蒼谷学園
蒼谷学園の歴史は古く、昭和初期開校で60年の歴史を誇る。
昔は良家の子息が通う堅苦しい学校だったらしいが今は違う。俺達一般人も普通に入学可能だ。生徒の半分はかなり裕福な家庭で、うちのような中流家庭は40%くらいかな。残りの10%はそれはもう金持ちや成金さんで、家業に問題がありそうな奴らがひしめいていた。



そんな学校になんで入学したかって?

人生に挫折は付き物だけど、今回の挫折は俺にとっては少し早すぎたと思う。あと3年後なら多くの人が経験するのだろうけど。中学3年の俺にはちょっとしたショックだった。思い出すのも嫌だから、こういうメンタルなことは心の奥底に閉まっておこう。






そして今日は入寮日。
新しい生活が始まる。心機一転気持ちも新たに高校生活をスタート!と・・・いきたい所だけど、いろいろな理由から俺の心境は周りの奴らとは違ってそこまで明るくはなれなかった。
人の出入りが激しい目の前に立つ建物は一般生徒が入る緑林寮。コンクリートの古い建物だが、親元から離れて自由を手に入れた学生にとってはこれでも嬉しいらしく、周りは生き生きと入寮準備をしている。送られてきた荷物をせわしなく運んだり、自己紹介をし合ったりとそれぞれ皆忙しく動き回っている。そんな中取り残されたようにポツンと立ちつくす俺は引っ越しの邪魔にしかならない存在で、目的地にたどり着くまで数人の人にぶつかり「あ、悪い」と謝る人に対し、「あ・・・」とか「え・・・」とかしか言えない人見知りっぷりをいかんなく発揮していた。

4階建ての2階の204号室が俺の部屋になる。入口のネームプレートを見ると、「遠野千加」と書かれたネームが入っている。どうやらルームメイトはすでに部屋に入っているようだ。

(・・・・嫌な奴だったらどうしよう。)

まずはこれが最初で最大の難関。しょっぱなから突きつけられた友達作りという大きな課題。
虎太郎は入口の前で足を止め、204号のドアをジッと見つめて固唾を呑んだ。
自分はあまり人付き合いがうまい方ではない。実際小中学校と、友達も少なかった。それはいつも同じ連中とつるんでいて他に友人の作りようがなかったからでもあるが、理由はそれだけではない。もともと友達作りは下手だったし、友達になりたくても自分から声を掛けることができない引っ込み思案で意気地が無いところがあり、小さい頃はよくそれで泣いたし、いじめられて不登校になったこともある。

(たくさんはいらないけど、2,3人くらいは友達ができたらいいな・・・)

周りは知らない人だらけ。だからこそまずは同室者と上手くやっていける関係を築きたい。でも、どうやって?まずは挨拶か。初めが肝心って言うもんな。お母さんは笑顔で挨拶しろって言ったけど、初対面の人に笑顔って難しくないか?・・・・・・まあ、最悪友達になれなかったとしてもせめて嫌われないようにしたい。同じ部屋で過ごすのに、無視されたり意地悪をされたりするのは耐え難いから。

(嫌な奴じゃありませんように・・・)
重い気持ちでドアをゆっくりノックした。






コンコン

「はーい。どうぞ、鍵開いてるから」

想像していたものとは違った高いトーンの声。自分の名前が書かれたネームプレートをその横に刺しドアを開けると、これから3年間同居するルームメイトがバタバタと足音を立てながら元気よく駆け寄ってきた。

・・・女の子?なわけないよな。笑った顔は一瞬かわいい女の子に見えたけど、姿格好は男物だし、近くで見ると体の線で男だって分かる。のど仏もあるしな。


「僕、遠野千加(とうのちか)だよ。よろしくね」


(名前も女ぽい)


「えっとね〜趣味は買い食いとゲーム。彼女は常時募集中だけど蒼谷に居る間は彼氏でも気が合えばOKだよ。あとマッサージが得意。あ、マッサージは料金制ね。20分500円だからいつでも声かけて。僕の手にかかったらどんな凝りでも一撃で治るから。君には同室のよしみで安くしとくよ」

「あ・・・・・・・・・」



早口で喋り捲る遠野という人物は男にしてはかわいい。いや、男にかわいいとかいう形容詞はおかしいのだが。
目がぱっちりしていてふわふわの茶髪。動物にたとえるとチワワ系か?そして動きもチョロチョロと素早くなんだか落ち着きがない感じだ。俺はそんな小動物を前に、入口で固まったまま動けなくなった。しかも途中に引っかかる言葉が出てきたぞ・・・彼氏でもOKってなんだ?
もともと人見知りが激しかった虎太郎は、最近は慣れて来たとはいえ同室の人間のあまりの勢いに既に尻尾巻いた犬状態だ。挨拶しようにも顔が引きつって笑顔どころか妙な顔つきで相手を見返していることだろう。
こんな小型犬と同室・・・・・・



「どしたの君?なになに、もしかして内向的後ろ向きなネガティブ君?僕そういうのだめなんだよね〜もっと明るく人生を楽しもうよ」

まだ一言もしゃべっていない会ったばかりの俺に「ネガティブ君」と言う評価を下したポジティブそうな彼は、いきなり手をさしのべてきた。そして無理やりブンブンと激しく上下する握手をさせられ名前を聞かれた。

「そんなに警戒しなくっても噛み付いたりしないよ〜ねえ、君名前は?」

“噛む”と言う言葉に一瞬嫌なことを思い出す。
そういえばあいつには初対面のときいきなり噛みつかれたよな。でも普通の人間はそんなことはしないはず。16年間生きてきてあんなことをしたのはあいつだけだったし、この同室者も言葉のあやで言ったに過ぎないだろうし。



「あ・・・・・綾瀬、虎太郎・・・・です・・・・・・・よろしく」



「はあ?それだけ?趣味は、得意なことは、付き合ってる彼女とか居るの?僕達これから3年間同室なんだよ。もっとフレンドリーな関係を築こうよ。ね、こたろー。僕のことは“ちか”って呼んで」

いきなり呼び捨てか。しかも下の名前で。

「その・・・綾瀬って呼んでくれるかな」
「なんで?なんでそんな他人行儀なん」

他人だろう・・・
俺は友達から名前で呼ばれたことがほとんどない。みんな苗字で呼んでいたので急に名前で呼ばれてもしっくり来ないし何だか恥ずかしい。友達作りに慣れていない自分にとっては、急に距離が縮まったみたいで落ち着かないのだ。

「いいや、決めた。君はこたろー、僕はちか。それ以外は受け付けないよ。そうだ、この出会いを祝して乾杯をしよう!と言ってもジュースと僕のお菓子だけどね」

片付けもそっちのけで、鼻歌を歌いながら狭いリビングに散らばる荷物を壁際に寄せて、テーブルにジュースとお菓子を出し始めた小型犬。勢いにつられて唖然としたまま突っ立っていたら、「なにボーっとしてんのさ」と言ってリビングに引っ張り込まれ無理やりコップを握らされ乾杯。ガチンコ乾杯でジュースが少しこぼれると「ごめんごめん」と笑いながら段ボールから出したタオルでカップを掴んだ手ごとガシガシ拭かれた。

「ははは!じゃあもう一度ね〜僕達の出会いに乾杯――――!」



ガシャン!!
そしてまたジュースがこぼれた。

だめだ・・・・・・・・・・・テンションが違いすぎる。



そして始まった2人だけの座談会。
遠野はどのタイミングで呼吸をしているんだろうと思えるほどしゃべり出したら止まらない。他県から受験したことや学校の下見に来たとき先輩であろう野郎どもにナンパされたこと、すでに両隣の部屋の人と友達になったことなど次から次へと話題に事欠くことはなかった。始めはただ面食らって目をパチパチさせながら聞くだけだった俺も、延々と続くひとりおしゃべりを無理矢理話を聞かされるうちに、目の前に居るこの見た目かわいらしい同室者の人間性がなんとなくだが把握できてきた。

とにかくうるさくて一人なのに騒がしい・・・いや、それはちょっと言い過ぎた。言い方を変えよう・・・明るく無駄に元気。そして以外と騒々しいと思っていた話も進むにつれて面白い。一人突っ込みでボケをかます巧みな話術に引き込まれて、いつのまにか真剣に聞いている自分がいる。ぶしつけだと思っていたしゃべりもそれには悪意はなくて、ただ正直に自分が思ったことを口にしているだけなんだと分かる。それらは自分に無いもので、素直に自分をさらけ出し嫌みっぽさやひがみなんて全然無く、初対面の人間にも裏表無く接するこいつはとても自然体に見える。それがこいつの普通なんだろう。

さっきまで感じていた苦手意識が薄れていく。俺もつられて相槌を打ち、いつの間にか自分からも話してみたりして、なんだか楽しくなってきた。

「でな、うちは両親が海外に仕事で行っちゃってさ、仕方なくここに入ったわけだよ。こたろーは?」

「お、俺?」

困った。
なんと言えばいいだろう。正直に話してもいいんだけど、ここに入学した理由はできれば内緒にしておきたかった。

「話しにくい事情なん?」
「そう言う、わけでも・・・」
「じゃ、教えてー」
「それは、その・・・」



思い出したくもない、早すぎる人生の挫折。
悪夢の・・・・・・高校受験失敗。
あの時のことを思い出すと、今でも気持ちが滅入るよ。






2月下旬の私立入試。俺は龍成の“記憶にございません事件”のおかげでみごとに風邪を引き、3日高熱が下がらず受験できなかった。
しかも3月初旬の県立試験はインフルエンザにやられ以下同文。
このままでは中学浪人だ!!
慌てふためく家族と俺。私立の2次募集を探しまくったが県外しかなくてこれは一人暮らしになると頭を抱えていたときに、担任が連絡をくれたのがここ「蒼谷学園」だった。

まじめな生徒なのでぜひ2次募集を受けさせてほしいと、わざわざ足を運び学園事務局に直談判してくれたのだ。体調不良で受験できなかったことを担任のマッチョマンが懇願し、おかげで2次募集の要項をもらい出願期間は過ぎていたが温情で受けさせてもらえた。運よく定員が数名だけ割れて、補欠合格をもらい俺は中学浪人を避けることができた。もうマッチョマンには感謝感激、足を向けては寝られないね。
蒼谷は授業料が高いと思い込んでいた家族と俺だが、入学金以外は一般の私立とそう変わらず、寮費が少しかさむが浪人したり、県外に進学するよりはましだと言う親。だが一番安心した理由はそこに行くのが俺一人ではなく、あの極悪ツインズも入学することを知ったからだ。

「京極君と椎神君も一緒なの。本当に!ああ〜よかった。だってあんな敷居が高そうな学校で、こた一人でやっていけるわけ無いもの。地獄に仏ってこのことよね」

蒼谷が地獄だとは思わないけど、あの2人が仏とは全く思えない。お母さん、言葉の使い方間違ってるよ。
母親はホット胸をなで下ろし、入寮まで時間が無いから早く準備しなくちゃねと張り切っていた。俺の合格を聞いた華子姉は椎神にわざわざ連絡をした。「こたをよろしくね」と言いつつもすぐに話題を切り替え「最近何か面白いことあった〜」とか世間話をし始めた。要は優王子様と楽しくお話したいだけなんだ。結婚前だっていうのに年下相手によくやるよ。



だいたい俺が私立受験に行けなかったのは・・・
龍成にいたずらされて、薄い浴衣でガチガチ震えてそのせいでかぜをひいて・・・・・だから元をただせば俺の高校受験はあいつらのおかげで全滅したと言っても過言ではない。


[←][→]

2/72ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!