変化しそうでしない日々(1)
実家から蒼谷学園までは電車で3時間弱、そんなに遠くはないと思っていたけど乗り換えに時間がかかる場所だった。通うか寮に住むか迷ったけど、3年間通うのは大変だと姉達が言うので、入寮することになったのだ。



蒼谷に旅立つ日の朝。


「風邪とかひかないようにね。ケンカもいいけど、勉強もちゃんとね。何か困ったことがあたら先生や友達に相談するのよ。ああ・・・やっぱり心配、こた人見知りだからまた不登校とかになったら・・・」

出掛けになるとお母さんはそわそわして息子の顔を心配そうに見つめた。蝶子姉が留学するときは笑って盛大に送り出したくせに、やはり育てるのに手をとった末子の門出は心配だらけのようだった。まぁ、高校受験に失敗するような息子じゃ確かに心配になるな。

「そんな顔すんなってば。外国に行くんじゃないんだからさ、蒼谷なんて電車で3時間だよ」
「そりゃそうだけど、何だかいざ旅立つとなると寂しく感じるものね」
「蝶子姉ちゃんのときは笑ってたじゃんか」
「あの子は一人でも大丈夫だからよ。どこでも生きていけるわ。でもこたはひ弱だから」

「俺・・・けっこう・・・これでも強いんだけど」

ケンカが強いとか、あまり威張れることじゃないけどね。

「ケンカは強くても、気が弱いのは変わらないでしょうが。もう、誰に似たんだか」

痛いとこ突くね、お母さん・・・その通りですよ。どうせ綾瀬家の中でチキンなのは俺だけです。



「忘れ物無い」と聞かれ、「もう10回以上その言葉聞いたから耳にタコさんだよ」と、心配し過ぎな母親に呆れるけれど母親の心配も俺にはよく分かる。幼小中と、俺が進学するたびにお母さんは、学校でうまくやっていけるのか、誰かにいじめられないか、ちゃんと友達が出来るかと気をもんでいるんだ。
いつもは厳しくてドケチで嫌になることもあるけど、こんなにおろおろするお母さんが、目の錯覚だろうか・・・・ちょっとだけかわいく見えたりしたから、これから1人で旅立つ俺もそれなりに動揺していたのかも知れない。これが他の兄姉だったらお母さんはこんな態度は取らなかったと思う。小さい子供みたいに小言を言われるのは不満だけど、俺は家族から甘やかされている自覚があるから心配してくれるのはちょっと嬉しくも感じた。






こんな感じでバタバタと蒼谷にやって来た俺。


遠野には簡単に話をかいつまんで、“かぜで受験に失敗した”・・・と蒼谷に来た理由を話した。受験の時期に風邪を引くなんて、同級生からは運が悪すぎると笑いとばされたが、2度目のインフルのときはさすがに誰も俺を笑わなかった。笑えないよな、中学浪人かもとうちひしがれる友人を前に・・・・・・
それを話すと遠野は、

「大変やったな。でもこれからきっといいことがあるから、一緒にここで頑張ろうな」

と言ってくれたんだ。心からの励まし。こういうのを友達って言うんじゃないだろうか。

「ありがと・・・遠野」
「だからさあ“ちか”だってば。こたろー」
「うん、ち・・か・・」
「よし。合格!」

望んで来たわけではないけれど、同室が千加でよかったと思った。





部屋はドアを開けると右に風呂とトイレがあり、反対側が洗面所と洗濯機が備え付けてある。水場が共同じゃないのが気に入っている。4.5畳の狭いリビングがあり、テレビとテーブルが設置され、簡易式のオール電化のキッチンもあり簡単な料理くらいは作れそうだ。学食に間に合わなかったときは、自分達で作れということらしい。リビングの両側には向かい合ってドアがあり、それぞれの個室になっている。個室と言ってもベッドと机と棚だけでもういっぱいいっぱい。余分なスペースは無し。でもこれで十分だ。

そして入学式も滞りなく終わり、極悪ツインズとは別々のクラスになったけど、千加と同じクラスなのが嬉しかった。人に溶け込むのが上手い千加のおかげで、一緒にいる俺もクラスにすぐに打ち解け、高校生活も好スタートかと思われた。・・・が、




「コータ帰るよ」

HLが終わり帰ろうとすると、椎神が廊下で待っていた。普通に立っているだけなのに長身ですらりと伸びた手足に整った美しい顔ときたら男でも色めき立つらしく、教室がざわめきクラスメイトの視線は突如現れた綺麗な男に釘づけになった。

「うわ、すんごい美形。こたろー指名されたよ、まさか彼氏か!!」
「千加・・・・お前なぁ・・・・」

いくら男子校で、そう言う輩がいると言っても、最後の言葉は訂正しろよおい!
千加は椎神をジロジロ見て、美人やなーとかどこで知り合ったんとか質問してくるが、それに答える前に椎神が俺の手をとった。

「急いでコータ」
「何だよ・・・」

俺の都合など無視して連れて行こうとするが、そんなことは今までと特に変わらない。




「ちょっと、待った。あんた誰?こたろーは僕と帰るんだけど」



急に現れた椎神に千加は不満げな視線を送り、目の前の美男子に気後れせずに言い放った。そして驚いたことに俺と椎神の間に入り込み、椎神の手を俺から引き離すとその行為にクラスがざわついた。
きれいどころがにらみ合うと結構壮絶なんだな。
千加は腕を組んでプンプン怒って相手を見上げている。対する椎神はなんだかとっても冷めた目で千加を見下している。

「悪いけど、僕が先約なんだよね。それにこたろーもあんたに付いて行きたくないような顔してるけど。そうだよね、こたろー」
「え!お、俺?」

俺に振るな。行きたくないのは確かにそうだけど・・・焦ってチラリと椎神を見ると、



(げ・・・・)

俺を見て・・・・笑った。
(でも目が笑ってないーーーー!お、俺なんか悪いこと言ったか?したか?いや、まだ何も言ってないししてないはず。)

きっと、自分の意に従わないのが不満なんだろう。そういう奴だ。俺がなんでも言うことを聞くと思っている。逆らえない俺も俺だけど。
目線を俺に合わせたまま、口を開いた椎神は一波乱起きそうな台詞を感情のこもらない声で発した。


「何、この・・・・・・・・・・・・ハムスター」

「「ハムスター??」」

はもった俺と千加はお互いの顔を見合った。そして千加の肩が怒りでプルプル震えだし椎神に食ってかかった。

「ちょっと!あんたさ、それって僕のこと?!」
「それが気に入らないなら、ジャンガリアンとでも呼びましょうか」
「どっちにしろハムスターじゃん。あんた僕をバカにしてんの」
「でも、そっくりですよ。見た目も、ガサツな所も。ねえコータ」

椎神も俺に振るなよ。俺はどちらかと言うとチワワに見えるんだけど・・・いやいや、そうじゃなくて・・・

「千加に失礼だぞ、椎神」
「そうですか?あんた呼ばわりする方が失礼だと思いますけど・・・これはコータの知り合いですか?」
「友達だよ」

その言葉に椎神の眉がピクと動いた。口の端を少し上げて「そう」と言って千加に向き直る。

「ずいぶんと、かわいい友達ですね」
「何だよそれ、あんたみたいな顔の奴に言われても嫌味にしか聞こえないんだけど」

千加と椎神の視線の真ん中で、バチバチと火花が散っているように見える。俺はかつて椎神に面と向かって文句を言った奴を見たことが無い。よってこんな場面は初めてでどうしていいか分からず2人の間でただおろおろする。

「君もかわいいですけど、でも私はコータの方が好みですね。私はネズミよりも犬が好きですから」
「だからさ、椎神。そういう誤解を招くようなことは言うなって・・・」
「誰がネズミだよ!!ああもう、あんた最高にムカつく!こたろー帰ろう!」

顔を真っ赤にして怒る千加の横をすり抜けて、椎神が再び俺の手をとった。

「帰るならお一人でどうぞ。コータは用事がありますから。もらっていきますよ」
「え、あ・・・こら、放せって」
「ちょっと!こたろーを勝手に連れて行くなってば。嫌がってるじゃんか!!」

2人に腕を取られて左右から引っ張られる。椎神は片手で、千加は両手で俺の肘あたりを取られまいと必死に掴む。互いに譲らない2人、それを好奇の目で見るクラスメイト。そして痛いのは俺。なんなんだこの茶番劇は!


「い・・痛いってば・・・あいたたたぁ!」


強く引っ張られてあまりの痛みに声を上げると、二人の手が同時にパッと離れた。

「ごめんコータ。痛かったね」
「ごめんよ、こたろー。腕、大丈夫か!」
「・・・だ、大丈夫だからさ・・・も、ケンカすんなって」

本心はケンカするならご自由にどうぞなんだけど、できれば俺のいないところでやってほしかった。あー・・・でも、椎神相手だったら、いくら千加でも口では勝てないよな。千加は椎神という人間を知らないからこんな態度がとれるんだろうし、1対1じゃやっぱりかわいそうだ。こてんぱにやられるに決まってる。
俺には心配そうな視線をくれるけど、千加の目には怒りの炎が燃え上がり、椎神の目は凍てついている。この2人を見ていると蛇とマングースの図が自然と浮かび上がるのは何故だろう。いや、蛇とネズミくらいの力の差があるかも。一撃で食われちゃうよ・・・椎神えげつないし。

「俺、行くからさ。ごめん千加。また後でな」
「え!そんな、こたろーどこ行くのさ」

千加の問いに答えるまもなく、また椎神に手を引かれ教室を後にした。
信じられない・・・と、その場に取り残された千加は椎神について行く俺を驚いた顔で見ている。そして周りの人間は有無を言わさず俺を連れて行く美形と、それに抵抗もせず連れて行かれる俺を見比べながら、痴話げんか?の果てに消えて行った2人を不思議そうな顔で見送った。




そして校舎の外に連れ出されると、そこにはやっぱり龍成が待っていた。

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あきゅろす。
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