1人ぼっちの夏休み
夏休みになって俺は実家に帰省した。



千加などは家に帰っても誰もいないので夏休み中寮にいるらしい。また、家に人がいても寮の方が自由だと言って帰らない奴もいる。そういった連中が半数近くいるから不思議なものだ。そんなに家に帰りたくないのだろうか。



俺なんか初日から帰省したぞ。

「こた。お昼よ」
「うん」

夏休み家にいてもすることがない俺は、店番をしながら1週間にしてもう飽きていた。
宿題してゴロゴロして店番を適当にやって、店のコーラ飲んで父さんからこづかれて・・・・・・・寝る。なんという平穏でしかしつまらない日々。

「こたの好きなお魚にしたわよ。今日は海鮮丼よ」

帰った日からお母さんは張り切ってご飯を作ってくれた。元々料理の先生だっただけあって、色とりどりに盛られた魚に母秘伝のたれをかけて食べる飯は美味しかったけど。

「新鮮な魚なんて寮じゃ食べられないでしょう。こたがお魚好きだから奮発していいのを買ってきたのよ。だからもう少し味わって食べなさい」

もしゃもしゃがっついて食べる俺に母親は高いんだから味わえと言う。

「んーでも、結構新鮮なの俺食べてるよ?」
「何言ってるの。寮のご飯普通って言ってたじゃない」
「寮のじゃなくて、龍成が作るご飯だよ」
「京極君ご飯作れるの?」
「うん。むちゃくちゃ美味いよ。魚とかさばくし、あいつにあんな細かいことができるなんて、俺が驚いた」



紫風寮はリビングに立派なキッチンが備え付けてあることも話し、リビング、ダイニングキッチンそしてもう1つ部屋がある1LDK風だと言うとお母さんはやっぱり世界が違うわぁと感嘆の声を上げた。

「料理が出来る男って惚れるわね。あの子野生的だしモテるでしょう」
「モテる・・・かな?・・・・龍成はあんまりそういう話は聞かないよ。椎神は相変わらずだけど」

蒼谷でも椎神王子は1年にして学校近辺の女子が校門にたかるほど浮名をはせている。確かにあの2人はかっこいい。男の俺から見ても顔はいいしケンカも強ければ頭もいい。そして料理も出来ればいいとこばっかりじゃん。でも女子と付き合っているところは見たことないぞ?そのあたりはどうなんだろう。

「こたはどうなの?」
「俺?何が?」
「何がって、女の子よ。彼女。」
「いるわけ、ないじゃん!」

母親に面と向かってそんな話をされると思わなかったから、恥ずかしくなって無理矢理残りのご飯をかき込んで2階の部屋に戻った。お母さんったらニヤニヤしてなに興味もってんだか。高校生にもなれば彼女とかできて当然だと思ってるのかな。
兄ちゃん達は・・・いたよな。家にも平気で連れてきてたし、俺も小さいとき兄ちゃんの彼女に一緒に遊んでもらったことがあるくらいオープンなつき合いしてたな。武兄ちゃんはモテたし、将兄ちゃんはいろいろ問題起こすくらいタラシだったし、努力しなくても自然と彼女が出来てたって言ってた。いいよなぁ〜



(彼女かぁ・・・)



女の子ねぇ。そんなこと真剣に考えたこともなかったな。誰かと付き合うなんて・・・

ピピピ・・・

淡い思いにふけっているとメールの着信音が鳴った。開くとそれは千加からだった。


(件名)あなたのかわいい彼女より!!

『ひまーーーーひまひまーーーーひまでマヒするーーーーカモンベイベー待ってるわぁ、ダーリン!!』


・・・・なんのこっちゃ。しかし何というタイミングだろう。「彼女」って・・・。これが本当の彼女からだったら、飛び上がって喜んだだろうけど・・・

おそらく千加も俺と同じく暇でたまらないのだろう。ちょっと考えてからお母さんにやっぱり寮に帰ると話すと、「もう帰るの?何しに帰ってきたのよ」と目を丸くして驚き、あきれられた。






デイバックをかるって電車に揺られ、乗り換えが面倒くさい路線を進みやっと学校の駅にたどり着く。一週間前に出た場所にもう戻ってきた。大体夏休みを一人で普通に過ごせといっても本当にすることが無いんだ。
この6年間はずっと龍成達と一緒に過ごし、その内5年間は山城邸にお盆まで泊まっていたから開放感はあるものの一人なのがおかしく感じる。そもそもおかしく感じるのがもうおかしい。

あの2人は夏休みに入る1週間前に学校を休み、すでに実家に帰ってしまった。何か用事があってのことだろうけど。高校生になって土日はよく京極の実家に帰るようになったし。平日もときどき消えるから心配して聞くと椎神は「高校生と言っても実家ではもう大人扱いだからね。いろいろやらないといけないことがあるんですよ。特に龍成は跡継ぎですから」と重たい話をした。


極道か・・・異常にケンカし始めたのもそのせいなのかな。鬱憤ばらしかな。



しかしあれだけ人の自由を縛っておきながら、高校生になったとたんいきなりポイかよ。今年も当たり前のように一緒に過ごすと思い込んでいた俺に、「私達明日から京極の家に帰省しますから」と何でもないことのように簡単に言い放った椎神に、俺の思考は一時停止し、何も言葉が返せなかった。俺にとっては青天の霹靂だよ。だっていきなりの40日間野放し状態を宣言されたんだから。

「そ・・なん。・・・分かった」

やっと出た台詞はその事実を受け入れるしかない言葉。
少しくらいは一緒に居たかったとか言うと、あいつらのことだから調子にのって今後のからかいのネタにされそうだし、何と言っても自分の口からそれを言うのが恥ずかしいから「宿題の見直しが出来なくて困る」と理由を無理やりこしらえて言うと、それを覚えていたのか椎神は夏休みに入って3日目に全ての課題を終えたノートを実家に郵送してきた。すごい、さすが優先生。

2人は夏休み後半まで帰ってこない。まあ、友達はあいつらだけじゃないし寮に帰ればそれなりに楽しいだろうと思い、気を取り直して歩き始めた。





ギラギラと熱い日差しが降り注ぐ中とぼとぼ学校に向かっていると、柄の悪い連中が前から歩いてくる。こういうときは視線を合わせずに知らん振りで通り過ぎるのがベストだ。目が合ったりぶつかったり逆にあまりにもビクビクしていたりすると、いらぬ難癖を付けられるに違いない。なのに何故・・・



「おい、お前ちょっと待て」

通り過ぎる瞬間。ゴロツキ風の一人が俺を呼び止めた。ドキリとして歩みが止まる。

(やばい・・・どうしよう)

それでも視線だけは合わさずに下を向いていると、俺の前に回りこんできた奴が下から顔をのぞきこんでくる。
避けられず目が合った瞬間向こうが目をひん剥いて俺を見た。

(うわ・・・・目・・・合っちゃった。)

「お前、やっぱりそうだ・・・」
「何だ、どうした」

俺が誰だか分かったんだろう。男は驚いた様子で俺から離れたが、すぐに拳を握りしめて奇妙な薄笑いを浮かべた。

「こいつ、蒼谷の虎だぜ」
「なに!」

言うなりそいつらが俺をめがけて突進して来たので、ここはもう逃げるしかない。横道に入ってよく分からない通路を突っ走ったが運の悪いことに行き止まり。そしておれは5人の男達に囲まれた。


「お前、蒼谷の虎だよな」

「・・・・・・・・・・」

ここで龍成達ならそうだと答えるのだろうけど、俺は一人。多勢にぶせい。こいつらのことなんて覚えていないけど、俺の顔を知っているということはきっとケンカしたことがある連中で、その結果負けたんだろうなと思う。

「今日はお前一人か?龍と死神はどうした」

「・・・・・・・・・・」

「まあ、いい。まずはお前から血祭りにあげてやる」

そして奴らはむやみやたらに拳を振りかざし襲ってくる。怖いという気持ちよりも、何とかしないとやられるという気持ちが先行した。相手の動きに集中すると、その相手の拳が・・・・見える。こいつ・・・・・・・そんなに強くない。

とっさにその拳をよけ、浮いた腕を掴んで引き寄せてから顔面を殴りつけた。

「ぐわ」

仲間が殴られるといきり立った男達が次々に襲いかかってくる。顔の側面に蹴りを入れ、みぞおちを殴って沈める。椎神のまねをして金的なんかもやってみた。股間を握り締めて悶絶する男をしりめにちょっとやりすぎたかなと後悔する。5人の男達はたった一人の虎を前にあっけなく沈没した。



地面にうずくまる連中を見て遅れて恐怖がやって来た。とにかく倒さないと自分がやれれるという意識に支配されていたから、ケンカの最中は意外と冷静だったが、終わってから手が震えだした。
一目散に走ってその場から逃げた。大通りを目指してめちゃくちゃに道を走り抜けた。



一人でケンカしたことなんて無かった。
いつもあの2人の後について行き、あの2人のケンカを傍観していた。
最後には付き合わされるんだけど、終わった後こんなにドキドキすることもなかった。
何があっても、いつもあの2人が一緒だったから、なにも怖いことは無かった。
でも、今日は・・・・・・一人でいることが怖かった。
初めて一人で戦った。勝てたけど、怖さの方が勝っていた。

スローモーションみたいに拳が見えたんだ。

自分でもびっくりした。
あんなことは初めてだった。
俺・・・強くなってるのかな?
俺も、少しはあの2人に近づけているのかな。


あいつらみたいに、強くなれるのかな・・・




無我夢中で走って学校をめざした。寮が見えてくるとホッとしてそこで足を止めた。汗がどっと噴き出てきた。荒い呼吸をゆっくり落ち着かせながら自室に帰ると千加が飛んで抱きついてきた。

「お帰りーーーマイハニーーーー愛してるよ〜〜寂しかったよ〜〜〜」
「く・・・苦し・・・首が・・・いたひ・・・」
「後でいくらでもマッサージしてあげるよ〜ベイビー。こたろー?すごい汗びっしょりだよ。外そんなに暑いんだ?」

クーラーがガンガンに効いた部屋に居る千加の肌はさらさらだ。反対にあんなことがあった俺は滝のように流れる汗が気持ち悪い。このままではクーラーに冷やされて風邪を引きそうだったのでシャワーを浴びた。
よっぽど退屈だったんだろう。帰ってきた俺に千加は大げさに喜び言ったとおり風呂上りには全身をくまなく無料でマッサージしてくれた。



次回予告・・・「狙われた虎」

[←][→]

11/72ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!