花火散る(1)
「椎神の・・・」

早めに摂った夕食のあと亀山医師に部屋へ呼ばれた椎神は、老医師から薬剤のビンを受け取った。



「睡眠薬と、白いふたのほうは安定剤じゃ」

黒と白のふたで種類を分けた薬剤を受け取り、それは虎太郎に使うものだとすぐに察した。

「学校が始まるじゃろう。環境が変わると本人も気づかぬストレスが重なる。そのときは使ってやれ」


悪夢はもうだいぶ見なくなってきているが、夢に怯え眠りが浅くなると睡眠障害につながり次の日に響く。日中も落ち着かないときは安定剤が役に立つ。亀山は虎太郎のあの様子から本当はあと一月くらいはゆっくり休ませたいと思っていた。しかし暴力事件のことを家族に知られたくないという虎太郎は学校を休むわけにもいかないので、少しでも負担を減らすことができるように薬を飲ませる手段をとった。

「ありがとうございます先生。助かります」
「ただしな・・・」

ただし、本人には薬を持たせないこと。薬に頼りすぎて依存症にならないようにしなければならない。それとは逆に、症状が出た時は迷わず飲ませること。依存するのも困るが考えすぎて薬を拒否されては元も子もない。

「薬は椎神が管理するんじゃぞ。それと、若に話があるんじゃ、取り次いでくれんか」
「はい、すぐに呼びますので、お待ちになってください」

薬を持って医師の部屋を去る。
ジャラ・・・とビンの中で薬が音を立てる。


(本当はこれを使わないといいんですがね)


そう思いながらも、今の虎太郎の様子を見ると、きっとこの先これが必要になるだろう。
長い廊下を歩き龍成の部屋の前まで来たが、明り取りの障子は真っ暗なままでそれが主の不在を告げていた。


(コータのところ・・・でしょうね)


一度部屋に戻り薬をしまい、椎神は大きなビニール袋を手に虎太郎と、きっとそこにいるであろう龍成の元に足を運んだ。







「コータ、花火しない」
「花火?」
「好きでしょ。花火」



龍成は1人部屋を出たが、医師に呼ばれたことを虎太郎には言っていない。知ったら不安がるだろうから言わなかった。だから気晴らしに花火に連れ出した。
袋に入った大量の花火に喜ぶ虎太郎を見ていると、楽しかった去年までの夏を思い出す。点火した花火から勢いよく火花が飛び散ると「わっ!」と嬉しそうに声を上げ、くるくる回しながら遊ぶ姿は、今までと何も変わらない。

「ん?これ、どっちに点火するんだ?」
「どれ?見せてコータ」

元気そう・・・とまでは行かなくても、こうして普通に生活できるところまで回復できた。表面上は・・・だが。
虎太郎がやっと見せるようになった笑顔を見るたび、本当は無理をしているのではないかとつらくなる。
虎太郎にとっては不幸な出来事。しかしそのおかげで虎太郎が龍成に依存するという、今まででは考えられないような状況が生まれた。恐怖でおびえる中、無償で手を差し伸べてくれる者がいればそれにすがりつくのは当然だろう。
コータにはかわいそうだけど、龍成に虎太郎が必要なように、虎太郎にも龍成を必要として欲しかった。だから椎神にとっては、今の状況は苦しい中にも少しの喜びをはらんでいた。
コータの不幸を喜ぶ自分がいる。しかし何を置いても、自分には龍成しかないから。

(ごめんね、コータ。)




「椎神もやれば?」
「私はいいんです。これは全部コータに買って来たんですから」
「こんなにたくさん、俺一人でかよ・・・龍成も早く戻ってくればいいのに。あいつどこ行った?」
「龍成と一緒に、花火がしたい?コータ」
「・・いや、別にそんなんじゃ・・・」
「ふふ・・直ぐに戻ってきますよ。それまでは私で我慢してください」
「なんだよそれ?」


無意識の依存は怪我が治ればそれと同時に消え去ってしまうだろう。それでは駄目。だから虎太郎にはもっと龍成を求めてほしい。


「あちっ!」
「もう、何やってんの。どこやけどしたの見せて」
「あ〜何か足に飛んだ。焼けたかな・・・」

ひざ丈のハーフパンツから延びる足にはやけどの跡はない。

「大丈夫、何ともなってないよ。まだ痛い?」
「いや、一瞬熱かっただけ」



(あざの後も・・・ほとんど消えてなくなったね)

細身の足。怖がるかもしれないから、見るだけで触るのはやめた。この足に、体に触れた奴ら。思い出すだけで、腹の底に抑え込んだどす黒いものがまた蠢き出す。






あんなことをコータに・・・

あの画像を見たとき、その場に居たものを全て殺してやりたくなった。
何もかもを消そうと思った。
事実、画像に映っていたあいつは・・・
コータにペンライトを突っ込んだあの下種。あいつの指は全て使い物にならなくしてやった・・・

だって当然でしょう。
コータに触れていいのは龍成だけなのに。
コータの中を犯すなんて。
あんな物で。そして指まで挿れて・・・

許されることじゃない・・・
そんな奴はこの世に存在してはいけない。だから、
粉々に砕いた・・・

あれは無かったことなんだ。

だってコータは龍成のものなのに、まだ龍成だって触れていないと言うのに。
あんなクズが触れていいものでは無い。
コータは特別なんだから。






「あ!やば、火消えた」
「はいはい、もう・・・考えて火つけなよ」
「仕方ないじゃん、この花火勢い強すぎなんだよ」
「だってコータ派手なの好きでしょう」
「ここまで吹き出すと、これ子供とかだと危なくねえ?よくこんなの見つけて来たな。よし、これはあとで龍成にさせよう。あいつ驚かせようぜ!」


こんな甘ったるい状況を楽しんでいる場合ではなくなったのに、龍成はこの虎を無垢なままいつまで放っておくつもりなのだろうか。
今すぐにでも手に入れてしまえばいい、犯してしまえばいい。他の者に穢される前にその身を欲しいだけ蹂躙し尽くせばいいのに。



今なら虎太郎は龍成を拒まないかもしれない。
一番心を許す龍成になら。依存している今なら。これを利用しない手はないよ。
絶好のチャンスでしょう・・・龍成。

噛みつきたくて、味わいたくてたまらないはずなのに。以前の龍成なら迷わす虎太郎を手に入れていただろう。虎太郎が嫌がったとしてもなりふり構わず押さえつけて自分のものにしていただろう。なのにここにきて手をこまねいてるのは何故?


(誰かのものになってもいいっていうの)


そんなわけは無い。あんなにこだわって、いつも独占したがった。
そして龍成は欲しいと言った。
近づくことも嫌っていた京極の家を継ぐことさえ受け入れ、まさに人生を賭けた選択だったはずだ。
まさか・・・今更やめようなんて言わないよね。


コータが拒絶するのを恐れているとでも言うのだろうか。かわいそうだなんて人並みのことを考えているのだろうか。
そうだとしたら、なんて無様な・・・気でも違った?
笑っちゃうね・・・そんなの龍成じゃないよ。






赤、黄、オレンジ・・・発光する花火ははじけた後流線を描き、キラキラ光り落ちながら消えていく。
ふと見ると、虎太郎は魅入るようにその光に目を奪われていた。


このまま見ているだけなんて、私の性には合いません。
龍成が言わないのなら、手を出さないって言うのなら・・・

「ねえ、コータ」
「・・・・」

「コータ」
「・・・ん」


二度呼んでやっと気づいた虎太郎は、花火が消えた暗闇の中でろうそくの火に薄らと浮かぶ椎神の青白い顔に目を向けた。



次回・・・「花火散る(2)」



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