血の味(1)
(▲ 暴力的な表現があります。苦手な方はご覧にならないでください。)
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入り口のドアを開けた仲間の体が浮き、軽く後ろに吹っ飛んだのは一瞬の出来事。
背中から派手に地面に転がった男は、ピクピクと四肢を震わせて起き上がれずに蠢いている。それを見ていた者達は、何が起こったのかと視線の先をドアに集中させた。
薄暗い倉庫の中に入口から入る光がまぶしく射し込み、その逆光の中現れた黒く大きな影に戦慄が走った。
血走るほど大きく見開いた目に映ったのは、自分達が一番恐れ憎んでいる恐怖の象徴。そいつは自らが吹っ飛ばした相手にとどめの一撃を食らわせた後、邪魔だとばかりに横に蹴り倒した。ゴロンと転がった仲間はうつ伏せのまま動かなくなり、その脇を何事も無かったように通り過ぎる。
仲間を通路のごみのように足蹴にした凶悪な男は、20人もの敵を前に身構えることもなく、ゆっくりとした足取りで真っ直ぐこちらに向かってくる。
黒いオーラを纏った凶悪な男は、数メートル先に迫る群集に無遠慮な視線を投げる。その刺されるような強烈な眼光は、目が合っただけで心臓が縮み上がりそうなほどの威圧感がある。視線だけでその場の者達を圧倒させる男に廃屋は完全に沈黙した。
「き・・・京・・・」
掠れた声で誰かが言った。
―――――――― 現れたのは極悪龍、そしてその背後には死神
突如現れた蒼谷の敵に、連中は恐れおののき誰も動けない。シニカルな表情を浮かべて近づいてくる2人に一歩後ずさりそれでも戦闘態勢をとり身構えた。
極悪龍がゆっくりと口を開く。
「うちの虎が来ているはずだ。あいつは何処だ」
極悪龍の放った言葉に、その場に立ちつくす全員の血の気が下がった。
極悪龍と死神がいないという情報をにわかに掴んで、このチャンスに憎き蒼谷の3悪の一人を片付けてしまおうと今回の計画を実行した。
街で見つけた虎にケンカを吹っかけたが、一人相手でもかなわなかった。人数を増やし待ち伏せしたが、それに気づいた虎は寮から出てこなくなり、たった1人さえも潰せない自分達のメンツは丸つぶれで、こうなれば手段など選んではいられなくなった。
以前襲撃したときに一緒にいた奴を人質にとっておびき寄せれば虎は出て来ざるをえなくなるだろう。そしてその友人らしき男をさらった。
思惑通り虎はノコノコと姿を表し、20人で取り囲みやっと捕らえることに成功した。
集団でリンチしてつぶし、次に同じようにして死神を、そして最後に龍をつぶす予定だった。
相手にはより大きなダメージを与えた方がいい。そのための手段なら半殺しようが何をしようがかまわない。
男の一言で、リンチはレイプに変わり、散々暴力を行使した虎の体に性的な暴行を浴びせた。今まで苦渋を舐めさせられた分、その鬱憤をはらすかのように虎をいたぶることに終始没頭した。仲間をボコボコにされその後更に輪姦されて驚愕する奴らの顔が見たかった・・・それを想像するだけで歪みきった心が躍った。
――――― 今、自分達が虎に何をしていたのか、これから何をしようとしていたのか―――――
動画を送りつけて怒り狂う極悪龍達を楽しむはずが、どうやってここをかぎつけたのか、恐れていた相手が2人そろって目の前にいる。
こんなはずではなかった・・・・
男達は思惑が外れ、最大の敵を前に未だに動けずにいた。そんな男達の背後から、屋内の静寂を突き破る高く引きつった声が響いた。
「椎神!!そいつら・・・そいつらがこたろーに・・・ひどいことして」
男達の向こうに縛られて椅子に座らせられている千加が目に入る。千加は泣きながら嗚咽交じりで叫んでいた。
その声に、さっきまで笑っているようにさえ見えた龍の目がわずかに細められる。男達が立ちはだかる群れに注意深く鋭い視線を向けると、そのわずかな隙間に倒れている何かが見えた。
(タロか?)
だが視界に捉えることの出来た足は何故か・・・素足だった。
「・・・・・・・・・・・・・そこをどけ」
地を這うような低い声が男達を威圧する。その声に心臓をわしづかみにでもされたかのようなキリキリとした痛みが走り全員の顔色が青ざめる。それを見てますます龍の眉根が上がる。
「聞こえなかったか?そこをどけ」
見えない怒気に押されてたじろいだ男達が龍の正面に道を開けた。
相手はたったの2人。こちらは20人もいるというのに誰一人向かって行く者はいない。それどころか龍の怒気に押されて、言われるままに体が動きその場を明け渡す始末。
目の前を通り過ぎる龍を視線だけで追うが、その先には何があるのか・・・それを考えると更に恐怖が増す。
そこにあるモノは・・・・・・
自分達の暴力のターゲットとなったモノが・・・無残にも転がっているはずだ・・・
俺達は・・・・もしかして、とんでもないことをやってしまったのかもしれない・・・
・・・・・・・・・・殺られる
あれを見られたら、きっと俺達は無事ではいられない。
一気に得たいの知れない恐怖が襲う。足元から震えが走り立っているのが精一杯な体は今にも崩れ落ちそうだった。
「お前ら、何してやがる!」
張り詰められた緊張の糸を切るかのごとくリーダーの男が叫び、怖気に身をすくませていた男達が我に帰りハッとする。
「こっちは20人もいるんだ、何ビビッてやがる!」
その声で体を縛っていた何かが解けたように体が動く。圧倒的な人数の差と、リーダーの声に消えていた敵対心に再び火がともる。
「そうだよ・・こっちの方が断然多いんだよ、負けるわけがねえ・・・やれるはずだ」
仲間の言葉に奮起した男達が立ちはだかる。
にじり寄ってくる男達の手には鉄パイプが握り締められていた。肩で息をしながら構える男は、踏み出すタイミングをはかるのに落ち着きなく視線をさまよわせている。踏ん切りがつかないのはあの極悪龍に挑む恐怖と、全員でかかれば潰せるという思惑がせめぎ合い、それが頭の中で激しく交錯しているからだ。
チラリと視線を漂わせると自分を含めて5〜6人は鉄パイプを握り締めている。これならいけるかもしれない。何と言っても相手は丸腰だ。武器を持っていることが男の行動を攻撃へと移させた。
数人の男が自らを奮い立たせるように怒声を上げ、握り締めた鉄パイプを目前に立つ龍の顔めがけて振り落とした。
ガツッ!!
「な・・・」
攻撃した男は我が目を疑った。
(こいつ・・・素手で・・・)
硬い鉄の衝撃を左手一本だけで受け止められてしまうなんて。
渾身の力で振り下ろしたものを片手でいとも簡単に受け止められ、それを引き剥がそうと両手でパイプを引っ張っても掴んだモノを龍は放そうとしない。男は驚愕した面で相手を見やった。すると目が合ったと同時に握りしめたパイプを前に引かれ、龍の懐に自ら飛び込むような体制になった男は、唸りを上げて迫る膝に腹をえぐるように蹴り上げられた。
「うぐうわぁあ・・・ぐうぇえ」
ねじれたようなうめき声を上げて前のめりに倒れる男の髪を掴み、力任せに地面に叩きつけると男の胸を踏みつけ奪った鉄パイプを構えた。
「これはなぁ・・・こうやって使うんだ」
表情も変えず踏みつけた男を見下す龍は、鉄パイプを振り上げ、躊躇せず恐怖で引きつる男の顔面に叩き込んだ。
「うぐぁぐがぁ、がはぁあ!」
廃屋に響く断末魔のような悲惨な叫び声。飛び散る鮮血、形が奇妙に歪む口元。カチンカチン・・・・・・・・・・と白いかけらがいくつか飛び散った。それは・・・折れて砕けた歯。鉄パイプの殴打は一度では終わらず2度、3度と続けて男の顔面を襲った。
「ひっ・・」
顔色1つも変えず残忍な攻撃を繰り返す凶悪な龍に、先ほどと灯った敵対心など一気に消沈した。
カラン・・・
血の付いたパイプを無造作に投げ捨て、白目をむいて動かなくなった相手には目もくれず、ひるむ連中に極悪な眼光を放ち再び重い言葉を吐く。
「どけ」
その声にもう、逆らえるものはいなかった。
次回予告・・・「血の味(2)」
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