どこでも犬
入学して1ヶ月。
いったいどれだけケンカしたことだろう。



校内ですでに龍成にケンカを売る者はいなくなったし、龍成と椎神はただでさえ見た目が目立つのにケンカも強いとなると自然と注目を集めるようになっていた。ヤクザだ・・・と噂が流れるのも早かったが、ここは蒼谷。親が人には言えないような仕事で財を成している者も少なくないので中学のときみたいにはじくようなことを面と向かって言う奴もいない。影ではいろいろ勝手な噂が立っているようだけど本人達は当然のごとく全く気にしていなかった。



ピピピピ・・・

携帯を見ると龍成からメールが入っている。
高校生になって龍成からメールをもらうようになった。文字を打つのも面倒な奴が、どう考えが変わったのか連絡をくれる。といっても短文だけど。

『めしだ』

以上。ひらがな3文字・・・

「千加、俺ちょっと行ってくるわ」
「また京極のところに行くの。ほんと仲いいよな」
「・・・・・・まぁ・・・・な」
「どうしてこたろーがあんな極悪な奴らと普通に付き合っていられるのか、それが僕には不思議だよ」
「・・・腐れ縁かな」

千加は極悪ツインズのことが今でも嫌いだ。
あいつらのことを知り、少しはビビって大人しくなるかなと思ったけど、千加の態度は変わらなかった。一応恐怖感はあるようだけど、売られたケンカは買うとか言って、会うたびに小競り合いを起こす。龍成は千加がギャーギャー吠えても「サル」の一言で撃退してしまう。だからもっぱら千加の無駄吠えに適当に付き合っているのは椎神だった。

ただ以前よりも多少怒りが治まったのは、俺があいつらと6年間親しく付き合っていることを知ったからだ。親しいという言葉は少し語弊があるが、いろいろあってあいつらは親友と呼べる友達であること、むちゃくちゃな奴らだけどあいつらのおかげで今の自分があることなど、嫌だった事もよかったことも話せることは話して聞かせた。いつまでもケンカされても困るし、椎神や龍成にもいいところがあることを千加には知っておいて欲しかったから。



「そっか・・・こたろーにとってはあんな奴らでも必要なんだな。ったく、仕方ないなぁ」

そう言って、しぶしぶ2人が部屋に来ることは許してもらえるようになっけど、未だに椎神とはかなり険悪だ。どうもあの2人は波長が合わない。






そして、ちょっとした変化が俺にも訪れた。
このひと月で、京極・椎神・綾瀬はケンカ組みセットとして学園中の人間に認知されたことだ。中学の時と同様これは非常に不本意だけど、今までもそうだったと考えるとこれも自然の成り行きかと受け入れてしまう。

いろんな意味で有名になったあいつらと外で一緒にケンカをしている俺は、そのせいでクラスメイトに遠巻きに見られるようになってしまい、一時期ちょっとへこんでいた。
今まで普通に話していた奴からも「綾瀬の家もヤクザなのか」とか、「中学のときもすごかったんだろ」とか言われたし、全然知らない人とちょっと肩がぶつかっただけで「すいません、許してください」とか怯えられてこっちの方が驚いたし、そんな目で見られていることがショックでもあった。

俺は昔から人の目がかなり気になる。それで不登校になった経験もあったし、高校では人生経験が豊富な分いじめとかもエスカレートするんじゃないかなと思うと、胃が痛くなってきた。困った、どうしよう・・・

しかしその針のむしろのような状況も、意外と脱するのは早かった。

ケンカはむこうが勝手に売ってくる訳で俺達からは手を出さない。ここでまず俺はそう危険な人間じゃないと認識された。
そして普段の俺は温厚そのもの。日向でうとうと居眠りをしながら口からよだれをたらすというマヌケぶり。勉強は真面目にこなすし、目立たず存在感もあまり感じないくらいおとなしい。言われたことは「うん」とか「いいよ」とか受け答えも穏やかで、嫌なことでも引き受けてくれる都合のいい人間だ。ケンカという事実が無ければ、ていよくパシリに使われていたかもしれない。

ぽやっとした温厚な人。綾瀬虎太郎。それが俺。




「綾瀬ってさ、日向ぼっこしてる柴犬みたいだよな」
「しば犬?」

千加以外にも結構話す友人が俺にはちゃんといる。そいつが椅子をゆらゆら揺らしながら俺の机に寄りかかり、何気に発した一言が周りに飛び火する。

「そうか?俺は目が垂れてるあたりがゴールデンっぽいと思うけどな」
「え?あんなにデカくないだろ。俺も綾瀬は柴犬だと思うぜ」
「でも芝犬って結構気が荒いんだ。俺、小さい頃咬まれたし」
「じゃあ温和な柴犬ってことで」
「豆芝のほうがピンとくるけどな?」
「それ、ドンピシャだわ」
「じゃ、大人しい豆芝ってことで、芝ちゃんとか良くねえ?」

それぞれが俺の意思を無視して、その日から仲の良い連中が俺のことを「芝ちゃん」と呼び始めた。

「よかったね・・・こたろー。豆芝だって」
「綾瀬って呼んで・・・」
「いいじゃん、かわいくて。僕なんてネズミとサルだよ」
「それは・・・ほんとに・・・ごめん」


未だに根に持ってるんだな・・・


みんなに受け入れられたことは嬉しいけど普通に呼んでほしかった。
クラスの奴の俺のイメージは“大人しい豆芝”となったが、なんでクラスでも犬なんだろう・・・・・
俺は千加を見たときチワワだと思った。椎神はハムスターだと言った。そして龍成に至ってはリスザルだと言い切った。同じ人物を評するのにそれぞれ種類が違ったよな。なのになぜ俺はいつも犬限定なんだろうか。名前に「虎」の字が入っているんだから誰か一人くらい「虎」ってイメージしてくれてもいいのに。そりゃあ、そんな強い動物のイメージなんて俺からは出ないんだろうけどさ。せいぜい虎ネコだろうか?

「なあなあ、芝ちゃん」
「俺は綾瀬、綾瀬だからな・・・それ以外で呼ぶな」
「うん、でも芝ちゃんのほうがかわいいよ。なあ、みんな」
「賛成〜」
「親しみをこめて賛成」
「嫌なら・・・豆ちゃんにするか?豆ピーでもいいぞ」
「あ、それかわいい。豆ピーと芝ピーどっちがいいと思う?」

その場で多数決が始まった。

「あきらめなよこたろー。みんなの愛だから、受け取りな」
「・・・そんな愛・・・いらねぇ・・・」

無理矢理“愛”を押し付けられたが、そんなクラスメイトから最近では京極とつるんでいるほうが不思議だと言われだし、そのうち勝手な想像や誤解も解け結構平穏に生活することができている。
みんな根は言い奴らなんだけど、人ごとだと思って変なあだ名付けやがって。多数決で決まった「芝ピー」は呼ばれても無視しよう。




渦中の人、龍成は相変わらず誰ともつるまず我が道を進んでいる。一匹狼で無敵の強さを誇る龍成に心酔して、それにくっついて回ろうとする輩が高校でも現れたが、中学のときと同じようにそれを無視している。無口で無骨、ケンカに関しては極悪非道な龍成は1年にしてすでに一目置かれる存在となっていた。

椎神は恐れられながらもやっぱり王子様だった。男子校なので女子の黄色い声が聞こえないだけ静かになってせいせいすると本人は言っていたが、男にモテてていることを知ると「私の美貌は万人に浸透する」と誇らしげに言いやがった。あいつは節操が無い。

赤と金だった髪も、入学と同時に黒に戻した2人だが、3年間赤と金だったから未だに黒髪が見慣れない。黒くしたからちょっと大人びて見えるのもなんだか悔しかった。高校生になっていきなり大人びた2人になんだか置いていかれたような気分にもなった。
人は急には成長しない。なのにあいつらときたらただ髪を黒くしただけでものすごく落ち着いた感じがするんだ。するい、するいぞ。同い年なのにこの差は何だ。



あいつらの変わりように正直俺は戸惑っている。
髪を変えて大人びて、見た目だけじゃない。他にもあいつらはなんか、言葉ではうまく言えないんだけど、今までとちょっと違う。



そう、何かが違う。



それが何か分からなくて、今考えているところなんだけど・・・考えても分からないから困るんだよな。




――――― めしだ


メールを閉じて、携帯をポケットに入れる。

「じゃ、行って来る」
「今日のメニューなんだろうね」
「うーん・・・わからん・・・」
「帰ってから教えてな。ほら、早く行かないとまた文句言われるよ」

そうだった・・・。

バタバタと靴を履き走って部屋を出る。

階段を駆け下りめざすは龍成達が住む紫風寮だ。

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あきゅろす。
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