治療 (完)


体液を体内から出すための不行状な後始末の後、歩けない虎太郎は椎神に抱きかかえられて浴場へと運ばれた。

自分が居た場所は、本宅と別宅のさらに奥にある離れ。そこは昔監禁された場所だった。
人払いをしてあるのか、人の声どころか気配すら感じられなかった。

裸のまま運ばれることや、体を洗われることを恥ずかしがるような気力はもう残っておらず、されるがままに人形のようにただそこにいた。

甘いシャンプーの香りが浴室内に充満する。
傷を避けながら、泡立てた柔らかいスポンジで体の隅々まで洗われる。
四つん這いにさせられ後孔にシャワーをあてがわれ、勢いよく中を洗浄された。

「・・・・んぅ・・・・」
「きれいにしましょうね。コータ」

(ここで洗うのならさっきの部屋での行為は必要無かったじゃないか・・・)

結局2度も椎神に不埒な後始末をされてた事実に、ひたすら自分が惨めになる。
ぬるめのお湯が体の至る所にできた傷にしみてくるが、シャワーを浴びたことで麻痺していた体の感覚が少しずつ戻っているのが分かった。
それは悪夢のような世界から現実に引き戻されるようで、認めたくない事実を受け入れろと何かに訴えられているようでもあった。

腕や腰にできた痣は、明日にはもっと色濃くなるかもしれない。
仕事で受けた傷がせっかく良くなっていたのに、また新たな暴力が刻まれた。
それでも傷は治るし、時間が経てば消えてしまうものもある。
でも、心は・・・・・・精神を犯す傷は決して消えることはない。

汗も、泥も、体液も、全てを洗い流し、きれいになっていくこの体。



(あの厭わしい記憶も、全て洗い流せてしまえばいいのに・・・)



椎神に柔らかいバスタオルで水滴をぬぐわれ髪も乾かされながら、虎太郎は昔の自分となんら変わることのない自分がここに居ることを知った。

着せ替え人形で遊ぶように、下着と浴衣を虎太郎にまとわせる。
もう歩けるというのに、本人の意思をことごとく無視して椎神は部屋まで虎太郎を嬉しそうに抱きかかえて行く。

「ご実家には、ここに泊まると連絡を入れましたから。玲子さん、お元気そうで何よりでした」

久しぶりの旧友の再会に盛り上がって、募る話もたくさんありますからと、家に連絡を入れた椎神。それに喜ぶ母親。
昔となにも変わりはしない。

廊下を歩きながら椎神のしたことに不満を抱くが、こんな状態で家に帰っても不審がられて問い詰められるのが関の山。
早く家に帰りたいが、今の状況では帰りづらくもあった。
だからといってここに泊まるのもかなり嫌だ。

「ああ・・・コータ。龍成ですけど」

龍成と名前が出るだけで、体が強張る。椎神にもそれが伝わっただろう。

「京極の本家に呼ばれましたから、2,3日は戻りません。タイミングが悪いですね。どうもあの家は昔から邪魔しかしませんから・・・」

椎神は主の不在を教えた。
タイミングが悪いどころか、龍成がいないと分かっただけで安堵のため息がこぼれそうになる。
明らかにホッとする虎太郎を見て、「嫌われたものですね〜若も」と椎神はクスリと笑い言葉を漏らした。

「お前もだ」

口に出すつもりは無かったが、ボソッと声に出てしまった。
そんな俺に「私達はコータのことが大好きなのに、つれないですね」などと奴は言いやがった。

部屋に戻ると、目を覆いたくなるような血なまぐさい情交の後はすっかり片付けられ、新しい寝床が用意されていた。
布団に下ろされると、隣のふすまがスーっと開き大きなカバンを持った年配の男性が寄って来た。

「あ・・・・」

「久しぶりじゃな虎太郎。元気でおったか」

白髪の頭、笑うと閉じてしまうしわが寄った目、優しく労わるように声をかけてくれる目の前にいる老人は天神会と深い関りを持つ亀山医師であった。

「亀山・・・先生」
「覚えておったか。・・・お前さんは会うたびに布団におるな。まあ、だからわしが呼ばれたんじゃろうが・・・」

医師はそう言って、虎太郎の横に座り浴衣を脱げと早速診察を始めた。
恥ずかしがる虎太郎をよそに、椎神は浴衣の紐をほどき左右に広げ腕から袖を抜き取った。仰向けにさせられ虎太郎は下着一枚で布団に横になり、骨や関節、内臓に異常はないか事細かに全身を触診される。

酷いのは、首、鎖骨、内股の噛み傷。
蹴られた右腕上腕部の打撲による内出血。
擦り切れた両手首。
右足の薬指の裂傷。これが一番ひどいらしい。

「若に随分かわいがられたと見える」
「・・・・・」
「あやつももう少し加減と言うものを覚えればいいんじゃがな」

昔から怪我の絶えない虎太郎を診てくれたのが亀山先生。
ケンカの怪我だけでなく、性的な暴力でさえ区別することなく治療を施した。
組の若様のおもちゃが傷ついたら治療をして、また遊べるように元にもどす。そんなことの繰り返しだった。
男に犯される男を白い目で見るわけでもなく、憐れむでもなく患者には特に感情を出さず、顔色も変えず仕事をこなす。

世話にはなったが、やっぱり虎太郎は亀山が苦手だった。
亀山には知られたくない常軌を逸した自分達の行為を知られている。
龍成にとっては何でもない事かもしれないが、虎太郎にはその後の処理をされることが羞恥に耐えなかった。

診察が終わり、これから治療に入ると言われた時、椎神がトレーに水差しとコップを持って部屋に戻って来た。
亀山が薬を椎神に渡す。
薬を取り出してコップを持ち、虎太郎に飲むように差し出した。

(何だ?この薬・・・)

痛み止めかと思ったが、こいつらの出す物は信用できない。
椎神に目を向け、この薬が何かを聞こうか聞くまいか悩んでいると、

「睡眠薬じゃ」

代わりに答えたのは亀山先生だった。

「肛門の歯状腺や内部の粘膜の内診をする。これは必要な治療じゃ」

亀山の言葉に絶句した。

アナルの内診の後、裂傷や腫れで化膿しないように内部に薬を注入し塗り込むという。
もちろんこの処置は初めてではない。
龍成の無体な性交で酷く傷つき出血した際に昔何度か治療されたらしいが、その時はいつも気絶していたから数度しか覚えていない。

意識がある今、龍成に犯された部分を内診されるなんて・・・絶対いやだった。
あいつや椎神以外に、まだ他人にこの身を曝すなんて・・・それがいくら自分の体を知り尽くした医師であったとしても・・・
虎太郎は浴衣を手繰り寄せ胸に掻き抱き、内診が嫌だと無言で頭を振リ続けた。

「眠ってしまえばいい」

椎神はそう言って、薬を差し出す。

「治療ですから。ね」

顔を上げた虎太郎に優しく語りかける。

たとえ治療だとしてもそんな行為は嫌だった。
脱がされた浴衣を握ったままの手が震えて動かない。
そんな虎太郎の震える口元に薬を運び、開いた口に錠剤を押し入れ水を飲ませる。
冷たい水が糸のように口から零れる。その口元から胸に伝って零れた水を、椎神はタオルで拭き上げた。



結局虎太郎は薬を受け入れた。

薬を飲むしか自分の心を守れる方法は無いと分かっていたからだ。

(せめて知らないうちに、この身に与えられる恥辱が終わってしまえばいい。)

浴衣を握りしめていた手をほどかれ、布団に寝かされる。
下着しか身につけていない体に上から浴衣を覆いかぶせられる。

「眠ったら、また呼んでくれ」

亀山先生はカバンを置いたまま、煙草だけ握りしめて部屋から出て行った。

二人だけになった部屋で椎神は、母親がするように横たわった虎太郎の顔や頭を撫でて怯えを取り去ろうとしてくれた。

何も話さず。

ただ虎太郎の顔を見つめる。

優しそうに、愛しげに繰り返した。



――――― それでも、お前達は俺に・・・ひどいことするんだよな。



だんだんと、意識が遠ざかる。

霧のように霞がかった視界はぼやけてしまって形を成さない。



(ああ・・・・・・灰色だ、また戻ってきたんだ。)



11年という歳月を経ても

何も変わることのないこの世界で

虎太郎は再び

獣たちの再縛に堕ちた。



           『灰色の記憶と龍虎の再縛』    (完)


ご愛読ありがとうございました。
次のシリーズは虎太郎達の小・中学校時代の過去編となります。悲劇のヒロイン?タロの不幸な少・青年時代をお送りします。

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