蒼谷の三悪
「うわぁ・・・そこそこ、んーーー効く・・・・・・」

20分500円のマッサージは同室のよしみで1回200円の破格の値段でやってもらえる。千加の腕は本人が自慢するだけあってプロ級。もみ返しも無く、この間なんてもまれている途中にそのまま寝てしまったくらい気持ちがよかった。



「こたろーはもっと肉付けた方がいんじゃない」
「食っても太らない」

それは龍成にも言われた。ってことはやっぱり俺はやせなのか。もっと食ったら・・・強くなる?それなら頑張って肉食ってみようかな。

「でも、もみにくいんだよね。筋骨がゴツゴツしてて」
「そこは千加のテクでなんとかして」

夕ご飯を食べ風呂にも入り、就寝までの時間は、一日の中で一番の幸福の時。しかしそんな幸せをぶち破るノックの音。ドアに行こうとする千加に、多分俺だからと起き上がって制し、ドアを開けるとやはり来訪者は思ったとおりの人物だった。





「コータ行くよ。・・・お風呂上り?」

俺の髪の上でクンと鼻を鳴らしシャンプーの臭いをかぐ椎神は、「いい香り」と言ってそのまま顔をずらし首元の臭いまでかぎ始めた。鼻息がかかるとそこがゾワリとして思わず身を引いた。


「ちょっと!なに気にこたろーに接近しないでくれる」

椎神から身を引いた俺の腕をギュッと引っ張る千加はすでに臨戦態勢。

「コミュニケーションと確認ですよ。へんな虫がちょっかい出していないかってね」
「僕がこたろ−に触るのは許可得てんの。誰かさんと違って不意打ちで嫌がられるようなことは絶対しないしね」
「コータ殺虫剤ありませんかね」
「今度は虫かよ!!」


・・・またか。


「ちょと待ってて。千加も下がって」

椎神に向かって蹴りを繰り出す千加を無理やり引っぱて部屋の中に押し込める。閉じかけたドアの向こうで「ダックス並みの短い足じゃ届きませんよ〜」とか、お願いだから小学生じみた言い方でわざと千加を挑発するのは勘弁して欲しい。

「ああ!!くそう!ムカつく」
「もう、いいからさ。あんなの相手にしないで、その・・・千加が言ってることの方が正しいと思うから」
「本当!!」

最近分かった千加のいさめ方。「千加の方が正しい」と言えば、怒りが治まる。

椎神が呼びに来たと言う事は聞かなくてもケンカだろう。せっかく風呂にも入ったのに。だから行くのをためらったが、断ってそれが成功したためしは無い。口で叶わないのは小学生のころから十分分かっていることだ。
自室に戻り、寝巻きからパーカーとジーンズに着替える。携帯とハンカチをポケットに入れて部屋を出るとリビングにいた千加が不満そうに出て行く俺を見ている。

「またケンカ?」
「んーーおそらく」

千加は俺がケンカに行くことを良く思っていない。友人なら普通そう思うだろうな。

「京極と椎神のケンカに何でコータが付き合わないといけないの?おかしいじゃん」
「それは・・・」

中学のころからケンカに担ぎ出されていたから、今更あんまり不思議には思わなくなっていた。そりゃあケンカが好きな訳じゃないから、行かないにこしたことはないのだけど。

「断っちゃいなよ」
「それの方が・・・難しい」
「じゃ僕が言う」
「待った!それはまずい」

再び椎神と会わせたらまたケンカが勃発する。今からケンカに行くのにその前哨戦をここでやられたらたまったもんじゃない。この2人のののしりあいを止めるのは一苦労なんだ。椎神は涼しい顔でどんどん挑発するし、反対に千加は怒りの炎が燃え上がるし。

「大丈夫、今日こそはあいつに勝つ!!」
「いや、勝たなくてもいいから。それにほら、廊下でケンカとか周りに迷惑だし」

なんとか千加を押さえて、心配ないからと言い聞かせて靴を履く。

「危ないことばっかりして、いつかとんでもない怪我とかしちゃうよ」
「怪我なら今までもいっぱいしてるさ。それに俺はおまけだから」
「あんな奴ら、ボコボコにやられちゃえばいいんだよ」
「あの2人がやられるときは、俺なんかもう死んでるよ」
「こたろーは逃げればいいんだよ」
「そういうわけにはいかないだろう」

ケンカがすでに習慣化してしまった自分は千加から見たらおかしいのだろうけど、無理やり引きずっていかれるような醜態もさらしたくないので、なるべく早く帰ると言って部屋を出た。






時刻は午後8時半。

寮の門限は9時だが、11時の就寝までに帰れば注意を受けることは無い。これぞ蒼谷の自由な、というかいい加減な校風のひとつだ。問題児やお坊ちゃまが蒼谷を選ぶ理由のひとつにもなっている。しかも紫風寮に至っては深夜帰りでも朝帰りでも目をつぶってもらえる。高い金を払って自由を買い取ったようなものだ。

40分ほどブラブラ歩き着いた場所はどこぞの廃工場。街灯も少なくうっすらとした明かりの中、目の前にはゴロツキが凶悪な形相で俺達を待ち構えていた。


「逃げずによく・・・」


だいたいこの言葉をこいつらは言う。お決まりの脅し文句にも慣れてきて、次に出る言葉の予想までしてしまうあたり、俺も少しはチキン症候群を脱したのかもしれない。



龍成たちは高校に入ってから今まで以上にケンカに明け暮れるようになった。
原因は分からないけど。そしてあちらこちらのグループをつぶしまくって、いつの間にか蒼谷を中心としてひとつの一大チームが出来つつある。かといって龍成がボスを名乗ることは無く、負けた奴らがその強さに魅了されて勝手にチームを作っているだけだ。「蒼谷」の名前を出せば、龍成の仲間として威をかることができる。そんなことに利用されるのは不本意だけど、それについて龍成は特に何も言わない。
道を歩けば不良やゴロツキが頭を下げ道を開ける。まるっきりヤクザだ。



「極悪龍虎に死神・・・・蒼谷の三悪。お前らがのさばるのも今日で最後だ」

げ、極悪龍虎って、何で俺まで混じってんの!
俺はあんまし関係ないです。おまけだし。しかも極悪って何?俺「悪」じゃないし。

龍成が一歩踏み出すと、相手もそれに触発されてわれ先にと殴りかかってきた。椎神は羽織っていたジャケットを優雅に脱ぎ、ブロックの上に掛けると落ち着いた歩みでその乱闘の中に入っていく。





2人の戦う姿は・・・とても対照的だ。
最近この2人のケンカする様子をジッと眺めるのが癖になっている。



力でねじ伏せる龍成はとてつもなく強い。他に言葉が出てこない。パンチや蹴りがヒットすればたいていの奴は一撃でダウンする。俺も何度も殴られてきたけど、やっぱ手加減してたんだなと改めて思うよ。そして何と言ってもあの目。獲物を狩るような獰猛な目で、チンピラ達に血反吐を吐かせる姿は実に楽しそうだ。見ているこっちが気分が悪くなる。

軽く舞うように身を翻す椎神の動きは無駄が無い。たいして動いてないように見えるのに襲い来る相手を軽々と地面に叩きつける。そして急所を知り尽くしているから攻撃ポイントがえげつない。目だの首だの金的だの、その優雅な見た目からは想像もつかない残酷な攻撃をする。倒した相手が少しでも動こうものなら、顔面を踏みつけるくらい徹底して容赦が無い。それを表情も変えずやってのける。

だから極悪。
あいつらのケンカは怖くて痛すぎる・・・やられた相手は地獄の恐怖と痛みに顔を引きつらせている。見ている俺も似たようなものだけど。

こんなふうに、あいつらと俺のケンカは質が違うと分かっていた。



ボーっと2人の姿に目を奪われていた。
2人があまりにも圧倒的な強さで、だからだろうか周りの動きが遅く感じる。相手が次にどんな動きでこぶしを繰り出してくるのかなんとなく分かる。

(次、蹴るかな・・・やっぱり。でもそれじゃ龍成には届かない・・・ほらね)

おかしなものだ。予想がほとんど外れない。

(あーあ、あれじゃ腹に・・・ほらやられた。今のはかなり痛いよ。そっか、かわすだけじゃなくってあのタイミングで懐に入っちゃうのか。でもそれって勇気いるよな)

「強いよな・・・とんでもなく強い」

ケンカの訓練を積んだくらいだ。普通の人間が束になってかかっても負けるはずなど無い。龍成に至ってはよけるのが面倒だとかいってわざとパンチを受けるときがある。だから殴られても平然として立つ龍成を見て、よけいに相手が恐怖で縮み上がる。もしかして痛覚が無いのかもしれないとか思う。




(・・・あいつはなんで手を振っているんだ?)




ボケっと見入っていた俺の視界に、こちらを向いて手を振る椎神が映る。楽しそうにボコっている様子は俺から見ればケンカというよりちょっとした虐待だ。

(目玉なぐるかよ、おい・・・口の中にかかとをめり込ませるなって・・・うわ、人を盾にするか、しかも盾に使った相手ごと蹴りとばすし・・・)

一連の痛い行為の後、椎神は今度は俺に向かって投げキッスを寄越す。


(集中しろよ!いつもいつもふざけてばっかで)


頭にきたので口から舌を出してあかんベーと、仕返してやった。


「タロ!」


遠くから聞こえる龍成の声にはっとして我に返ると、眼前に拳がうなりを上げて襲い掛かってきた。



一番集中していなかったのは、どうやら俺自身だったらしい。

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あきゅろす。
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