分違う道を歩むはずだ。さすがに大学まで一緒にはならないだろう。

2人には2人の世界がある。

ヤクザに生まれたくは無かったと思うけど、2人を見ていると今はその運命を受け入れようとしているように俺には思える。激しくなってきたケンカも原因はそれじゃないかと思っている。
そして俺はそんな2人とは一緒にはいられない。俺はヤクザにはならないから。

だから蒼谷に居る間、この3年間で終わりだと思うんだ。
腐れ縁もよく続いたほうだと思う。始めは分かれたくってたまらなかったのに、ここまでつるんでいると諦めを通り越して妙な友情まで生まれてきたよ。



友達・・・そして親友。
マッチョマンが言っていた親友。そんな居心地がいい存在にはなっていると・・・・・思う。
不思議だな。あれだけ嫌いだったのに。




「考え事しながら歩いてると、またぶつかっちゃうよコータ」
「ふえ?」

パーカーのフードを龍成に引っ張られて後ろに傾きながら前方を見ると、電信柱が目の前に迫っていた。この間もボーッとしていて看板に体をぶつけたんだった。

「あ・・・・・・」
「てめえはいつまでボケッとしてんだ」

バカにしたような口調で更に引っ張られて龍成の体に突っ込む。

「ふぐ・・っ!」

硬い胸板に鼻の頭をぶつけて鼻血でも出てしまいそうな痛みがツイ〜ンと鼻先を駆け巡る。

「急にひっぱんな!」
「ぼさっとしてるてめえがわりい」

「鼻がつぶれたらどうするんだよ」
「そうなったら龍成に責任とってもらいなよ」

見せてごらんと顎を掴まれて、椎神が俺の赤くなった鼻をジーッと見る。そしてその鼻の頭をペロリと生温かいものが掠めた。

「げ!!」
「うん。大丈夫。なんともなってないよコータ」
「お・・・お前!」
「消毒消毒〜」

けらけら笑いながら、俺の鼻の頭を舐めやがった椎神はさっと俺から離れて逃げる。一発殴ってやろうと追いかけようとしたら、またフードを掴まれて龍成が俺の肩に腕を回して抱き寄せた。


「椎神・・・・ふざけんな」


抑揚の無い龍成の声が頭の上から落ちてくる。見上げた龍成の顔に表情は無い。いつもの不機嫌面だと思うけど、鋭い視線は椎神に向かっていた。


「・・・ちょっとした冗談ですよ」
(うーーん。今のはちょっとまずかったかな〜)


そんなことを思いながらも、椎神はいつものふざけた調子で笑い返す。

そして龍成は俺の肩に腕を回したまま歩き続けた。
久しぶりに触れてきた龍成にちょっと体をこわばらせながら、いつになったらこの腕は離れるのだろうと思いながら、仕方なくそのまま一緒に歩いた。



次のケンカの現場に着くまで、そのうっとおしく重たい腕が肩から離れることはなかった。



次回予告・・・「いい友達?(2)」

ランチタイムに暗雲漂う、悠長に弁当選んでる暇はない。タコさんウインナーとか、小学生みたいなこと言ってる場合じゃないよこた。なんとなく最近椎神祭りな雰囲気が漂う今日この頃。主役は君だ!こた。でも君の出番は・・・・・しばらく弁当食べて大人しくしていようか・・・

(この予告はフィクションです)

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あきゅろす。
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