闇夜の星(2)
「とりあえずフルコースで行ってみるか」

「へ!」

龍成のフルコース。それはいろいろな意味合いがあるが、大まかに言うと殴る蹴る、嫌がらせなどのオンパレードで「やりたい放題し放題」ということだ。

「さて、どこから練習再開するかな」
「お、お前もバカか!」
「何だと、あのクソ野郎と一緒にするな」
「一緒だよ!舐めたり噛んだりするつもりなんだろうがーーー!キモイ!キモクて吐く!ーーーそれにキスとか鳥肌もんだったんだぞオエーッ〜〜〜!!」



「・・・そんなことして遊んでやがったわけか。ケッ、治療が聞いてあきれるぜ」

し、しまった!!俺はアホか!

「キスなぁ・・」
「・・・それ、う、嘘だから。してねえからなそんなキモイこと」

「かまわねえぜ、好きなだけシラをきりな。口を割らせるのは・・・得意だからな」

ニヤリと笑うその面はさっきまでの不機嫌面と違い、嫌がらせを楽しむ俺の嫌いなあの顔だった。

「げ、暴力反対!!」
「吐かせる方法は何も暴力だけじゃねえ」

そう言って龍成は昔懐かし首元に噛みついた。

「ぎゃーー他もいやーーっ!」



それは半年ぶりだった。
せっかく噛みつき癖が治ったかと思ったのに。
そのしっかりと吸いつく唇とガブリと遠慮なく噛みつく歯の感触は何も変わっていなかった。
固い歯が皮膚に食い込み、そのうちわざと犬歯を立ててくる。

「いでででーー痛でーーー!!噛むな、いでえーー」

肉を引っ張り、皮膚がすれる。これ以上噛ませるときっと血が滲み始める。そのあたりの手ごたえが噛まれただけで分かる自分があわれだ。繰り返されてきた経験。生活する上で何の役に立たない経験値だ。


「で、でこだよ!おでこーーー。デコだってば!」


でこにキスされてキモかった。必死に口走って噛みつき魔から逃れようとする。

「し、しゃべったぞ。言ったんだから、やめろって」
「他は?」
「他?」
「デコくらいで、あんなに悶えるか」
「ふ・・・ぇ・・・・」

「そんくらいじゃ吐かねえだろうが」

吐くほど気持ち悪がった。なら、それなりのことをされたのだろう。

「う・・・・」
「言えや・・・」

ドスの聞いた声はもうヤクザ並み。そしてまたお気に入りの場所に歯を立てる。

「ぎえーーーーーっ」

「そうか・・・そんなに痕をつけてほしいか」
「があーーー。痕なんかつけんな、が、がっこ・・始まるのに」
「じゃ、見えねえとこな」
「うえ――やめろーーー」

ガバッとパジャマの上着をまくり上げ、


「もう一度だけチャンスをやろう、どこ触らせた」


「お・・・おなか」
「そこだけじゃねえだろうが」

「・・・・えっと・・・その・・・」
「5秒だ、1、2・・3・・・」

「あ・・え!!・・う・・・・・・む、胸ぇ」


乳首なんて恥ずかしくて言えねえ・・・


「チッ・・・ここかよ」


そう言って龍成の歯が落ちたのは、

「うおえーーーーー!!」
「変な声出すんじゃねえ」

また・・・またそこかよ。なんで・・・んなとこ・・・そこは・・・やばい。

「っ・・い・・・痛っ・・・か、かむ・・」


口の中に含んだ乳首をクチッと甘噛みし、その柔らかさと感触を確かめながら、思い出すのは2年前の夏と去年の冬。嫌がる虎太郎こうやって甘噛みするのもこれで3度目。色も形もさして変わらない。口で転がす感触も、違うのは・・・愛撫を受ける虎太郎の反応だった。
嫌がり体をねじるが、その動きは激しいものではなく、そのうち固まったように硬直した体は動かなくなり小刻みに震えだした。



「う・・・ぁ・・・」
「?」

背筋を伝ってゾワゾワしたあの感触が上がって来た。それは打ちつける波のように何度もせり上がり止まることなく不快感を体中に広げていく。ここにいるのは龍成だけのはずなのに、なぜか他の人の声が聞こえる。ざわつく声と蠢く音。いろんな手が体に触れているような錯覚に体がどうしょうもなく震えて来た。


「な・・何・・こ・・・」

「どうした?」

異変に気付き胸から顔を上げると、虎太郎は両手で顔を押さえていた。

「おい、タロ」

「誰か・・・いる」

「何言ってんだ?おい、しっかりしろ」



「・・・きもち・・・わるぃ・・・吐きそ・・・」



龍成を押しのけて、這うようにしてふすまを開けた。胸にこみ上げる不快感に我慢できず、トイレに駆け込み直後、嘔吐した。

「う・・・え・・・・・ぇ・・・」





龍成は虎太郎の背を擦ろうと手をやるが、触れたと同時にその身が驚くほど跳ね上がった。

「う・・さ、さわん・・な・・、今・・・だめ・・・・」
「・・・タロ」


「う・・・うぇ・・・」



ふざけて触れたわけでも、遊び半分で触れたわけでもない。
多少の怒りはあったにせよ、愛撫するつもりで触れたと言うのに。




『誰かいる』・・・虎太郎は確かにそう言った。夢の中でならまだしも、現実で錯覚に陥るほど未だにこうして怯えている。自分達が何をしたのか、何をしてしまったのかを今更ながらに思い知る。
椎神にしろ、自分にしろ、己の欲のために暴走したその結果がこれだ。そして、また虎太郎の傷をえぐる。
震える肩が哀れに思えて手を添えてやりたくても触れることさえかなわない。やはりまだ、あの恐怖はぬぐえていない。それをまざまざと証明することになってしまった。自分達の奢りによって。自分なら受け入れるかもしれないという浅はかな奢りが招いたこと。もう、今となっては取り返しがつかない。



「ご・・ごめ・・・ん。も、いい・・・」
「ちょっと待ってろ、拭くもの持ってくる」



ああ・・・もったいねえ。夕飯全部出た・・・マグロも神戸牛もハーゲンダッツもスイカも・・・それにしても・・・

(気持ち悪かった・・・)




あの部屋には自分たち以外誰もいないっていうのに、人のざわつく声と触れる感触は確かにした。
こんな自分は、まだ・・・・駄目なんだろうか。
本当に、普通に戻れるんだろうか・・・




そして汚れた部分を拭いてもらい部屋に戻り布団に入ると、吐いて体力を使ったせいか眠気が一気にやって来る。

「まだ、気持ち悪いか」
「・・・ん。も、全部出たし、喉が痛いくらいで、平気・・・」



「・・・ ・・・ ・・・ 悪かった」


「・・・へ?」


悪かった・・・ ・・・ ・・・ だって!?
こいつが謝るなんて・・・明日は雪か!台風か!!びっくりしてまた胃液が上がってきそうだ。

「き・・気持ち悪ぃ」
「大丈夫か、トイレ行くか」

(気持ち悪いのはお前の言葉だ・・・)
「いや・・・・も、寝る」




あいつらに2度試されてとうとう吐いてしまった。
こんなので俺は普通の生活に戻れるのだろうか。服の上からの接触は大丈夫だが、素肌となると人の体温が気持ち悪いことがよ〜く分かった。
聞こえて来た妙な声、居もしない人の声と、体に無数の手が這う異様な錯覚。もし、これが人前で出てしまったらどうしよう・・・


「・・・大丈夫・・・だよ・・・な」
「・・・」

「お、俺、普通に、できるよな」
「・・ああ、大丈夫だ」
「・・・だよな」



「・・・ ・・・ お前は1人じゃねえ・・・」
「・・・ん・・」



1人じゃない。

亀山先生もそう言っていた。



眠りに落ちる瞬間に龍成が言った言葉は、耳にとても心地よかった。




『コータにはね、へどが出そうなくらい優しかったでしょう?』


ああ・・

椎神の言葉がまた頭をよぎる。

そうか・・・そうかもしれない。こいつの優しさってこういうことなのかな。
ゲロの面倒まで見てくれるとは・・・いくら原因を作った張本人だとしてもゲロは汚なかっただろうに、さすがに申し訳なかった。
あいつ、意外と優しいのかも・・・やなことの方が多すぎてなかなか気づけないけど。





底なしの暗闇に落ちるように、体から力が抜けて・・・ああ、やっと眠るんだと思い安堵した。目をつぶっているはずなのに、閉じた目に映るのは、満天の星空。


――― いつか見せてくれるって言ってたな。


暗ければ暗いほど、光は輝く。
闇の中であればこそ、小さい星でも輝くことができる。


自分も、そうなりたい。弱くてもいい。あいつらみたいに強く輝けなくてもいい。
1人じゃ耐えられそうにないこの恐怖感の中でも、今俺は1人じゃないんだと思える。





――― お前は、1人じゃねえ ―――




『そうだな。龍成も、椎神も・・・千加もいる』





虎太郎の口から、静かな寝息が漏れるころ、龍成は後悔の念と言うものを感じながら、眠る虎太郎の額に張り付く前髪をそっとかき上げた。



あと・・・2話?かな。

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あきゅろす。
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