暗影 (完)
クソッ、ああ、むかつく。


嫌がらせされて、怒って、けんかして・・・でもまたいつもの鞘に収まるんだ。
結局どんな嫌なことも許してしまって、来週も学校で顔合わせて・・・

そんなことを考えながらドスドス廊下を歩き、後を追いかけてきた椎神に「ごめんねー」とこれもいつもの天使スマイルをぶちかまされて自分の人の良さ?にもほとほと愛想がつく。

もう帰ると言うと渋々車を呼んでくれた。さすがにこれ以上引き止めるのも気が引けたのだろう。とにかくしばらくは無視しよう。口も利かない。覚えてないから無罪放免ってわけにはいかないし、あんなことされて怒ってるんだとアピールしないと。このままじゃ「なんであんなことしたんだろう・・・」とか1人真剣に悩んだ俺がバカみたいじゃんか!!




「じゃあな、タロ。いろいろ助かったわ。一応礼は言っとくからな」

いつの間にか俺たちのあとを追って玄関に見送りに来た龍成の、気持ちの全くこもっていないお礼の言葉に、再び俺の怒りは爆発した。

「うるせえ変態!しばらく寄るな、触るな、近づくな、声かけんな!顔も見たくない!!」

追ってきた龍成に振返りもせず、バタンと車のドアを閉めて運転手さんに「お願いします」と言って俺は山城邸を後にした。




車が遠くに離れた門をくぐり、見えなくなるまで龍成はその場を動かなかった。椎神もそんな龍成の背中をじっと見ていた。


「椎神」
「はい?」

唐突にかけられた声。さっきまでのタロとの会話とは違う、明らかにトーンの下がった暗い声に椎神はハッと顔を上げる。


「お前の望みは俺を天神会の親玉にすることだったな」



前置きも何もないその台詞を一瞬いぶかしむが、椎神はすぐにその言葉の真意に気づき我が耳を疑った。 振り向いた龍成と視線が合う。その目は暗闇でギラギラと光る獣の目。その獰猛な目に全身が総毛立ちゾクリとした。

「・・・そうですね。私はそのために京極の家に来て、あなたの目付け役になったのですから・・・でも龍成に全くその気がないので、私の望みなど叶いはしませんけどね」

皮肉めいて、冷静に文句を言いながらも自分の心が浮き足立つのが分かる。動悸がする。普段から冷静であれと自らに言い聞かせ、何事にも動揺せずにいられる自分が、龍成の突然の問いかけにこんなにも心が震えている。
望んでこの世界に入ったわけではない。幼いころから椎神家は天神会のために存在する家だった。そんな家に生まれた自分に選択権などほとんどなかった。
この境遇の中で、龍成と出会ったからこそ、自分の夢、野望を見出すことができた。この男は他と違う、龍成なら高みまで上りつめることができる。そのためになら自分はどんなことでもしよう。たとえこの手を汚したとしても。
椎神の決心は揺らぐことはない。そして今、龍成が初めて自分の望みに手を差し伸べている。



「そうか・・・分かった。お前の望みをかなえよう」


「龍、成・・・」

椎神は龍成の言葉に歓喜しその身が震えた。組織の何事にも興味を示さず、本家からも出され、幼くとも辛酸を舐めさせられたことは忘れない。つめを隠した極悪龍が自ら野心を持って動き出すというのだ。自分の望みが現実となる。



「ただし条件がある」


龍成の表情に暗い影が落ち、口角をゆっくり引き上げて・・・・笑った。





「タロがほしい」





椎神は、龍成の言葉を聞いても驚きはしない。―――――――望みをかなえる代わりの交換条件。

昨夜、虎太郎を辱めたことを「覚えていない」といったのは嘘。
龍成は虎太郎に欲情した。
泣きはらして精神的に追い詰められた虎太郎に、これ以上の警戒心を抱かせないためにそう言ったに過ぎない。虎太郎はその言葉にまんまとだまされたが、朝食の場にいた者は全て龍成のついた嘘に気が付いている。



そこまでして放したくないのか。そばに置きたいのか。

――――――― やはり虎太郎は特別だ



そばに置けば牙をむかずにはいられないだろうに。コータはきっと耐え切れない。たったあれしきのことで怯え、自分を責めるようなコータには、龍成の荒ぶる全てを受け止めることは不可能だ。

「コータを壊してしまうよ。それでも?」

感情のない瞳で椎神は冷たく聞いた。



「・・・・かまわねぇ」

手に入ればそれでいい。それが龍成の望み。



「そう・・・分かった。龍成にあげるよ、コータを」

ごめんねコータ。さよならだ・・・・・・・友達ごっこは終わりだよ・・・・・・・・・・・・・




龍成はきびすを返し、暗い邸内の奥に姿を消した。椎神もその後に続き、龍成の背中を見てこれから始まる野望の第一歩を踏み出した。




この瞬間 虎太郎は友を失い、獣たちの標的となった。



                      『青春の暗影と龍虎の逢着』    (完)



★ご愛読ありがとうございました。
 次のシリーズは虎太郎達の高校時代の過去編となります。執着、嗜虐、真実と嘘、そして2人の想いはすれ違い交錯する。タロの心は野獣と悪魔に引き裂かれる・・・・・では、(その3)乞うご期待くださいませ。

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あきゅろす。
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