狙われた虎
次の日、朝ごはんを作ってくれる人がいないことに消沈し、仕方なく寮の食堂で朝食を済ませた。その後、町まで食料を買いに行くと言ったら千加も一緒に付いて来た。
食料と言っても食材ではなくパンやカップめんの買い込みだ。大きな買い物袋をぶら下げて歩くことになったけど、軽いものばかりなので見た目ほど重くは無い。暑さを避けるため午前中に買出しに行ったものの、真夏の日差しは容赦なく降り注ぎ肌をチリチリと焼く。早く帰って冷たいジュースをがぶがぶ飲もう。そんなことを考えながら、あと少しで寮に着くと思った矢先に、目の前に怪しい連中が立ちはだかる。



「お前、蒼谷の虎だな」

デジャブって・・・結構すぐに見れるんだ。昨日と同じ登場の仕方に記憶を巻き戻してみると、相手が次に何を要求してくるかなんて考えなくてもすぐに分かる。(このクソ暑いときに・・・勘弁してくれよな)虎太郎は恨みがましく相手を見やった。千加を自分の後ろに押しやり、荷物を任せ男達を前に牽制する。

「そうだけど。でもこいつは関係ない。手を出すな」
「そんなこと知るか、おいやっちまえ」

やはり問答無用でそうきますか。

話など通じる相手ではなかったが怖がっている場合じゃない。今日は6人。でも絶対千加には手出しさせない。ケンカ慣れしていない千加はこの状況に青ざめた顔でブルブル震えている。

「千加、そこ絶対動くなよ」
「う・・うん」

こんなことはめったに無いが、先手を取るために自ら攻撃に出た。
1発目は首に、2発目は鼻っ柱をぶっ叩き、倒れた奴は鼻血を噴き出してしりもちをつく。後ろから羽交い絞めにしてくる奴の腹に肘鉄を喰らわせ倒れた男の腹に蹴りをお見舞いしてやった。

「こたろー、後ろ!」

千加の叫び声に振り返ると拳がもう目の前にあった。
向かってきた男の拳が虎太郎の頬にヒットして口の中に痛みと血の味が広がったが痛がっている暇など無く、その腕を掴んで引き付けみぞおちに膝蹴りをぶち込んだ。残る2人はあっという間に4人を倒した虎を見て、「お、覚えてやがれ!」と捨て台詞を残し、仲間をおいたまま逃走していった。



ペッ、

口の中にあふれるものを吐き出すと、やはり唾に血が混ざっていた。

「こたろーーー」
「ちぃ・・か」

半分泣きながら千加が駆け寄ってきた。ハンカチを差し出されて「ごめん」と言いたかったが、口がうまく動かずに「ごめぬ・・」とまぬけな言葉を返してしまった。

「血が出てるよ!!こたろー、こたろーごめんね、僕なにもできなくて・・・」

よほど怖かったのか、千加は虎太郎の名前を何度も呼んでとうとう泣き始めた。

「俺のせーだかあ。千加はないもわるくなぅい」

頑張って動かしたがこんな具合にしか話せない。早く帰ってほっぺたを冷やそう。千加のハンカチには俺の血がついてしまったから、自分のポケットに入っていたハンカチを千加に渡して涙を拭かせた。いつまでもここにいると逃げた奴らが仲間を呼んで仕返しに来るかもしれないから、地面に置いた荷物を持ち直し寮への帰路を急いだ。

「ごめんあ、千加。怖い思いあ、て」
「いいんだよ、気にしないでよ。僕なんて全然何もできなくて」
「出来あくて、いいんあってば。普通はあんあの相手に、ケンカあんてしあい・・ろ」
「もうしゃべらなくていいよ」





部屋で頬を冷やすと少しはまともに話せるようになった。口の端がちょこっと切れたので消毒してもらうとヒリヒリしみる。今日は口にしみない物を食べよう。でもこの顔で食堂に行ったら目立つかな。千加に部屋まで持ってきてもらおうかな。



「こたろーはさ、いつもあんなことしてたんだ」
「まあ・・・・な」

心配そうに俺の顔を見る千加はまた顔をくしゃりとさせ泣きそうになる。

「怪我なんかして・・・狙われて・・・だから言ったじゃん。いつか大変なことになるって。なんでケンカなんかすんのさ」

俺のことすごく心配して、大きな目からポロポロ涙を流しながら怒ってる。

「ごめん・・・心配させて」
「あ、あやま・・んなくても・・・。もうさ、ケンカとかやめようよ」
「ん・・・自分からはしないよ」

ケンカはやめたいし、自分から手を出すことなんて絶対無い。けれど、止めるとなると自分の一存だけではどうにもならない。

「やっぱりあの2人が悪いんだ。あいつらが無理やりこたろーを連れ回してるから」
「・・・・・・・」

そう言われると否定できない。でも最近は慣れてしまってそれを楽しんでいる自分がいるのも確かだ。だから全部が全部あいつらのせいだとも言えない。原因を作るのはあいつらだけど。

「大丈夫だって千加」
「どこがだよ。何を根拠にそんなことが言えるんだよ!」
「今日はたまたまだって・・・」

本当は昨日も襲われたけれど、今それを千加が知ったら余計に心配をかけることになるので言えなかった。

「その“たまたま”がまた起こったらどうすんのさ、あいつら今いないんだろ。こたろーだけ危ない目に遭って、何かあった後じゃ遅いんだよ!」
「だから、気をつけるからさ」

一向に千加の気持ちは治まらず、龍成達が帰ってきたら今日のことを話して俺をケンカに誘わないように直談判する気で満々だ。今まで自分にこんな事を面と向かって言ってくれた友達はいなかったので、千加の言葉が正直うれしく感じる。



ケンカはやめろか。確かに、そうだな。
理由もなくやっていたことだ、それが習慣化して生活の一部になっていた。普通に考えると自分がやっていることは周りから見れば異常なこと。普通じゃない。
そうなんだよな。

ケンカだっていつも勝てるわけじゃないし。負けた奴の中には逆恨みして今日みたいに俺だけ狙ってくる奴も居るだろう。あいつらなら負けないんだろうけど正直俺は自分の強さにそこまで自信は無い。
強くはなっているとは思うけど、以前感じたみたいにあの2人と俺は違う。

あいつらは欲している。
ケンカすることを。暴力を。力を・・・
でも俺は違う。相手を潰すためにやってるわけじゃない。

最近は強くはなりたいと思ったから進んであいつらについて行った。そして強くなったんじゃないかな?と実感することもあった。けど、やっぱり相手を傷つけるのは怖い。強くなりたい自分。でも暴力を恐れる自分。その考えが矛盾しているのは分かるけど。
自分はいい気になっていただけなのかも知れない。少しくらい強くなったって、所詮井の中の蛙なのに。
俺ってやっぱりこういうことには向いてないんだ。気が弱いのは変わらないし、今だって後悔して落ち込んでるし。
だからあいつらが帰ってきたら、千加が言う前に自分から話をしてみようか。


やっぱり、もうケンカしたくないって・・・


でも怒るよな、絶対。今更何言ってるんだって



ケンカを吹っかけられることよりも、今日みたいに関係のない千加や友達が巻き込まれることが怖かった。そんなことは絶対に避けたかった。
俺が目を付けられボコられるのは仕方がない。実際にあいつらを殴ったのだから。たとえそれが相手がふっかけてきたケンカであっても、やったことには変わりはない。でも自分のせいで周りが被害を被るのは絶対だめだ。自分のケンカが原因で、大事な人が危険な目に遭うとかそんなこと到底許されることじゃない。

「何て言えば分かってくれるかな」

怒る様子が目に浮かぶ。口で言っても全てたたき返されるし、龍成のゲンコは半端なく痛いし椎神の暴力は陰湿だし。きっとボコられるけど真剣に訴えれば、今回みたいに危険な状態を話せば分かってくれるかもしれない。あいつらが帰ってくるまでまだ時間はたっぷりあるから、あまり怒らせないような上手い言い方を考えておかなくては。

「ああ・・・気が重い。あいつらは何で今ここにいないんだよ・・・」

あの2人がいれば俺1人が狙われることもなかった。いつもうとおしいくらい傍にいたくせに、いざというときにいないなんて本当に俺を困らせる存在だよ、あいつらは。

「早く帰ってくればいいのに」

思いも寄らぬ事を口走り、よほど自分が滅入っているのだと自覚する。
6年という歳月は長く、2人の存在は良くも悪くも虎太郎に多大な影響を与えている。心の中に深く入り込んだあの2人が、自分の傍にいないことがものすごく心細かった。






そして千加の心配は的中した。



それから、買い物に出るたび虎太郎は襲撃され続けた。
来る日も来る日も狙われ、売られたケンカを買う日もあれば、走って退散する日もあった。

夏休みだからだろうか。
ケンカを売る連中はなんとも暇な奴らで、俺が出かけない日もきっと店の前とかで待ち伏せしているんだろう。寮の近くは交番があるため学校付近は安全だったけど、そこ以外は見つかれば即バトル状態。俺が買出しに出ると千加も一緒に行きたがったが、この間みたいに万が一のことを考えると危なくて一緒には出歩けない。俺は龍成達ほど強くは無いから、自分を守るだけで精一杯だと思ったからだ。

街では俺が追い掛け回されたり、ケンカしたりする姿が目撃され、出かけるたびにいくつかの傷をこさえて帰ってくるのを見て、寮の住人達も俺に何かが起こっていることに気が付き始めた。
寮内でも俺が狙われているとの噂が広まり、心配した友達が「大丈夫か?」とか「京極に知らせた方がいいんじゃないか」とかいろいろと声をかけてくれる。ときには買出しに行ってくれて、休みの間はあまり寮から出るなと気を遣ってくれた。友達のありがたみが身にしみる。だから余計にケンカをしている自分が嫌になってくる。
普通の生活が送りたい・・・



「お、綾瀬帰って来たぜ」
「おかえりーー芝ピー、今日は勝ったか?」
「・・・逃げた。それよりその呼び方いいかげんやめろってば」

「勝つ」か「逃げる」かどちらかしかない。負けたら無事な体で寮には帰ってこないだろうが・・・
こんなに狙われ続けるなんて思わなかった。もしかして不良連中はあの2人が寮に居ないことを知っているのかもしれない。あの2人が居ないということがおおっぴらに広まれば、それは虎太郎にとってはさらに危険な状態に陥ることになる。



「はあ・・・せっかくの夏休みなのに」



友達の協力もあって俺はこの1週間は外に出る必要も無く、穏やかな寮生活を送っていた。しかしまだ八月も前半、ずっと寮にこもっているのも退屈だった。


やっぱり家にもう一度帰るかな。家までは知られていないだろうし。
でも・・・「行ったり来たり何がしたいのあんたは」とかお母さんに言われるかなぁ・・・それに店番も面倒くさいしな、帰ってもどうせすることもないし・・・
そう思うと家にも帰りづらかった。



次回予告・・・「虎狩り」

[←][→]

12/72ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!