震える心(2)
(▲ 暴力的な表現があります。苦手な方はご覧にならないでください。)

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携帯がつぶれ、床に落ちる。

周りにはもう立っている者はおらず、20人全てが暴行を加えられた後だった。




龍成は無言のまま叩き潰して倒れ伏す敵を見渡し、その中に目的の人物を見つけると真っ直ぐに男目指して突き進んだ。虫の息でなんとか壁に寄りかかるその男の前まで来るとそこで足を止めた。



「てめえが首謀者か」



抑揚の無い声で確かめる。
自分の体に落ちる大きな影とその冷め切った声に恐る恐る顔を上げた男は、恐怖に顔を引きつらせガチガチと音を立てるほどに合わない歯列を震わせている。

こいつは最後に画像に映っていた男。

仲間に指示を出し、タロをレイプさせようとした男に間違いない。
眼下で怯えるこのクズのような男が・・・・
龍成は知らず爪が皮膚に食い込むほどに、そのこぶしを握り締めていた。

到着があと少しでも遅れていたら、あいつは取り返しのつかない傷を負っていただろう。






『コータが狙われた』


本家から組の事務所に出る間際、椎神の発した言葉に事務所行きを取り止めバイクを走らせ寮を目指した。虎太郎の部屋はもぬけの殻だったが、椎神が来たときのためにテーブルの上にメモが残されていた。

この夏、虎太郎1人を残すのに不安を覚えなかったわけではない。自分達のやってきたことを思えば復讐を考える者がいることも予想は出来た。だからこそ遠く離れた実家に帰らせたはずなのに。
「やれ」と命じたことに背く事は今までに無かった。文句を言いながらでもしぶしぶ従ってきた虎太郎がたった1週間で家を出てしまうなど。大体本人も7年ぶりに家で夏休みが過ごせるとあんなに喜んでいたではないか。それが何故・・・

龍成は虎太郎を自分の傍に置いておきたかったが、京極の家に連れて行くのには抵抗があった。長子でありながらも親から疎まれていた時期のせいで、今でも京極家での自分の立場は微妙なのだ。椎神は虎太郎を客人として招けばよいと言っていたが、あの陰謀渦巻く陰湿な場所にいたらきっと数日で精神が磨り減ってしまうだろう。肩身の狭い嫌な思いをさせることになるのは目にも明らかだ。
山城の家とは違う。
京極の家では常に親との、兄弟との、一族との確執の渦中で戦い続けている。

虎太郎を欲するあまり、京極の家に帰ることを椎神と契約した。
虎太郎が喜ぶと思って、実家に帰した。
良かれと思ってしたことがこうも全て凶事として出るとは。



『お前は凶事を運ぶ、ここから出て行け!』


そんなことを昔よく言われた。
狂った子。恐ろしい子。災いを招き入れる子供・・・
虎太郎がこんな目に遭ったのも、この禍々しい俺の性のせいなのだろうか。

もうすでに忘れていた過去の記憶が甦るほど、自分の性が起因していると思ってしまうほど、虎太郎の姿は龍成の目には凄惨に映し出されていた。



裸で横たわるあいつが目に映ったとき、俺は生まれて初めて心の底から湧き上がる得体の知れない震えを味わい体が石のように固まった。



我が身が震える。

内から外に震えが波打つように広がり伝播する。





何だ ――――― この感じは。





ケンカだろうと何だろうと恐怖を感じたことは微塵も無い。
父親が狙撃されたときもその場に居合わせたが、親の心配もしなければ鉄砲玉を半殺しにして何処の組織かを吐かせるのを楽しんだくらいだった。自分に銃口が向いたときでさえ、刃物を向けられたときでさえ、生と死の狭間で命を取り合う駆け引きに高揚し心が躍った。
まさにその姿は凶悪な子。狂気をはらんだ人間。それは身内が自分を評した言葉だが自分でもその評価は間違ってはいないと思う。敵だと認識した人間を再起不能になるまで徹底して潰すことはとてつもなくおもしろいからだ。

そんな狂ったような自分が。
まともな人間の情を持ち合わせていない自分が。




誰かのために心を震わす。
誰かが自分の心を震わす。




心が締め付けられるような、つぶれるような、弱々しい、この不快で苛立つ感覚は自分が生きる上で必要の無いものだった。しかし今はそれを許容したいと思える自分がいる。
自分にも、他人にも、さして興味を持つことはなかった。そうやってただ生きていた。


――――― あいつと出会うまでは。


触れたい・・・
そんな不可解な思いが自分の中に存在し始めた。それが何なのか分からず相手が嫌がろうとずっと自分の思うままに振舞ってきた。そしてコントロール不能な、この正体の分からぬ持て余す感情を自分に与える存在は、いつも同じ人間だった。







そいつは出会った日から妙な奴だった。

俺とは一切視線を合わせようとせず、完全無視。
そして噛み付いてやったら・・・何ともいえない甘美な味がして。
それからひたすら泣き続けて、次の日から学校に来なくなった。
なんと貧弱で、吹けば跳ぶようなか弱い存在。



あいつが笑えば、自分の中の何かがざわつく。
あいつが怒るのが面白くてたまらない。
泣けばもっと泣かせたくなって、
嫌がる顔が・・・たまらなくそそるからもっといじめたくなる。
寝ぼけた甘ったるい声に酔いしれ、
甘やかすと無防備に懐に入ってきて俺に笑顔を見せる。
あいつが傍にいることで“安らぐ”という言葉の存在意味を知った。
触れたいと思ってやまない。欲しくてたまらない。



タロ・・・



それなのに。

木偶人形のようにピクリとも動かない。
青白い顔で死んだように目を閉じて。

あれは、俺のモノだろう・・・・・







地面に座り込み悲壮な顔でびくつく男に視線を合わす。

「随分、好き勝手にやってくれたもんだな」

「あ・・・ぅあ・・・・」

獣が・・・見下ろしている。

「てめえ、自分が何やったのか・・・分かってんだろうなぁ」
「ひ・・・うあ・・・わ・・・悪か・・っ・・・」

カッと龍成が目を見開き、無残な獲物は終わらない暴行に震え身を縮込ませるが、逃げようとする首を掴まれ引きずり出された。

「ぐわ・・ぉ・・ぐ・・・・ゆ、許して・・くれ・・・があああぁぁ・・・・・」

必死に許しを請う首謀者の男に、龍成はどす黒く歪んだ眼で残忍な言葉を吐いた。




「せいぜい・・・楽しませろや・・・」




首謀者の男の首を片手で締め上げ、冷徹な目でその首に爪を食い込ませている様は残忍非道の一言につき、目の色は獣、もはや龍成の目に人としてのまともな感情は残っていない。じわじわと苦しみを与え、時間をかけて少しずつ力を込め気道を締めていく。

「ふっ・・ぐ・・・・・・ぐぇ・・・ぇぇ・・ぁあ・・・ぅう・・・・」

男のつま先は地面から離れバタバタともがき、壁に押しつけられる体からは何処からか流れ落ちる血がほこりまみれの汚れた地面に落ち、暗い色を滲ませる。
ガタガタ震えながら目をむきだし、口からは血とよだれを垂らす姿はしばらくすると力が抜け、糸の切れた操り人形のようにだらりと四肢がたれ下がった。

ガクッと首が前のめりに折れ意識を失った男を手放すと、ズルズルと壁を伝わり地面に尻を付いて止まった。ゆるめられたベルトとファスナーが半分下がったままのズボンを見て、携帯の画像がフラッシュバックする。鎮まらぬドス黒い焦燥が更に憤怒と化し、気が付けば男の股間にかかとを蹴り下ろしていた。

「ぐぁああぁあああああああ」

痛みに覚醒した男の悲鳴が上がる。空気を引き裂くような絶叫は一度では終わらない。
グチャとつぶれたような股間のモノを更に体にねじ込むように踏み続けた。

「ぐああ・・おおおああああぁあがあぁ・・」

黒いシミが地面に広がる。つぶされた性器で失禁し、口から泡を吹きながら、目を白くむきだして男は死にかけの虫のようにピクピク体を痙攣させた。




「なに寝てやがんだ・・・まだだろうが」




嘲笑しながら放った獣の言葉は、もう男の耳には届いてはいない。それでも意識の無い男の髪を掴み上げ、狂った獣は咆哮を上げながらその拳を叩き込んだ。



廃工場は、血のにおいが充満する凄惨な、さながら地獄絵図のようだった。



次回・・・「欲深い誓い」

救出編がひと段落付いたので、ちょっとお休み。今後の更新は雑記(11月4日バージョン)でお知らせしますので、そちらをご覧ください。

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