餌付け
うちには寮が3つある。
俺は緑林寮。4階建ての2人部屋。青雲寮も同じく2人部屋。こちらはもう少し広い。ちょっとレベルが上ってことだ。
そしてもうひとつが我が学園の売りでもある紫風寮。5階建てエレベーターつきの贅沢な一人部屋だ。ひとつの階に6部屋しかない広々とした豪華な寮で龍成と椎神はそこに住んでいる。ここに住んでいる約30人は噂にこと欠かないような連中ばかりだ。基本生活レベルが違う。世の中の貧富の差を間近で見ることができるよな。



緑林寮から走って1分ちょい。エレベーターを待つより2階だから階段のほうが早い。階段を上って左側にある向かい合う二つの部屋。寮の部屋までお向かいなんだな。201が龍成で206が椎神。階段の反対側に残りの4部屋がある。この2部屋だけ離れているのも選んだ理由のひとつだろうか。

ノックをして返事は待たずに中に入る。
初めてこの部屋を訪れたとき防音だと知らずにノックして返事を待っていたら「どこにいやがる早く来い」と電話で怒鳴られた。ドアの前にずっといたと話すと「防音だから中からの返事は外には聞こえない。ノックだけでいい」と言われたんだ。
部屋に入ると鼻をくすぐるいいにおいが漂っている。これは・・・煮魚かな?

「遅え」
「これでも走ってきたんだからな」

俺の部屋の2倍はある広い洗面所でうがいと手洗いをして、これまた広いリビングに座ると、湯気のたったおいしいご飯が並べられていた。



龍成にこんな特技があったなんて。
そういえば夏休みに何回か一緒に夕ご飯作ったことあるけど、カレーとか焼きめしとかうどんとかそんな簡単なたぐいの物だったような。しかしそれをてきぱきと作っていたような。そのとき俺は鍋をかき混ぜるくらいは・・・したよな。椎神に関しては味見しかしなかったぞ。

ご飯にお味噌汁に、煮魚と野菜の煮付け。これでエプロンをしていれば立派な主婦だよ。エプロンは付けないのか?と聞いたらギロリと睨まれ一蹴された。なんならプレゼントしてやろうかと思ったのに。
人間何か一つくらい特技とかいいところとかあるんだよな。龍成は驚くことに料理だろ、椎神は、うーん・・・頭いいな、顔も。でもこの二人はケンカも強いし家も裕福だよな。チッ、二物も三物も持ってやがる。
じゃ、俺は?俺の特技は・・・・・・・・・・・・・・我慢強い・・・・・かな。あと思いつかない・・・特技というよりかはそれは「いいところ」なのかな。あ!あるある俺のいいところ、まだある。
あきらめが早い!



「なにボーッとしてやがる。冷めるぞ。食え」

「あ、うん。いただきます」

こうやって土日の朝は龍成の作るご飯を食べるのが習慣になった。俺だったら朝からカップめんかもしれない。
学食に行くのも金がかかってもったいないだろうと、どうやら気を使ってくれているようだ。まあ、蒼谷に来る原因を作ったのも龍成だしな。これくらいの役得があってもいいかもしれない。

「おまえ、本当に嫌いなもんねえのか」
「ないよ。小さいときはあったけど、うち厳しかったから克服させられた」
「克服?何が嫌いだったんだ」
「野菜全般、肉、魚」
「何が食えたんだ」
「ウインナー」
「そりゃあ、おふくろさんも苦労したわな」





こいつの特技にも驚いたが、高校に入って驚いたことは他にもある。



それは、噛まなくなったことだ。



あれだけ毎日噛み付かれていたのに、高校に入ってまだ一度も噛まれていない。
それはとても嬉しいことだけど、理由も何も言わないのが非常に不気味だ。あえて聞きもしないけどまた以前みたいに「まとめて噛ませろ」とか言われたらどうしようかと心中穏やかではない。
他にも自分の時間が持てるようになったことも大きな変化だ。中学まではそりゃあもう一日中何をするにも一緒だったけど、今はクラスも違うし休み時間に誘われることもほとんど無い。俺はクラスの友達と一緒に過ごすし、龍成と椎神はくっついているけど俺を呼びに来ることはたまにしかない。




噛まない、ケンカ以外はつるまない。ご飯を食べさせてくれる。この3つが高校生になって大きく変わったことだった。



「湯飲みよこせ」
「あ、うん」

お茶が無くなったら継ぎ足してくれる。なんでもしてくれる家政婦さんみたいだ。婦じゃなくて夫か?

「今日の夜は何が食いたい」
「夕飯?何でもいい」

リクエストとかも聞いてくれる。

「肉でもいいか」
「できれば魚がいいかな」
「お前もうちょっと肉食え。少し太れ」

目の前の肉食獣は自分が肉を食いたいからと言って、メニューの9割は肉を出す。それに不満を言うと俺には魚、自分は肉と、手間を取るだろうにおかずを別に作ってくれるようになった。性格に似合わずそういうところは結構こだわるんだ。

「肉ばっか食べたらおデブになるし、健康に悪いんだぞ」
「バカ言え、肉食わねえで他に何食うんだよ。てめえはジジイか」

朝っぱらから肉にかぶりつく龍成を見ているだけで胸焼けがしそうになる。確か小学生の頃、家に遊びに来たときも朝からガツガツ飯食ってたもんな。お母さんがその食いっぷりに感激して、腕をふるってご馳走していたことを思い出す。
朝起きると家の台所で友達が、家族のように居座って普通にご飯を食べていたあの風景。今はその逆で、俺が龍成の部屋でこうやってご馳走になっている。人の縁って不思議なものだ。

「もう一杯食うか」
「もういい。おなかいっぱい。ご馳走様」

ご飯のときはものすごく面倒見がいい。残しても怒らないし、俺が好きなものは覚えていてまた作ってくれるし。他はあんまり変わらないけど。未だに犬とかたまに言われるし。これでケンカしなければ万々歳なんだけどな。





コンコン。


ノックの後に椎神が部屋に入ってきた。

「おはようコータ。ご飯おいしかった?」
「あ、おは。椎神は食ったのか?」
「私はとっくに済ませましたよ。今日はこの後出かけますから」
「あ、そう?いってらっしゃい」
「コータも一緒ですよ。だってコータ、どうせ用事ないでしょう」

無いといえば無いけど。勝手に予定を入れられるのも嫌な感じだ。一応何をしに行くのか聞いてみると、映画を見て、昼食、ショッピングしてブラブラ。ってことはメインは映画か。

「コータが見たいって言ってた映画。チケットが手に入ったからね。ただで見れるよ」
「本当に!!じゃ行く、俺も一緒に行く」
「じゃ、決まりだね。10時に迎えに行くから準備しておいてね」
「うん、あ、片付け手伝うよ」
「必要ねえ」
「でも」
「お前が手を出すと皿が割れる」
「・・・・そうでした」

もう何枚皿を割ったことか。家で手伝いなんかやったことないし俺って結構不器用。結局何もかも龍成に任せて部屋を出て自分の寮に帰還した。




「コータ嬉しそうでしたね」

「そうだな」

かいがいしく世話を焼く龍成を見るのも面白い。こんな龍成はコータの前でしか見ることが出来ない。



「いつまでそこにいる」



自分に似合わないことをしている自覚があるだけに、椎神の無遠慮な視線が滑稽な自分の姿に注がれているのが気に入らないようだ。例えそれが共犯者であっても何もかもを晒す気はないと、放った険しい一言がそれを語っている。

「ふふ・・・じゃ、またあとで」

そして椎神は機嫌を損ねる前に、向かいにある自分の部屋へと戻った。




部屋の窓から下を見ると、来るときとは逆にのんびりと歩いて帰る虎太郎の姿が見える。ご飯をおなかいっぱい食べて好きな映画も見れるからか、ここから眺める虎太郎の様子は上機嫌に見えた。


「無邪気に笑って・・・」


椎神は遠くに消える虎太郎に向かってポツリと言葉を落とした。



もう、龍成が毎日コータの存在を噛むことで確かめる必要は無い。
コータが必要だと自覚した今は、ああやって大事に懐で甘やかしておけばいい。
だってすでに彼は手の内にあるのだから、好きなように徐々に飼い慣らせばいい。

「いつまでそうやって、楽しそうに笑っていられるのかな・・・」

友達だと思っている者から裏切られたとき、コータはどんな顔をするだろう。きっと泣くのだろうね。



かわいいコータ。でもかわいそうなコータ。



君が龍成の手に堕ちるのを、どんなに私が待ち望んでいるか君は知らないだろう。早くその日が訪れればいいのに・・・思っていたより時間をかけようとする龍成が焦れったい。

急ぐ必要は無いのは分かっているけど、どうせ犯るなら早く犯って自分のものにしてしまえばいいのにと、短慮な考えが事あるごとにチラつく。自分は結構気が長いほうだと思っていた椎神だが、龍成の事に関しては自分も性急であり際限なく強欲になれるものだと、改めて実感する。
この甘ったるい状況を龍成は楽しんでいるように見えるし、自分も虎太郎を甘やかすのは好きだからしばらくはこのままでいいのだろう。


コータは価値ある人間だから大事にしてあげるよ。

龍成がそばに置く限りね。



獣が牙を隠している間は、友達ごっこをしよう・・・ねえ、コータ。

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あきゅろす。
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