旧友


「そう言えばよぉ」

「ん?」

「綾瀬って、まだあいつと付き合いあるのか」

「え・・・」


ドキリとした。
一也が言うあいつとは・・・


それを考えるだけで表情がこわばる。
気道が急に狭まったように感じ言葉が出ない。
ぎゅっと握り込んだこぶしがわずかに震えた。



「あいつだよ・・・。    京極龍成(きょうごくりゅうせい)」



一也の口からその名前がこぼれたとき、握り込んだこぶしにドッと汗がにじんだ。


「どうした?」

「い、いや・・・。何でも」


口の中がカラカラに乾き、返事をする声が上ずる。その名を聞くだけで体に衝撃が走り、固まったまま動かない虎太郎には気づかず、一也はそのまま話を続けた。


「お前達、高校も一緒だったんだよな」

「そう、だな」

「極道の跡取り息子だもんなー。あんなのと友達だったなんて、今思えば怖えよな」

「そ・・・・だな」

「京極ってさあ、中学まであの山城組の家に住んでたじゃん」

「そう・・・・・だったっけ・・・」

わざと素っ気なく答える。さも知らないと、興味がないように。


「一昨日な、行ったんだよ」
「・・・・・え?」

「だから、山城組に」
「・・・・えっ、な・・・・なんで!」

(こいつ、ヤクザの世話になるようなことをしたのだろうか!)

ヤクザなんかに関わるとろくな事はないのに。金でも借りたか、何か難癖でも付けられたのだろうか。あんまりひどいようなら警察にすぐ駆け込めと、心配して言葉をかけようかとオロオロしていると、一也は平然として言った。

「畳の張り替えに行ったんだ」

「た・・・・・・畳?」

「そっ。もう超ぉーお得意様!山城様は神様ですって感じだよ。3ヶ月くらい前にな電話がかかって来てさ、畳の大量注文が入ったんだ」



山城組はここから20分ほど車で行ったところにある。広大な屋敷は敷地内に屋敷森を持ち、本宅、別宅、離れなどを有する純日本家屋の重厚なヤクザの邸宅である。

山城邸。
俺にとってあそこは鬼門。
もうあの屋敷に俺が恐れる奴は住んでいないのだろうが、近づきたくないランキングナンバー3に入る場所だ。


「山城の組長さんな、俺のじいさんの頃からごひいきにしてくれててさ、今回離れと別宅の畳全部変えて欲しいって頼まれてよ。100枚だぜ、100畳!すげえよな、そんなに傷んでもないのに超太っ腹」

「へ、へー・・・そりゃあ良かったな。儲かったじゃん・・・」

今度は本宅も変えてくれないかなと、うれしそうに畳屋は金勘定をする。

「でも、組長さんなあ、今伏せってんだよ」

山城組の組長は数年前から体を悪くし、今回入院することになってしまったそうだ。そうなると一也のじいさんとのつながりも無くなるので、今後の商売に支障が出る。それは困ると真剣に悩む一也。さっきはヤクザが怖いと言っていたくせに、商売が関わるとヤクザも立派なお客さんになるらしい。

(商売根性があるな、そこはすげえ。相手を選ばないお前に俺は感心するぞ。)

「一昨日も体調悪いのに張り替え作業の時、部下じゃなくて御本人が立ち会ってくれてさ。あ、そんとき京極のことも話したりしてさ。ほら、他に会話もないから、実は京極君と同級生だったんですー、とか言ったら話が弾んじまってさ」

「・・・・・・・・」

「あいつ今、京極の本家にいるって。まあ、当然か。天神会京極組の跡取りだもんな。高校出てすぐに家に戻ったんだとさ。きっと跡を継いだんだろうな。若頭とか代行とか呼ばれてんのかな?なんかそれってすげえよなぁ」

「・・・・・そっか」

「あいつ凶暴で化け物みたいにケンカ強かったじゃんか。だから天神会の上の方まで行くんじゃあねえの?マジやっぱ怖え。あいつには会いたくねえな。客としてならいいけどさ」

「ん・・・・・、でも・・・・・俺達には関係ないことさ」

「ま、そっか。そうだな。そうか、虎太郎もあいつには会っていないのか」

「全然だよ、名前聞くまで・・・・忘れてた」

嘘だけど。

「だよなー。大人になってまで関わっていたくねえよな」

もちろんだ。
今後も関わるつもりはない。
そのために遠くまで逃げたのだから。


今の俺の人生には、奴の存在など微塵もない。
必要ない。
共に過ごした日々さえ出来れば忘れてしまいたい程だった。




「さて、帰るか」

一也の言葉に、暗い記憶をよみがえらせかけていた虎太郎は、一気に現実に引き戻された。楽しい旧友との再会はあっという間に時間が経った。最後の会話さえなければ最高の再開と言えただろう。

「おい、一也。何か買って行け」
「げ、久しぶりの再会におごってくれたりしないわけ?」

「こっちも商売なんでね。だから売り上げに貢献しろ」
「へーへー。お前も案外しっかりしてんなぁ。昔はビービー泣いてた事の方が多かったってのにな」
「うるせえ。忘れろ」

小学生の時の事を引き合いに出されると恥ずかしい。確かに自分は泣き虫だった。そのことをよく知る一也は、中学の時もそれをネタにしてよく虎太郎をからかっていた。

「口も悪くなったな。さすが“三悪”って呼ばれてただけの事はあるよな。お前達、高校の時すんげえ有名人だったの知ってる?」

“三悪”という言葉に再び衝撃が走った。
11年ぶりに聞く言葉。もう口にする奴もいないと思っていたその言葉に、答える唇がわずかに震えた。


「・・・そんなこと。もう・・・・・・・・・・忘れた」
「俺は鼻が高かったぜ。あの三悪と中学が一緒だったって、ダチだったって言えば皆の見る目が変わるんだ。ああ・・・・悪い意味じゃないぞ。羨望の眼差しってやつだ」

一也は万弁の笑みで三悪を誇らしげに語る。一也たちの世代にとっては“三悪”という言葉は特別なものだった。
しかしその三悪と呼ばれていた虎太郎本人にとっては、その言葉は一也とは間逆の、嫌悪する言葉としてしか聞こえなかった。

「あんなの・・・ただの不良だろ。ロクなもんじゃないさ。さて一也、何を買ってくれるんだ?」

もうその話をしたくない虎太郎は、無理に話を打ち切り一也に購入の催促を促した。
ビールや焼酎をかごに入れ、つまみも何品か購入した一也は「また来るわ、今度飲みに行こうぜ」と言って店の外に出た。
飲みに誘うくらいならうちの酒を買って家で飲めと文句を言い、顧客獲得のための営業スマイルで一也を見送った。



静まりかえった店内に、冷蔵庫のモーター音だけが響く。

10年ぶりに聞いたあいつの名前


――――― 京 極  龍 成 ―――――


口に出すのも恐ろしい。


そして“三悪”という不名誉な名前。


一也は誇らしげに言っていたが、虎太郎にとってそれは暗い過去を彷彿させる言葉以外の何物でもない。


最強の3人。
最悪の3人。
それが最兇の三悪。


西日が差す店内に一人立ちつくす虎太郎は、自分のこぶしを握りしめた。

そのこぶしは、力なく震えていた。

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