虎狩り(1)
今日千加は一人で買出しに行っている。自分は外に出ることを控えていたので、留守番の虎太郎はリビングの掃除をしていた。
普段からホコリ取りくらいはしていたので見た目は綺麗に見えるが、端の方には指でこするとしっかりホコリが指に付く。
これはちょっと本格的に拭き上げた方がいいな。ぞうきんを固く絞り四隅の部分を念入りに磨き始めたとき、



ピピピ



携帯が鳴った。画面を見ると椎神からだ。

京極の家いるときに連絡をしてくるなんてめずらしい。あそこに帰るとあいつらはあんまり・・・あんまりというよりプツリと切れたように繋がりがなくなる。まあ、当たり前か。家の仕事するために帰ってるんだしな。
あそこは極道の本家だし・・・あいつは本家の直系なんだし。考えてみればお坊ちゃまなんだよな。坊ちゃま・・・ボンボン・・・ボン。ってことはさ、
あそこに居る間てやっぱり『若!!』とか言われているのかな。あの黒服さん達に。あいつ一応跡継ぎだもんな。


(「若」だって・・・プププ・・・若様・・・ははは・・・)


想像すると何だかおかしい・・・。あの面で若はないだろう・・・うける。
そんなくだらないことを考えていた間に椎神からのコールが切れてしまった。


(あ・・・しまった。電話切れた)


向こうからかかってきたんだから、何か用事があるのかな?ってことはこっちからも掛け直していいってことかな。今なら話が出来るかもしれない。
京極の家にいるときは仕事の邪魔にならないように、こちらからも極力電話をしないようにしていたのでこれはチャンスだと思いすぐにかけ直す。
しかしリダイヤルを押したときにまた再び椎神からのコールが鳴った。今度は瞬時に通話を押した。



『コータ。久しぶりだね元気にしてた?』
「あ、うん。そっちは」
『いつもと変わりありませんよ』

変わりないって、あの黒服さん達に囲まれた生活が変わりないって言うのか。
あの重苦しくて怖い人達の中でこの夏、椎神達はどんなふうに生活しているんだろう。京極の家のことを考えると、俺はいつも気持ちが重くなる。行ったことはないけど本家って言うだけあって山城邸よりもうさんくさそうだし、怖いところには間違いないだろう。
そこにいて楽しいのかな。
実家だけど実際はほとんどそこには住んでいなかったって龍成は言っていた。そんなところであの2人はどんな思いをしながら過ごしているんだろうか。

『どう、久しぶりの実家は楽しいでしょう』
「あーーっと。うん。まあね。それより何か用か?」
『用事がないと電話しちゃだめですか』
「そうじゃないけど、珍しいからさ・・・」
『コータの声が聞きたかったんですよ』
「なんだよそれは」

始めのうちは楽しかったけど、実家はすぐに飽きた。そんな話しよりも聞きたいことがあってそのことばかりが口をつく。

「なあなあ、椎神、龍成ってさ、ぷぷぷ」
『どうしたのコータ。珍しく楽しそうじゃない』

そりゃあもう、変なこと思いついちゃったものだから、聞かずにはいられない。

「実家で“若”とか呼ばれてんの?」
『・・・そうですけど』
「うそ、まじで!わ〜そうなんだ。うぷぷぷー・・・すげ〜。本当に“若”なんだ!!」

俺にとっては衝撃的な事実に、もう笑いが止まらなかった。



『見てみたいですか』
「へ?」
『“若”と呼ばれる龍成を』



いや、別にそこまで見たいわけじゃなくて、ほんの興味本位なんだけど。真面目な声で聞き返す椎神の雰囲気が、いつもの悪巧みをするときみたいな嫌な感じに聞こえてきた。やっぱり聞くんじゃなかった。

『コータにそのつもりがあるのなら、ご招待しますよ』
「招待?どこに」
『決まってるじゃないですか。本家にですよ』


京極家!!

それは・・・そこは俺なんかが踏み込んでいい領域じゃ・・・無いと思う。椎神はいとも簡単に言うけど、俺には敷居が高すぎる、ってか、怖い。

「い、行かないよ」
『車ならすぐ出せますよ。迎えに行きましょうか』
「だからいいって・・・それに今掃除中だし。俺も忙しいんだ」
『お店の?』

ああそうか、椎神は俺が実家に居ると思っているんだ。




しばらくの沈黙。でも隠すこともないか、と思い近況報告をする。

「それが俺、もう寮に帰ったんだ」
『どうして!!』

俺の話を聞いてさっきまで安穏としゃべっていた椎神が声を荒げた。


『夏休みはずっと実家にいる約束だったでしょう!』


“約束”という言葉を妙に強調して言われる。確かに「家にいろ」と「約束だからね」としつこく言われたけど、俺は帰省するなら家にいて当たり前だろうと思っていたから、その「約束」の意味をあまり深くは考えていなかった。

「それが何か暇でさ、1週間だけいたんだけど、もう寮に帰ったんだ。ああ、宿題は受け取ったからな。ありがとな」
『コータ、今すぐ実家に帰るんだ』
「なんで?」
『いいから、言うこと聞いて』

椎神の口調はきつい。なんでそんなこと命令されなきゃいけないんだよ。
そりゃあ1学期の終わりに「夏は実家で過ごす」って約束したけど、それってそんなに守らないといけないことか?家にいようが寮にいようが俺の勝手だろう。お前に指図されたり、怒られたりすることじゃないじゃんか。
さっきまでの穏やかだった雰囲気は何処に吹っ飛んだのか、電話の向こうで怒り出した椎神にだんだん腹が立ってくる。

「何をしようと俺の勝手だろ、椎神にとやかく言われる理由なんてないもん」
『理由ならあります』
「何だよ」

『襲われます』

「・・・・・・あ」



襲われるって・・・・・あ、あれか・・・あれのことか?
思い当たることがありすぎて、椎神が怒っている理由がだんだん分かってきた。



『虎が一人って分かれば、誰かが必ず仕掛けてきます』



今更そんなことを言われたって。
分かっていたなら帰る前にその危険性を教えておいて欲しかった。そしたら大人しく家に退避していただろう・・・



「ああ・・・それなら・・・・・もう・・・その・・・・・・・・・・・・・遭った」
『え?』
「もう、7回ほど・・・・へんなのに狙われた」
『もう!コータ!!お願いだからすぐにかえっ・・』



コンコンとドアをノックする音がした。



「ちょっと、待ってて。誰か来た」
『ちょ、コー・・』

椎神にちょっと待つように言って、ドアを開けるとクラスの奴が立っていた。


「さっき知らない奴に声かけられてさ、虎に渡せって、これ」


と、折りたたまれたメモのようなものを手渡された。

「虎って綾瀬のことでいいんだよな?」
「あ〜・・・多分」
「なんか、ガラの悪そうな奴だったから。綾瀬、気をつけろよ」
「うん・・・ありがと」


なんだろう?と思ったがとりあえずメモを受けとってリビングに戻った。四つ折のメモを開くと・・・



メモを見て戦慄が走った・・・



次回予告・・・「虎狩り(2)」

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あきゅろす。
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