死神降臨
痛む喉でゴクッと唾を嚥下すると、喉の奥まで痛い。それだけ強く絞められていたことに改めて恐怖を感じた。



俺のカバンを投げて不良に命中させた椎神は、虎太郎の前にしゃがみ込み、喉を押さえて苦しがる手を無理やり引きはがした。
首を守っていた手を解かれ、顔を上げると俺の首をジッと見たまま動かない椎神が、目を細めて舌打ちをした。


「痕なんか、残しちゃって」

赤くうっ血した指の痕が残る俺の首を、冷たい指先が行ったり来たり繰り返す。皮膚も擦れているのかチリチリ痛みも伝わる。


「ここはね、一番のお気に入りの場所なんだよ。どうするつもりなの。ん?」

視線は首のうっ血の痕に向けたまま、含みのある言葉を投げかけてくる。



「くっそ、椎神!」

背後から椎神の肩をわしづかみにした男が、やっと見つけた椎神を相手に、殴りかかろうと握った拳を振り上げた。

立ちあがった椎神は、掴まれた肩に乗る男の手首を引きはがしそのままねじり上げる。

「っぐぉ」

腕をねじる痛みに、振り上げたこぶしはそのまま宙で震えながら制止する。


「ねえ、お前さ」

椎神も身長が高い方だが、それよりも大柄な男を相手に涼しい顔で腕を捻り上あげている。怜悧な顔で彼はケンカの最中だと言うのに、男に何か話しかけている。


「うちのにあんな傷付けて、ただで済むと思ってないよね?」

言うなり更に力を入れて腕の捻りを利かせた。相手はたった腕1本を拘束されているだけなのに、体を動かすことができず、ねじり上げられている痛みから逃れようと必死だった。


「こんな汚い手で、触らないでほしいよ」

グッと捻りあげたとき、男が悲痛な叫び声をあげた。

「うぎゃあああああ」

椎神が腕を離すと、その場に背中から倒れ腕を押さえてのたうちまわった。

「うっく、、ぐっわあ、いてえ、、いっぐあ」

男を見下ろす椎神の目は悶絶する人間を見ているとは思えないくらい穏やかな表情で・・・・笑ってる。

あの不良、きっと腕の筋とか筋肉とかどうにかなってる。まさか骨とか・・・そこまでやるか・・・
見ているこっちが気分が悪くなってきた。あいつらも俺をボコボコにしようとしていたのだから同情の余地は無いはずだが、椎神の暴力は度を超えている。なんというか、あの目も、狂気だ。普通じゃない。

微笑を浮かべてもだえる男の腹に蹴りまで加えている。2、3回、ああ、もうやめろよ。



「や、、め、、、しぃ・・か」

叫んで止めようとしたが、喉が痛くて大きな声が出ない。

「そんな声で・・・どうなっても私は知りませんからね」

俺に向かって謎の言葉を放った椎神は、最後に男の顎をボールでも蹴るようにつま先で蹴った。男の指がピクピク痙攣している。


「・・し、しに、がみ」
残る2人の男が驚愕しながら椎神の通り名をまた口にする。


相手が虫の息であろうと、表情一つ変えず徹底的に痛めつける彼は、いつの間にか『死神』と呼ばれるようになっていた。
本人は不本意らしく「しに」じゃなくて「しい」ですが、と『死神』と呼ばれるたびに『し(い)がみ」ですと訂正して回る。

そして今日も虫の息で地面に横たわった男の頭上で声をおとした。
「私は『しいがみ』ですから。今度死神って言ったら殺すよ。でも、今度はもう無いですけどねと・・・」

二度と自分たちの前に姿を見せるなと。椎神は声が届いているかどうか分からない男に言い捨てた。

椎神の視線が残る2人を視界に収めると、男たちは初めの勢いはどこに行ったのか、せっかく待ちに待った椎神が現れたというのに、目にした惨劇に唇をガクガク震えさせ微動だにできない様子だ。


椎神にこれ以上暴力を振るってほしくなかった俺は、立ちあがり椎神の傍まで近寄ると、校門の方に行こうと腕を軽く引っ張った。

遠巻きにケンカの様子を見ている生徒たちもいる。ケンカを吹っ掛けてきたのは相手だけど、ここはいつものケンカの場所とは状況が違う。さすがに学校の前で、相手を半殺しにしたのはまずい。あいつは残りの2人にちゃんと連れて帰ってもらわないと。

「な、椎神。もうやめよ」

このまま椎神が暴力をふるい続けたら・・・

「みんな見てるし、このままだと椎神が不利になるよ。お願いだから」

真剣に心配して言ってるのに・・・・・・・・・・なんでこいつは笑ってんだよ!!


「あははははは!!コータぁかわいい〜」
「な、何だよ、笑うところじゃないだろ」

「あーーーごめんごめん、泣きそうな目で私のことを心配するから、可愛くって・・お願いとか言うし・・・・・うぷぷっ・・・・・今度龍成にも言ってやってよ。あいつ、泣いて噛みつくよ、っははははっはははははははぁ!!」

そこは『泣いて喜ぶ』だろ。ってかあいつの喜ぶ顔とか見たくないけど。あいつの機嫌がいい時は俺に痛がらせをしたときくらいだろう。



椎神はひとしきり笑った後、俺に腕を引かれながら大人しく校舎に戻ってくれた。残された不良などはもう眼中には無いようで一安心した。

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