田中です


裏口のドアには監視カメラ。


そこだけではない。よく見渡せば道の反対側の電信柱や壁から伸びた鉄柱にもそれらしいものが設置されている。以前から防犯用にあったような気がするが、この屋敷のどこに何が付随しているのか、そんな細かい事まではっきりと覚えていなかった。

裏門をくぐるときガタイのいい門番にチェックされ、契約している酒店の配達人だと伝えると、敷地内に入るのを許可された。
内部にもやはり訪問者の一挙一動を監視するためのカメラがある。ここが普通の館でないことはそれだけでも明らかであり、訪れた者はヤクザの顔を見る前にこの物々しい雰囲気だけで、回れ右をして退散してしまうかもしれない無言のプレッシャーを感じさせる。

裏の勝手口の呼び鈴を押すと、しばらくして鍵を解除する音がしてドアが開く。中から出てきた男は顔を合わせたとたんガンを付けてきた。



「ああ〜何だてめえは?」

いかにもチンピラといった感じの男はまだ若い。20代前半くらいだろうか。
黒いシャツの首元にはキンキラキンのチェーンがぶら下がり耳にはピアスが1、2、・・、5・・・

「なに人の顔ジロジロ見てやがんだ、てめえ!」

眉間にしわを寄せて顎を反り返らせる男は、見下すようにガン見する目をそらさない。
虎太郎は男のあまりのピアスの多さに、「穴開けるの痛てえよなー」とか、思わず左右のピアスの数を目で追ってしまった。

「くぉらあああ!てめえ、俺の話聞いてんのかあ!」
「あ、・・・・・・・・・・・すいません。その・・・酒の配達に来ました」

頭ごなしに怒鳴られて、こんな奴と言葉を交わすのもアホらしいと、虎太郎は目を反らしチンピラ君の足元あたりに視線を下げて答えた。

「んああ!?」

(いちいちすごまないと会話ができないのかこいつ。)

ジロジロと睨みつけるピアスの若者は、鼻息が虎太郎の顔に触れそうなくらい顔を近づけてガンを垂れ睨み続ける。自分が息巻く姿を見せて、威勢のよさや強さをアピールする。それはチンピラがよくする行動で、どこの国でもこういった輩は存在する。さほど強くもないのに相手を脅して虚勢を張る。そして自分よりも弱いと思った人間には平気で暴力を振るう。
虎太郎はそんな人間が嫌いだった。

「てめえは本当に酒屋か!?」

(バカかこいつは・・・俺の格好を見れば酒屋にしか見えんだろう。この前掛けが目に入らねえか)

「綾瀬酒店の者です」

目の前のチンピラ君の態度は気に食わないが、これも仕事だと割り切って60%くらいの笑顔で店名を名乗った。
上から下までぶしつけな目つきで観察さられ、虎太郎の後ろにある軽トラックに積まれたビールの山を見てやっと納得したのか、ケッと悪態をつきチンピラはやっとドアを全開にした。

ただのバカかと思ったが、来訪者に対してのある程度の警戒心は持っているようだ。簡単に外部の人間を入れてはならないのだろう。その辺の教育?みたいなものはきっちりされているようだ。おそらく一番下っ端であろうこの男、チンピラながらも組織の一員であれば組の不名誉になるような行動は出来ないし失敗は許されない。
上司やアニキ分のツラを汚すようなことをしない程度の、少ない脳みそは持っている奴で良かった。機嫌次第で出会い頭にぶん殴る、脳みそ筋肉単細胞に出くわしていたら、今頃自分は鼻血を流していただろう。


ヤクザの上下関係は半端ない。
それは警察の縦社会と類似するところがある。

上司が白と言えばカラスだって白。そんな理不尽な所があるのが閉鎖的な組織の特徴だ。上からの命令には絶対服従。そうでなければ鶴の一声で何百、何千という人員が動けるはずがない。
時には正義や真実を切り捨ててまで、任務を遂行する。結果だけを求められる薄汚れた非情な世界。一糸乱れぬ統率力の裏には、多くの犠牲と代償が払われているが、それが人々の目や耳に入ることはない。
希望に満ちて進んだ先には、社会のどこにでも存在する闇の部分があった。警察でもSPでもそれは変わらない。組織が大きければ大きいほど、目に見えて影は大きく膨らむ。正義を守るための必要悪という偽善的な行為。虎太郎もそんな中に身を置く1人なので、矛盾をはらんだ組織の鎖に縛られる不条理さは身にしみて分かっている。

完璧な秩序。頂点に立つ者の独裁的な支配。

その点では警察もヤクザも非常に似通っていたが、建前や正義を振りかざし裏ではマフィァと裏取引をして調和を謀る公安部と、上っ面などは気にもせず強欲さを隠さないヤクザを比べると、警察の方が姑息に思えることがあり虎太郎は組織を恥じることがあった。
だからといってヤクザに肩入れするような気持ちは微塵もない。
ヤクザなどは社会には必要ないし、ヤクザを必要とする権力者といった輩も排除されるべきだと常々思う。こういった需要と供給の関係を切り離さない限り、世の中から暴力団は無くなりはしないのだ。

取り締まっても逮捕しても彼らの人数は減るどころか、チンピラ風情は増える一方。どんな小さな街にでも、ヤクザやそれに類似する者が存在する。
ヤクザは組織的だが例外もある。ヤクザと言えどもピンからキリまでいろいろあるのだ。
下町温情系の家族ぐるみでやっているヤクザもいれば、成り上がりのチンピラの集団のようなヤクザもいる。所場代を巻き上げる程度のその日暮らしの情報屋や博徒崩れもいれば、全国を渡り歩きなわばりを持たないテキヤも多くいる。何代も続く伝統としきたりを重んじる型にはまった古いヤクザが居る反面、ビジネスで敵対組織を潰す新興経済ヤクザもその数を増している。

山城組は関東一帯を取り仕切る広域暴力団天神会系の京極組と並ぶ大きな組だ。系統的には山城と京極は血縁関係にあるので、親族経営と言うのだろうか。いくつもの企業経営を手がける経済ヤクザの部類にも入る。
何次団体まであるのか分からない無限連鎖のネズミ講のような業務形態には、警察も手を焼いているだろう。名前だけの存在しない会社、複数の名義人が存在する会社、親会社に行き着く頃にはもうその会社は名前を変え、全く別の職種に変わっていたりと、法の目をかいくぐってありとあらゆる方法で金を生み出すのが暴力団の金儲けのやり方だ。

天神会は抱える組員の数が関東で1,2を争う規模なので、規律も厳しい。故に統率も取れているのだろう。


そしてこのチンピラ君もその末端。
何だか山城組には似つかわしくないその身なりを見ると、下っ端だとこの程度なのか・・・・と思う。虎太郎の記憶に残る山城組の構成員達は皆ごっついおっさんだった。高校生だった自分から見れば、ダークスーツを着た厳つい顔がみんな同じに見えたし、その顔をまじまじと直視して観察するような勇気もなかったわけで、今こうやってチンピラ君の顔をジッと見れるようになっただけでもたいした成長だと感じるのだった。

(どこの組織にもみそっかすはいるもんだな。弱いくせにキャンキャン吠えてばっかで。)

虎太郎は、まだ十分な仕事など与えてはもらえない雑用係のチンピラ君にふと昔の自分を重ねてしまった。




「今日は中の方に全部運べや」
「はあ・・・」

外の倉庫に半分と母親から聞いていたが、ここはチンピラ君の言うとおりにしておく。「いつもとは違うんですか?」とか聞こうものなら、顔につばがかかるほど至近距離で「文句あんのか!」と怒鳴られそうだ。
問題は起こさない、余計な事はしない言わない。
そして早くトンズラしよう。
ここは居るだけでも気が滅入る。何もかも嫌いだし、なんとなく治った傷さえも痛む気がする。


(ここは鬼門だ、鬼門。ああ・・・家に上がりたくねえ・・・)


「お前、いつもの配達人じゃあねえな」
「はあ・・・その、アルバイトでして」

「てめえ、名前は」
「へ?」

「名前はって聞いてんだよ、さっさと答えろ!」

チンピラ君のつばを顔面に受けながら、今にも殴りかかって来そうな怒り顔で怒鳴るので、虎太郎は適当に答えた。

「・・・・・・・・・・・・・た、田中です」
「田中だあ〜?ケッ、ありきたりな名前だな。まあいい、さっさと来い!」

「・・・はあ・・・・・・・」



裏口の玄関のすぐ横は広い台所。
そこからは人の出入りがひっきりなしに続いている。エプロンをした女の人がバタバタと料理の準備をしたり、できた物を運んだり、料理屋の厨房並の慌ただしさだった。

人にぶつからないように廊下の端に寄りながらビールを運ぶ。本当は2ケースまとめて持ちたかったが、無理をして腰を痛めたら今後の仕事に差し障りがあると思い1ケースずつ運ぶことにした。怪我さえしていなければ2ケースくらいは運べたのだろうが。
台所の隣の壁には銀色の大きな扉。チンピラ君が大きな取っ手を握り銀色の扉を開けると中からひんやりした空気が流れ出てきた。

(すげえ、うちの店と同じ店舗用の冷蔵庫じゃん!)

組員を大人数抱えていると冷蔵庫もこんなに巨大になるものなのだろうか。屋敷の大きさに吊り合う立派な冷蔵保管庫に驚いてしまった。

「今入ってる酒は全部手前に置け、そんで新しく運び入れる分は奥に詰め込め。4段までは重ねて積めよ。中の電気はここや」
「はあ」

(ほう・・・冷蔵庫の整理までさせますか。いや、さからわずにしますけどね。)

終わったら声かけろやと、チンピラ君は鷹揚に言い放ち台所に消えて行った。


こんな所には長居は無用だ。
1人残された虎太郎は、残りの酒を取りに軽トラと冷蔵庫を素早く往復する。
冷蔵庫内の整頓もして20分ほどで業務は終了。
庫内の電気を消して「あ、報告しなきゃな」と、台所にチンピラ君を捜しに行った。

「さめる前に早く運んで」
「お酒足りないわ、熱燗まだできてないの」
「灰皿交換に行って」
「ビールが全然足りてねえ、急いで運べ」

台所をのぞき込むとそこは何か事件でも起こっているような、騒然とした様子だった。慌ただしく出入りする中居さんのような女性達。その人達を厳しい口調で動かし、次々に指示を与える男。
入り口から顔だけひょっこりのぞかせ、行き交う人達の中からチンピラ君を捜した。
着物を着たおばちゃん達、パンツスタイルの女の人とか、黒服の厳ついおいちゃん達、チンピラ君じゃないチンピラ達・・・

(ああ、もう・・・・・・・・・・人多すぎ、出入りしすぎ。うーー、もうあいつは無視してこのまま帰るか。)

戦場のような台所の様子に、チンピラ君を探すことを早々に諦めて、虎太郎は裏玄関に向かって歩き出した。


「田中」

(うん、探したけど見つからなかったからいいや。帰ろっと)


「おい、田中」

(にしても、今日は宴会でもあってんのか?いやに騒がしいな。昼間から飲み事とは、いい御身分だよなぁ)


「くおらぁ、田中ぁ――――!!!」
「うぁ!」

突然肩を掴まれて後ろを振り向かせられる。
そこにはさっきよりも数段ガンを付け剃った眉根を吊り上げるチンピラ君が、怒りをあらわにして立っていた。

「てめえ、田中ぁ!何回も呼んでんだろうが。無視しやがって、舐めとんのか!」

(はっ!そうでした。俺・・・・・・今は“田中”でしたね。すっかり忘れていました。)

「す、すんません、そのボーッとしてまして・・・」
「はああ?すんませんで済むと思っんのか、こんやたあああぁ!!」

チンピラ君は虎太郎の胸ぐらをグワッと掴み、怒りにまかせて殴りかかろうとした。
事を荒立ててもいいことなんてない。ここは殴られておこう・・・と瞬時に判断し、虎太郎はギュッと目をつぶり歯を食いしばった。



「くぉら、ケンジてめえ何油売ってんだ、このクソ忙しいときに!」


その怒鳴り声と共に、胸ぐらをつかんでいた腕の力から解放された虎太郎は、何事かと思ってチンピラ君の背後に視線を移した。
そこにはチンピラ君より少し年上に見える黒服の男が、やはり怒り顔で空き瓶を抱えて立っていた。

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