再縛
薄っすらと目を開けると、高い木目の天井。
薄暗い部屋の中には障子から差し込む淡い光が室内の低い部分だけを照らし、夕暮れに近い時間だということを教えてくれる。
(ここは・・・どこだ。)
布団に寝かされていることに気付き起き上がろうとしたが、体の節々が痛みを訴え起きることを一瞬ためらう。
(何だ、この痛みは・・・・・。そうだ・・・そうだ、俺は!)
痛みの原因を探りながら、思い出したその記憶に顔が引き攣った。
(あいつだ・・・)
――― 龍成!!
虎太郎は二度と会うことはないと思っていた龍成に、11年ぶりに・・・・したくもない再開をしてしまったことを思い出した。
山城邸に来たことが、そもそもの間違いだった。
目が合った瞬間、あいつは獲物を見付けた野獣と化し、ギラギラした目で逃げる俺に攻撃を仕掛けてきたのだ。
あの暴挙とも言える行動。あれはまさに凶悪だった。
俺にとっては理不尽極まりない攻撃。あいつにとっては獲物を狩る正当な闘い。そして、
(俺、確か、池に・・・・・・・・・・・・・・・・沈められたんだよな。)
・・・本気で、死ぬかと思った。
あいつは昔からそうだった。
生と死が紙一重の世界。そこであいつは闘うことをこの上なく楽しんでいる。
それに付き合わされていた俺は、いつもボロボロにされた。
心も体も。ケンカも ・・・ ・・・セックスも。
(またかよ、クソッ!)
痛む体を無理して動かすが、蹴りを入れられた右肩付近が特に痛み、それをかばいながら少しだけ体を起こしてみた。
右腕の上腕部分に大きな内出血の痕があった。これはテロで受けた怪我では無い。あいつが残した傷だ。
出来たばかりの内出血は生々しく、青紫色の大きな痣となって虎太郎の心に新たな禍根を残した。
(痛ぇわ、これ。それに・・・また、傷が増えてしまった)
1ヶ月経ってテロで受けた傷もほぼ落ち着いて来た矢先に、今日受けた新たな擦り傷や打撲にため息をつく。
しかも、
(・・・・・・・裸かよ。・・・・・・・・・池にボッチャンだもんな。)
薄いシーツを掛けられただけの裸の体は、冷たい布地の感触を直に素肌に伝える。
裸で身を横たえる自分を、真新しいシーツは、冷たく、硬く包む。
それは昔さんざん味わった感触で、思い出すだけで気持ちが沈んだ。
はっきりと覚醒した頭で記憶をたどり起きた出来事を思い返せば、ここが山城邸であることは疑いようもない真実だった。
12畳の和室の中央に、自分は寝かされてる。
やっとのことで布団に体を起こし、シーツを裸の胸に手繰り寄せながら部屋の中を見渡したが、着ていた衣服は見当たらなかった。ここから出るにはシーツを体に巻きつけるしかないようだ。
でもその姿で家に帰るわけにもいかない。
どうするか・・・と思案に暮れていると足音が近づいて来て、すぐに障子が乱暴に開け放たれた。
ガタン!
「!!」
開いた障子の先には、あの男。
虎太郎は、驚愕に目を開く。
そこには11年前に虎太郎を束縛し虜辱し尽した残忍な獣が、不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「意識が戻って何よりだ。水吐かせるの大変だったんだぜ」
そう言って、後ろ手で障子をピシャッと閉める。
シーツを握った手に力がこもる。
(何が大変だっただ!お前がやったことだろう!)
人を水中に撃沈させておきながら、助けてやったのは自分だと主張する身勝手さに、やはり京極龍成という男は傍若無人な最低な人間であることを再認識した。
汚れていたスーツは着替えたのか、龍成はネクタイもキチッと締めて、闘う前の状態と変わらない姿になっている。
ミシッと一歩踏み出した龍成に、体がビクリと反応する。
「っ・・・!」
そんなわずかな反応にさえ筋肉は痛みを訴える。
気が付けば・・・シーツを握る手が震えていた。
虎太郎は・・・この恐怖を覚えている。
拭うことのできない、身にしみついた恐怖を。
「タロ」
「・・・・・」
昔より少し低くなった声で虎太郎の名を呼び、鋭い目で睨んだまま龍成は真っ白いシーツで体を隠す男を見ていたが・・・
「いろいろ聞きてぇ事もあるんだが」
顎をしゃくりながら、目だけで必死に抵抗を試みる虎太郎を、ニヤついた卑やらしい目つきで見据えた。
「ま、いいわ。・・・とりあえず抱かせろ」
「て、てめぇは!!」
言うなり、大股で近づき、握りしめていたシーツを引きはがされた。
冷たい空気に晒された体がこわばる。
抵抗する間もなく肩を掴まれ、乱暴に布団に押しつけられ、痛みで息が止まった。
「うっ、ぐ!」
押さえつけられた腕が痛むが、こいつは怪我を気遣うような心は持ち合わせていない。
痛みに呻いていると、無理やりうつぶせにさせられ、引き抜いた奴のネクタイで両腕を後ろで拘束された。
「いっ、てめえ、何しやがる」
「ナニって、タロのためにやってんだろうが」
「クソッ、離せ、外せ」
暴れる虎太郎をなんなく押さえつけ、馴れた手つきできつくギュッと手首を締め上げる。
「暴れたらまた怪我が増えるだろうが。これ以上傷が増えたらセックス禁止だとよ。あのヤブ医者、適当な事ぬかしやがって」
「じゃあ、やめろ」
「そりゃあ無理な相談だ」
くくっと凶悪に笑う。
その凶悪な冷笑に、背筋が凍りつく。
(俺はまた、こいつに・・・・・)
「うぁ!」
再び仰向けに戻されて、龍成は脚の間に立ち虎太郎の裸体を見下ろす。
「足開けよ」
「な・・・・・・」
乱暴に言って、龍成は足で虎太郎の太ももを蹴り上げて無理やり脚を開かせた。
「・・・っ!」
白いシーツの上に、日に焼けていない傷を負った体が横たわる。
恐怖と羞恥の入り混じった表情。抗えない弱った獲物がそこに居た。
「くくっ・・いいかっこうだぜ」
「クソッ、放せ!」
開かれた両足の間には、体の中心で縮こまった性器。そして奥つまった場所には、わずかに見える小さな蕾がつつましく存在しているのが確認できた。
虎太郎の全てが、余す所なく龍成の眼前に曝かれる。
虎太郎の何もかもが、龍成の嗜虐心を煽り立てる。
獲物を再縛した獣は、これから味わう美味そうな傷だらけの体躯に、舌舐めずりをした。
「犬は、飼い主の元に戻って来る・・・。 なあ、 タロ・・・・」
龍成は自分の足元で絶望する男を満足気に見下ろしながら、黒いスーツの上着だけを脱ぎ捨て獲物の体に襲いかかった。
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