家族の陰謀


明るい家族計画?


人前で大きな声を出して言うには、差し障りのある言い方になってしまったこの言葉。しかし虎太郎は、まさに綾瀬家の明るい家族計画にまんまと乗せられる日々を送っていた。
そう、待ちに待った(家族が)免許の書き換えも終わり、配達が可能になった虎太郎は連日こき使われていた。


「はあ・・・・。何で俺はこんなことを・・・」


配達のために軽トラの荷台にビールケースを積む。
瓶は重たい。1ケース20キロもするのに、それを20ケースも運ばないといけない。
それでも成人男性なら、これくらいの力仕事はこなして当たり前だ。虎太郎も力の入れどころさえ間違わなければ傷が痛むこともないので、体に負担を掛けないように作業をしていたが、その表情は固かった。


「はあ・・・・。もう、最悪・・・・・」


10ケースを越えた辺りから、ピッチがどんどん落ちてくる。12ケース積んだところで積むのを止めて、倉庫の前に座り込み大きなため息をついた。
空を見上げると今日は秋晴れ。水色の空には所々うっすらとかすれた雲が浮かび、穏やかな日差しが降り注ぐ。こんな日はどこか郊外にでも出かけて、ゆったりドライブなどを楽しんで一日を過ごしたいものだった。


「はあ・・・・。どこか・・・遠くに行きたい・・・」


晴れ渡った空とは反対の、どんよりと重たい口調で虎太郎はぼそりとつぶやいた。
そこに父親がやってきて急いで配達に行けと怒鳴られ、渋々残りのビールケースを積み込む。追い立てられるように車に乗せられ外からドアを閉められた。

そう、虎太郎は今から配達に出かけるのだが・・・
その行き先がとんでもなく嫌な場所なので、昨日の夜から眠れないくらい悩んでいたのだった。
吐き出す息は全てため息。
朝ご飯もほとんど喉を通らなかった。
親にそこへ配達には行きたくないと言うと、「30にもなって登校拒否児童か!」と一蹴された。正確には29・・・いや、早生まれだから今度29歳になるのだと言い返したが、話の論点が完全にずれていて無駄な討論に時間を費やした。

「いいか、客は神様だ。それをちゃんと頭に入れて仕事しろ。それとその暗い顔どうにかしやがれ。葬式に行くんじゃねんだぞ、客の前では笑え。あとなぁ こた、次の注文も忘れずとってこいよ。あそこは大口だ」

(笑うなんて・・・それは無理だよ。父さん・・・・・)

車を走らせ目的地に向かう間、何度引き返そうかと思案したことか。だが戻ったところでまた怒られて追い出されるのは目に見えているし、なぜ戻って来たのかと聞かれたら答えに詰まる。どうにかしてこの配達を取りやめる方法はないだろうかと、昨日からそればかりを考えていた。

どこか側溝でも見つけて適度に脱輪でもするか。左車線に慣れてないから運転しくじったって言えば通用するだろうか。でも、車に傷つけたら父さん無茶苦茶怒るだろうな。・・・・・あの工事現場の段差にわざとタイヤを落とすのもいいかも。あそこだったら路面が土だから車のアンダーに泥が付く程度で、傷は目立たないかも。そんで・・・・でも意外とJAFが早く来たらどうしよう。そのまま配達を続けろとか言うよな。あ・・・ビール瓶が割れたらそれって俺が片づけるのか。割れたらその分取りに帰らなきゃいけないよな。そしたら多分バカヤロウってグーでどつかれるよな。それは・・・いやだなあ。
・・・・急に道路が陥没しないかな。急にヒョウが降ってきてフロントガラスが割れるとかないかな。急に・・・


(はあ・・・・・・・・。バカみてえ・・・・・俺、何考えてんだ)


配達が嫌すぎて、自暴自棄になりかける。
そして結局どの案も採用することが出来ず車は走り、20分後目的の場所に到着してしまった。

透き通るような美しい秋晴れだというのに、虎太郎の目の前には暗雲漂う某屋敷が鎮座する。
見るだけで頭がズキズキしだす。
治ったはずの傷が痛み出し、吐き気までしてきた。


ここは鬼門。


きっと今日の俺の運勢は最悪のはず。12星座占いなら間違いなく最下位。厄年がずれて早めにやって来たに違いない。
この地獄の入り口に踏み込むような緊迫した、神経が擦り切れる寸前のフラストレーション爆発5秒前な感じ。何かに対してここまでの拒絶反応を示すのは、久しぶりのことだった。

(か・・・帰りたい)

そう、帰りたいのは実家ではい。できれば、今すぐにアメリカに帰りたかった。

虎太郎はそれほど追いつめられていた。
二度と訪れるはずのなかった場所を目の前にして、ジワジワと恐怖が心を覆い始めていた。



ここは、山城組の邸宅。



その裏門に、取りたくもなかった免許を取って、乗りたくもない軽トラに乗って、来たくないナンバー3の場所に虎太郎は来てしまっていたのだった。

何故こんな非常事態になっているのか。
それは昨日に遡る。



+++



お得意さんを大事にする父親は、大口の客や定期的に購入してくれる客には配達のサービスを行っていた。
そして虎太郎も軽トラに乗って、近所の配達作業に2時間ほど出されるようになっていた。

目深にキャップをかぶると、伸びた前髪が目にかかり視界が悪くなる。見えるように前髪をかき分けるが、さらさらの髪は分けてもすぐにおでこに落ちてくる。
七分袖の綿シャツにジーンズ、そして酒印の前掛けは膝くらいの長さ。
前掛けをぐっと結ぶと、「胴が細い、あんた腰折れそう貧弱ね〜」と母親にうらやましそうに言われた。

貧弱ではない、スマートと言って欲しい。
「お母さんみたいに食ってばかりじゃないから」と言い返したら読んでいる雑誌で頭をはたかれた。くそっ、俺一応病人。

「ああ、そうそう。こた 明日の配達先ね・・・」

そして聞いた明日の配達先は・・・・虎太郎にとっては天地がひっくり返るほどの、とんでもなく最悪な場所だったのだ。

それは・・・

「隣町の山城邸に配達ね。ビール20ケースよ。それと・・・」

母親の言葉を最後まで聞くことができなかった。


(山城・・・?今・・・山城って、  え、 なんで・・・!!)


「ちょっと、こた、あんた聞いてるの?」

頭がグワングワン鳴っている。苦手なことに対する耐性が弱い虎太郎は、聞きたくない言葉を聞いたせいか、早くも拒絶反応が現れた。

(母さん・・・何言ってるの?)

「山城さんはうちのお得意様だよ。だから毎週配達してるのよ。明日は正午に配達することになってるから、午前中にトラックに積み込んでおきなさいよ」

(うそ・・・・・、嘘だろ?よりによって何であそこに配達してんだよ。)

自分が居ない間も、昔と変わらずあの家に酒を配達していた事実を知って虎太郎は衝撃を受けた。繋がりを完全に断ち切りたいのに、断ち切ったつもりだったのにまさか親の仕事でまだ繋がっているなんて。
母親の言った“お得意様、毎週配達”の言葉に、また頭痛が激しくなった。


「や、やだよあそこ」

「何でよ」

「だってあそこ、・・・・ヤ」

行きたくない理由が言えなくて「ヤクザ」だから嫌だと、一也が言っていたような言葉を口にした。すると母親は息子を見て眉根を寄せて説教を垂らし始める。

「お客の職業は関係ないんだよ。そんなの気にしてたら商売あがったりなんだよ。あそこは昔から大量注文してくれる大事な取引先なんだよ。それに こたが行けばまた更にごひいきにしてくれるかもね。あんた山城さんに気に入られてたでしょうが。ほら笑顔の練習して!そんな仏頂面で配達に行かないでよ」

(何という商売根性なのだろうか。ああ・・・・一也と同類だな。それに息子を餌にして稼ごうとするなんて・・・守銭奴に見えてきたよ、お母さん)

ヤクザでも関係ないと言い切るその度胸は、さすががめつい母親だ。それにヤクザと言ってもあそこの家は綾瀬家にとっては特別な存在でもある。
昔から縁がある。・・・そう、虎太郎を通しての不可解な縁があるのだ。

山城の家は大嫌いだが、山城さん自体が心底嫌いというわけではない。というか山城さんとはそんなに話したことがある訳ではないので、その人柄は実のところよく分からない。組長だから怖い、ヤクザだからきっと悪人寄りだと思うくらいだ。・・・・・でも関わり合いたくはないので全部いろいろひっくるめて考えると、やはり山城さんも嫌いと言う部類に入れてしまうことになるのだ。

親には悪いが、俺は縁を切りたい。
そのために、日本を離れたのだし、しかしそれを説明するわけにもいかないのがネックだった。


「でも、やっぱ・・・。あそこは、嫌だ。他は行くけどあそこは父さんに、」

「なにグチグチ言ってんの、あんた小さい頃毎日遊びに行ってたじゃないの。今更何ビビッてんの?久しぶりだから敷居が高いのかしら」

それは違う。
俺は自分から遊びに行ったことなどはない。
周りはみんな俺が進んで遊びに行っていたように思っているのだろうが、それは違う。

家族はみんな、騙されているんだ。
あの狡猾な、人を騙すことなんて何とも思っていない非道な奴らに。



遊びと称してあいつらが俺に何をしていたか。
家族も、友達も、先生も知らない。
俺の・・・隠さなければならなかった秘密。
誰にも知られたくない、苦痛でしかなかった過去の出来事。

山城邸は、俺にとっては野獣の住みかだった。
それは遠い過去の話。
どれだけ時が過ぎても、それを忘れることはできない。
今も悩まされる、屈折したあの日々。
思い出すと寒気がするほどの、醜悪な時間があそこには存在した。

あそこに行けば、まざまざと思い出すだろう。
それが怖くて・・・・・



「裏門にまわって、本宅の裏口のところに車停めて。ああ、こたの方が家の中は詳しいわね。倉庫に半分運んで残りは台所にある保管庫に入れるの。裏門に・・・」

失礼がないようにと詳しく説明する母親の言葉を遮って、断固として行かないと抵抗を露わにした。

「とにかく俺は絶対行かないからな!」
「何子供みたいなこと言ってんの!仕事なんだから割り切りなさい」

どうしてあそこに自分から近づかなきゃいけないんだ!
たとえあいつが居なくても、あの家に行くのは絶対嫌だ!!

頭に来て自分の部屋に戻り、スーツケースを開けて荷物を詰める。咄嗟にこんな行動に出てしまったのはそれだけ怯えている証拠でもあった。

(もうやだ!皆知らないからって・・・)

なんで俺が日本に居たくないのかは母さん達には分からない。分かるはずがない。理由を言うことはできないのだから。一生黙っているつもりなのだから。

やっぱりここに帰って来るべきでは無かったのだ。
帰ろう。アメリカに。


詰められる荷物だけ詰めてあとは送ってもらおうと貴重品の確認をすると、ケースに入れていたはずのパスポートがどこを探しても無かった。

(なんで?おかしい。ケースから出してないのに。)

ケースの中身を全部出して隅から隅まで調べ尽くす。出した洋服や、部屋の中もくまなく探したが見つからない。無くすはずはないのに。

階段を駆け下り母親を捜す。台所で夕飯の支度をしていた母親に言葉荒く詰め寄った。



「母さん、俺のパスポートどうした?」



パスポート見なかった?とかパスポート知らない?とか、そんな訪ね方はしない。
これは十中八九、絶対家族の仕業だ。

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