友達
目が覚めると、保健室のベッドで寝ていた。
そうだ・・・俺、あいつら殴っちまった。
ケンカの末、向かってくる男子をみんな殴り倒し、最後は担任のムッチョマンに殴っているところを引っぺがされてその勢いで壁に頭をゴチン。そこまでしか覚えていない。
でも、後悔なんてしていない・・・・・・と思う。
「頭いてぇ・・」
「あら、起きたの綾瀬君」
カーテンの向こうから保険医の先生が顔を出した。
「鏡見る?いい感じに出来上がってるけど」
顔?
ベッドから降りるとき、体のあちこちが痛かった。そりゃあこっちもかなり殴られたり蹴られたりしたもんな。そして鏡をのぞくと・・・なんと男前な。
口の端は切れ、頬は腫れ上がり、目の上も青あざが・・・腕にも擦り傷。
「綾瀬君ってケンカ強いのね、驚いちゃった。相手の子達みんなのしちゃったんですって?まあ、あなたも最後は滝川先生にのされちゃったんだけどね」
滝川先生イコール担任のムッチョマン。そう、首根っこひっつかまれて・・・そのあとブラックアウトしたんだ。
「騒動に関わった15人中、止めに入った7人は無傷よ。よかったわね。あなたに突き飛ばされただけって言ってたわ。あとのケンカの元になった8人ね。あの子らは全員ノックアウト。綾瀬君よりは早く目が覚めたから、今頃生徒指導室で締めあげられているわ。あなたも覚悟しておいてね。理由はどうあれ先に手を出したのは綾瀬君なんでしょう?」
「・・・・はい」
「綾瀬君。どうして君、殴ったりしたの」
「・・・・」
「正直君は、そういうことしない子だと思っていたから」
確かにケンカをするのはもっぱらあの2人ばかりで、学校で俺はケンカはしない。不良じゃないし、暴力は好きじゃない。怖いし・・。外では仕方なく降りかかってくる火の粉を払うために不可抗力でやっていたけど。
ガラガラと保健室の扉が開き、ムッチョマンが元気か?と人のよさそうなとぼけた顔して挨拶してくる。あんたのおかげでブラックアウトして、後頭部には大きなたんこぶができたんだけど、もうちょっとマシな止め方無かったの?先生。
「じゃあ、ちょっと来い綾瀬」
「はい・・・」
生徒指導室でケンカの原因を聞かれた。
先に殴ったのは認めた。
でもそれ以上は言う気にならなかった。
別に悪者扱いされてもいい。
謝れと言うなら謝る。
でも、それは龍成のことを、あいつのことを知りもしない連中が、口にした事を先に謝罪してからだ。
そうじゃないと俺は・・・・・あいつらを許さない。
「まあ、あいつらも悪かったって言ってたから、許してやれ、な」
何時まで経ってもしゃべらない俺に担任は、クラスメイトが言っていたことを話しだした。
「正直、京極のことは先生達も知らなかったから、ニュース見て驚いてな。だから、子供のお前達が冷静でいられないのも無理はない」
先生達も知っていたんだ。そうだよな、当たり前か。
「あいつら、京極のことを非難するつもりはなかったみたいで、他のクラスの奴らは分からんが、うちのクラスは・・・ほれ、あの通り、枠にははまらない連中だろ。そりゃ、あの通り口も頭も悪い連中だから、考えなしな事を言ったんだが」
7組は困った連中の集まり。みんながみんな、それなりに何か事情を抱えている。京極ほどじゃあ無いかもしれないが、大変さは人それぞれ違うから、比べることはできないがなと、付け加える。
「だから、興味本位で聞いたことや面白がってくだらんことを言ったと、ちゃんと反省している。どうも、お前にやられたのが効いているみたいだぞ。まさか腕っ節でお前に負けるとは思ってなかったんだろうな」
しかも1対8人で負けたなんてな・・・と笑いながら話すけど、笑いごとじゃあないだろう先生。あんたのクラス大変なことになってんだよ。俺のせいだけどさ。でもそんなところに救われる。さすが、デビル7組の担任になっただけある。懐がデカイというか、緊張感が無いというか、のんきと言うか。
「誰だって親友を悪く言われたら腹が立つさ。お前のはやりすぎだけどな。被害に遭ったのがうちのクラスの奴らだけでよかったわ〜他のクラスだったら大問題だぞ」
親友・・・ムッチョマンの言葉が心に波紋を広げていく。
「でも、京極達は、聞いたら喜ぶぞ。いや、しかしケンカはもうダメだぞ。お前はストッパーのつもりで置いてあるんだから、そのお前に率先してケンカされると困る」
ストッパーって・・・・なんだ、やっぱりクラス替えには裏があったんじゃないか。
「龍成が喜ぶ?なんで」
「そりゃあ、自分のために友達が戦ってくれるなんて、男としてこんな嬉しいことないだろう」
そんなものだと、がははと大仰に笑いながら言う。ムッチョマンは考え方も男くさい。
「自分達のために何かしてくれる友達がいたら安心して戻って来れるだろう。それが親友ってもんだ。違うか綾瀬」
友達。親友。
そんなことを意識して、あいつらに向かって行ったわけじゃない。
あんなケンカして、かえって龍成達の立場を悪くしてしまったのではないだろうか。逆に迷惑かけてるんじゃないか、それの方が気になる。
本当の友達だったら、ケンカとかじゃなくてもっと別の方法で、あいつらをかばう事ができたんじゃないのか。なのに、俺、あんなことしかできなくて。暴力で解決したら、やっぱりヤクザものだとか更に酷いことを言われるかも。そしてそれを言われるのは俺じゃない・・・龍成達だ。
「先生、俺ね・・・・」
ポツリと声が出た。俺は友達じゃない。もし友達だったとしても・・・・・・・・・・友達失格だ。
「龍成とか、椎神とか親友じゃ・・・・・・・・友達じゃない」
俺の言葉に、マッチョマンは鼻から小さなため息を漏らす。
「そう思ってたんだ・・・・・・・・・・今までは」
何かが剥がれ落ちた。嫌なことや、認めたくなかった事が多すぎて、ずっと否定してきたけど。
―――――友達なのかな―――――
そんな俺を見てマッチョマンは微笑む。
「胸を張れ、綾瀬。お前のやったこと、俺は嫌いじゃない。むしろ友達が非難されているのに何もしない奴だったら、俺が殴る」
そんなことしたら首になっちゃうよ先生。先生が俺を元気づけるために言ってくれた言葉がものすごく嬉しくて、ここ数日忘れていた笑顔が自然とこぼれる。先生は頭をガシガシと力強く撫でた。そこにはでっかいたんこぶが・・・
「いっ、痛いよムッチョ・・・じゃない、先生!!」
「綾瀬。お前笑った方が絶対かわいいわ。なんでいつも仏頂面なんだ?人生損してるぞ」
「か、かわいいとか言うな!俺そういう冗談一番嫌いだから」
童顔なうえに、散々2人からかわいいとからかわれ続けているので、そういう言われ方をされると、馬鹿にされているような気がしてならない。せめてカッコイイと言ってほしい。
「そう怒るな、ホントにかわいいのに。もったいない奴だなあ。やっぱり綾瀬はツンデレだって」
「それ、気になっていたんだけど・・・何のこと?」
知らないのか?と言われそのあとツンデレの意味を聞いて俺は「違う!!絶対違う」と大声で否定した。後頭部に痛みが響くくらいの大声で。
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