帰国


ガタンという突然の衝撃に驚き目を開けた。



ゴゴゴゴゴーー ガゴゴゴーーー



大きな音と共に、体が後ろにググッと引かれる。
だんだんと音が止み、ガタガタとした動きがおさまってくる。

ポーンという機械音がするが、音がよく聞き取れない。ずっと眠っていたために耳に何かが詰まっているような、妙な違和感があった。


『当機は着陸しましたが、ランプが消えるまでは安全ベルトを外さずに・・・』


しばらくすると耳も慣れて機内アナウンスが聞こえてくる。



(着いたんだ・・・日本に・・・)



長時間のフライトにうつらうつらと寝たり起きたりを繰り返していたが、最後は疲れていつの間にか長時間眠ってしまい、着陸の衝撃で目が覚めた。




夢を・・・    見た。

昔の    事を。

それは   繰り返される悪夢。




あれから10年以上立っているというのに、あのおぞましい行為をまだ忘れることができない。


忘れたい。
でも忘れられない。

野獣に喰われる自分。

逃げても 逃げても 追いつめられ 捕らえられた。

そして諦めた。
逃げることを。

それに満足した野獣は毎日のように俺を犯した。

心も体も。

奴隷か下僕のような日々。

あいつは俺をペットだと・・・犬だと言っていた。



あれから年月が過ぎた。


10年という長い年月は、何かを変えてくれているだろうか。

(もう、俺のことを忘れてくれているといいのだけれど。)



あいつは、ただ側で自由にできるペットが欲しかっただけ。
そんなことのために自分は隷属させられて、間違いなく進むべき人生を変えられた。

未来なんか、自由なんか無いと思い込んでいた。



それでも自分は・・・
そんな境遇の中でも必死で生きてきた。
やり直すために。
新しい人生を。
あいつの懐から飛び出して、あいつの手の届かない所でもう一度やり直そうと必死で頑張った。






ふーっと重いため息をつくと機体の出口が開き、乗客が動き出す。
自分も荷物を取り出し、出口に並んだ。




10年、正確には11年ぶり。


(帰って来たんだ・・・)




茶色がかった明るめの短髪が風にさらりと揺れる。
Tシャツからのぞく腕は細身ながらも無駄のない筋肉が付き、全体的にスマートな体は日本の成人男性の平均身長より1センチだけ低い。それを本人は不本意に思っていたが、成長期などはとっくの昔に終わってしまっていたので、今更あがいてもどうにもならないのであきらめていた。


半日以上を機内で過ごしたため乗客は皆体を伸ばし、外の解放感に興奮気味に足早に動き出す。
そんな騒がしい様子を見てふと、周囲に目を走らせてしまうのは、職業柄もう癖のようになっていた。

そんな自分に気付き、軽く舌打ちをする。

何のために長期休暇を取ったのか・・・いや、取らされたのかを思い出し、せめて休みの間はゆったりと過ごそうと自分に言い聞かせながらタラップを降りた。




到着ゲートの大きな窓から見る秋晴れの空は目にまぶしかった。

14時間も飛行機に乗っていたので、地面に着いた足が浮いているような妙な感覚が体に残る。

ゲートをくぐり荷物を受け取った。
荷物は航空便で実家に送られているので、手荷物は2つだけだ。
スーツケースには頼まれたお土産がパンパンに詰め込まれている。


(はあ・・・)


またため息をつく自分に情けなくなる。


(都内にある実家まで、モノレールや地下鉄を乗り継いで・・・あ、バスもか。かったるいなぁ。)


壁に掲示された路線図を見ながら、迷路のような案内図とにらめっこし自分の帰宅方面を目で追って、時間のかからなさそうな経路を脳内で組み立てた。


(でもここに立っていても仕方ないし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・帰るか。)


地下鉄から上がって来る秋の風に、腰に巻いていた薄手のパーカーをシャツの上に着込みまた、ため息を吐いてエスカレーターに向かった。




今日、11年ぶりに、綾瀬虎太郎(あやせ こたろう)はアメリカから日本に帰ってきた。




何か重たいものでも抱えたような前のめりの俯き加減で、とぼとぼと足を引きずりながら、虎太郎は実家への道をたどり始めた。

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