花火散る(6)
一緒にやろうと思っていたとっておきの火花を龍成に渡してみたが、案の定派手に発火する花火に驚くことも、感動することもなく、火花に照らされるその顔はホラー映画さながらの殺人鬼並みに・・・おっかない。
「お前さぁ、せっかくなんだからもっと楽しもうとか思わないわけ?」
表情筋が無いんだろうか。夏の夜の花火を見れば普通は心躍ると思うのだが。こいつにはきれいなものに感動するとか、心を揺らすとかいう感情がないのかと疑問に思う。
「花火嫌いだったっけ?」
「・・・・・・別に」
「じゃあ、少しは楽しそうな顔しろよ。つまんねえなあ、それとも俺にも何か不満があるわけ?」
「・・・・・・・・」
目が合って黙り込んだ・・・ということはやはり不満ありか?俺は何をやらかしたんだろうか・・・地雷源が分からん。
「・・・何で」
「?」
――――― 何で触らせた。
「ん?何」
「・・・いや、いい。何でもねえ」
「は?気持ち悪ぃなあ。言いたいことがあったらちゃんと言えよな」
バチバチと燃える花火を虎太郎は龍成に向けビシッとさし、少し怒ったような顔で睨みつけてやった。それでも龍成は何も言わない。花火に点滅する不機嫌な視線が自分を突き刺すように見ている。まるで心の奥を探られているようなきつい視線に耐えきれず、結局すぐに背中を向けた。
いつものことだが、機嫌が悪くなると更に口数が減る。
沈黙が苦しい。はじける花火の音がやけに大きく聞こえた。
「あのさ、」
その沈黙に耐えきれず、虎太郎は口を開いた。
「ずっと言おうと思ってたんだけど、なかなか言い出せなくって、その・・・な、」
「・・・・」
「俺、そのさ・・・・・あの・・・感謝してるから」
「・・・何のことだ」
「お前と、椎神に・・・その、助けてもらって、世話までしてもらって迷惑かけたなって」
「・・・・」
「ちゃんとお礼も言ってなかったしな。えっと、ありがと・・・」
最後の方はモジモジと小声で言うものだからはっきりとは聞きとれなかった。だがそれはまぎれもない感謝の言葉。
こちらを気にする素振りは見せながらも、最後まで背中を向けたままだったのは恥ずかしいからだろう。照れ隠しに言い終わるとすぐにまた花火に火をつけた。
シュシュシュ・・・パチパチ・・・・
「俺、お前らと友達で、ほんとよかった・・・」
「コータ」
「・・・」
自分達のせいであんな目に遭ったと言うのに、それを責めもしない。
“ありがとう”なんて、そんな言葉は聞きたくはなかった。「お前らのせいだ」と、なじられたほうがどれくらいましだったか。人のせいにできれば心の負担も軽くなるだろうに、虎太郎はそれをしない。1人で抱え込んで自分で解決しようともがき苦しむ。
虎太郎は事件の詳細や事後のことを全く聞いてこない。もう思い出したくもないことなのだろう。
あそこにいた連中は全員潰したと、それだけは言っておきたかったので教えてやると『・・・やっぱお前達強えな』と、その言葉だけが返ってきた。
映写機が点滅するような、チカチカとした花火の光に照らされるその横顔は、一見穏やかに笑うが、その心の奥底には忘れられない傷跡を残してしまった。それでも彼はよかったと言う。
ありがと・・・
友達でよかった・・・と。
傷つけたのは自分達だというのに。
偽りの言葉で友人を演じる自分に、疑いもしないその真っすぐな心を向けてくる。その純真さが小さなトゲとなって心に突き刺さりチクリとした痛みを与え続ける。触れられる距離にありながらも躊躇し、逡巡し、そして自分も同じようにもがくのだ。
「あ、そうだ。今日さ最後だからさ、やっぱし3人で雑魚寝か?」
山城邸で過ごす最後の晩は3人で一緒に寝る。これは毎年の恒例行事だった。
「私は遠慮しますよ」
「何で?」
「実は1人じゃないと安眠できないんです」
「なんだそりゃ」
今まで散々絡んできたくせに。一緒に寝たくないと言う俺をプロレス技まで掛けて無理やり布団に引きずり込んでいた張本人のくせに、何が「1人じゃないと」だよ。今更繊細ぶりやがって。
「ほう〜〜〜、じゃあ去年までのあれは一体なんのつもりだったんだよ」
「あれって?」
「てめえのフォールだよ!」
「ああ、エビ固め?足四の字固め?アンクルホールド?キャメルクラッチ?ドラゴンスリーパー?どれのことかなぁ」
「全部だよ!」
こいつのプロレス技のおかげで、何度意識がぶっ飛び布団に撃沈したことか。
「でも、夢はロメロスペシャル(吊り天井)なんだけどね。チャレンジさせてくれるなら今年も一緒に寝ようか」
「・・・も、いい。別々で」
「うそだよ、分かった。じゃあ布団座敷に準備しないとね」
「おい、技無しだからな」
「ぷぷ・・分かってるって」
別に一緒に寝たいわけじゃない。未だ険悪に見えるこの2人とこのまま別れたらまたケンカしそうだったから、ここはひと肌脱いでやるのだ。
「ん?」
龍成が暗い中で何やら屈んでゴソゴソしている。一体何をしているのかと思ったら、
「お!龍成もやる気出て来たじゃん!火、火は俺に付けさせてな」
「間を開けずに点火しろよ。間隔が空くと面白くねえ」
「もちろん!それが連発の楽しみじゃん」
龍成は3段連発花火を5つ、芝生の上に固定した。そこから10センチほどの導火線が伸びている。一つの花火から数秒開けて3発の花火が打ち上がる。それが5回分。それぞれ花火の色が違うらしいから、どの色が夜空に舞い上がるかワクワクする。
花火の準備してくれるなんて、龍成も少しは気が落ち着いたのかもしれない。
「じゃ、2人とも下がって。点火するぞ」
5本の導火線に順番に点火する。火がついた導火線はシューッと音を立てながら、薄紫色の煙を吐き出して太筒目指して火花を散らす。
ヒューーーン。
1本目の太筒から火花が上がる。
パーン、パパーーン!!
「うわ、すんごい、見て見て!赤、今度は青。すげえ!」
耳を塞ぎたくなるほどの破裂音が響き、そのあと夜空に大きな花がキラキラと咲く。連発花火は止まることなく撃ち上がり、芝生の上には煙幕と硝煙の臭いが立ち込めた。
花火に見とれる虎太郎。
それを横目で見た後、龍成はゆっくりと後ろに数歩下がり、振り向きざま椎神の鳩尾を殴り上げた。
「ぐっ・・っつ!」
殴りつけた音とくぐもった低い声は、花火の破裂音にかき消される。
膝から芝生に崩れ落ちる椎神の耳元で、ボソッと吐き捨てた。
「二度目はねえ」
「・・・・っつ、分かってますよ・・・って・・」
そして何事もなかったように虎太郎の傍に戻って行った。
(いっ・・・。見えるところには痕は残せないって・・・何ともお優しいことで)
「うわっ、キラキラ落ちて来る・・・きれいだ。すごく、すごくきれいだ」
「そうだな」
「・・・そ、ですね」
夏が終わる。
嫌な思い出しか残らないのは毎年のことだが。
今年は運が悪かったとしか言えない、悪夢のような夏だった。
(何もいいことなかったな・・・)
嫌な事も、あの流れ落ちる花火みたいに暗闇に溶けてそのうち消えて、きっと・・・忘れることができる。
だから、大丈夫・・・大丈夫・・・
(俺は、頑張れる)
光と音が消え真っ暗になった庭に立つ3人は、それぞれの思いを胸に抱え散った花火に夏の終わりを感じた。
次回・・・「闇夜の星」
あとちょっと龍虎。
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