後悔の念
冷え切った体を心配した椎神に連れられ、龍成の部屋を出た俺はもう一度風呂に入りなおした。



「着替え準備しておくから」

そう言ってドアを閉め椎神は戻っていった。おそらく龍成の元に行ったのだろう。




泣き崩れて真っ赤に充血した目、腫れぼったい顔、首筋から鎖骨にかけて咬み痕がいくつも散らばっていた。浴衣を脱ぐと腹の辺りに乾いた精液の痕がこびりつき、下肢にも同じような不快を感じた。生々しい臭いをまとう体。脱衣所の鏡に写る自分の体は、あさましい行為の痕を色濃く残したものだった。

汚れた情痕は洗い流せても、後悔の念が薄れることはない。
今日だけのことなら、忘れよう。無理矢理にでも忘れよう。でも、これから先もこんな事があったら、さっきみたいに欲情の対象とされたら。

友達だろって言っても、それでも求められたりしたら。



そのときは――――――― 一緒にはいられない。



どんなに「タロ」って呼ばれても、今日みたいに切なげに呼ばれても、それだけはだめだ。
だって俺は男だから。

湯に浸っても芯まで冷え切った体はなかなか温まらなかった。裸でいるのが嫌で早く何かを身につけたかったのもあり、たいして温まりもせず湯から上がり、用意されていた浴衣に身を包んだ。




「おや、上がるの早かったですね。ちゃんと温まりましたか?」

廊下に出ると助手さんが俺を待っていた。傷の手当をすると連れて行かれたのは椎神の部屋で、布団の上に座らされると亀山先生が現れ、噛み痕を消毒して深い傷口は絆創膏が張られた。

「若は愛情表現がへたくそじゃから」
「若様に愛情とかあるんですかね」
「あるからほれ、こんなことになっとるんじゃろうて」

治療が終わり出て行こうとする先生たちの会話を上の空で聞いていた。ぼーっとしていると、椎神が布団をかけてくれるのでそのまま横になり目を閉じた。

「寝付くまでここにいるから」

一人で眠るのが怖かったのが分かったのかな。そう言ってくれた椎神に安心した俺はしばらくの間いろいろなことを考えていたけど、そのうちいつの間にか眠ってしまい・・・
そして朝を迎えた。






朝食に呼ばれた席にはすでに全員が揃って座っていた。待たせてしまったと思い「すいませ・・・」と声をかけようとしたとき俺は固まった。

朝食の席には――――――――――龍成がいた。

(え!!なんでいるの・・・)



広間へ入るのをためらっていると、震える手を椎神に引かれて昨日の場所に座らされた。正面にはガツガツと飯をかき込む龍成がいるが、目を合わせるのもはばかられた。だって昨日の今日だし、まさかいるとは思わなかった。まだ起きられる状態じゃないと思っていたのに。しかも何でこいつはそんなにガツガツ飯を食っていられるんだ。俺に昨日何をしたのか忘れたわけじゃあるまい!!

「やっぱり若はバケモノじゃな。一夜で完全に熱が下がりよった」

龍成の隣にいた先生は呆れ顔でお茶をすすっている。39度もあった熱が下がったって?マジでか。それが本当なら先生が言うとおりこいつはバケモノかもしれない。


「それとね・・・・昨日のこと、龍成がコータにひどいことしたんだよって、問いただしたんだけど・・・」

横に座っていた椎神がにじり寄ってきて、何やら言いにくそうにコソコソと耳打ちする。



「・・・・・・龍成ってば・・・昨日の夜のこと覚えてないって」



「はああ???」

驚愕。俺は目を見開いた。


何だって!何だって!!何だって!!!

だって、あいつ、あんなことして・・・
あぐあぐと開いた口がふさがらないでいるとなおも椎神は話を続けようとした。



「何コソコソ話してやがる」

ギロリと睨まれすくみ上がると、龍成の不機嫌面がいっそう濃くなる。

「何って、龍成のデリカシーのなさをコータに教えていたところですよ。あんなことしておいて“記憶がありません”じゃあまりにもコータがかわいそうで」

俺は生唾をゴクリと飲み込んで龍成の顔を見た。
至っていつもの怖い顔。俺のことを気にしているようにも見えない。いつもと変わらぬ不遜な態度。

ほ・・・本当になにも覚えてないんだろうか・・・だって「タロだろ」とか確認までしてきたんだぞあいつ。舐めて、触って、噛んで、マジで覚えてないのか?
握り締めたこぶしがわなわな震える。

「ああ?んなもん覚えてねぇんだからしょうがねえだろう。それとも、“熱でイカレて朦朧としてたので絡んですいません”とでも言えば気が済むのか?ケッ、別に減るもんでもねえしアレくらいのことギャーギャー言うほどのことでもねえだろうが。なぁタロ」



絡んで・・・って・・・減るもんじゃねえって・・・アレくらいって・・・



飯をガツガツかき込みながら「だからどうした」と昨日の自分の悪行をなんとも思っていない龍成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・腹が立つ。いや、煮えくり返る。あれはじゃあ一体なんだったんだ。俺は悩んで悩んで悩みまくったのに。自分のことだって責めまくったのに。


「ほ・・・ほんとに・・・覚えて・・ないのか?」

わなわな震える、これは怒り・・・

「わり」

・・・・謝罪の言葉はそれだけか。


「て・・・てめえは」

怒りで声が震える。




「一発なぐらせろ=========!!!」




バン!とテーブルを叩き、手に触れた湯飲みがひっくり返って食卓に大きな音が立つ。だがそれを気にすることなく、「うるせえなぁ」とぼやく龍成が更に火に油を注ぐ。

「ちょっと、やめなってコータ」
「放せって、ぶん殴ってやる!!アレくらいって・・・人を何だと思って!!」

いきり立つ俺の腕を引き止める椎神。
切なげに訴える目も声も、離れるなと言った言葉もすべて発熱によって引き起こされた奇行だったと?だから覚えてなくても仕方がないと?「わり」の一言で片付けると?!
頭にきた。俺はへこんで、ナイーブになって、これからのこととか散々悩んだ挙句、自分が悪いとまで思い込んでいたのに、やっぱりこいつは・・・

「放せ椎神、俺はこの無神経な奴を、一発殴ってやらないと気が・・」
「気持ちは分かるけど・・ほら、病気だったから、高熱でどうかしてたんだって、悪いのはその無神経な龍成だけど、今回は許してやって」



ジタバタと怒りの収まらぬ俺に、山城さんと亀山先生は「2,3発くらい殴って当然だ」と野次を飛ばし、龍成は「俺は悪くねぇ、病人だからな」と悪態をつく。やっぱりこいつは最悪だ、嫌いだ、友達なんかじゃねぇ!そう叫んで結局食事もせず俺は広間を飛び出した。

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