傷の彩 ※


首筋に残した赤い傷は劣状の証。



薄らと滲み出る血の臭いと味に甘美な刺激を感じ、誘われるように血肉を味わう。それは飢えた獣が獲物に喰らい付く様を彷彿させた。
弾力のある柔らかい肉肌を鮮やかに彩る傷痕は1ヶ所だけにはとどまらず、もがく獲物を背後からはがい絞めにしたまま、シャツの襟首を引きちぎる勢いでうなじの至るところに鬱血の痕を刻み付けた。

まるで獣のマーキング。
触れずにいた長い時間を取り戻すかのように噛み、舐め、吸い、味わい執拗に奪い尽くす時間が続いた。



「いっ・・・・ぅ・・」



自分の血の匂いが鼻腔をかすめる。
ズキズキと痛みや熱を持つ肌に、その分だけ無数の噛み傷が付いているのかと思うとゾッとし、むしゃぶりつくような猛襲にこのまま肉片を喰いちぎられてしまうのではないかと恐ろしさに体が小刻みに震えた。





「見ろよ」


うな垂れるその顎を掴み、無理に顔を向けさせた先には美しい光の華の群れ。闇夜にはじける真っ赤な花火は、暗い室内とそこで絡み合う2人の体も同時に赤く染めていた。
だが噛まれた深い傷が痛くて花火どころではない虎太郎は、華を視界に収めることもなく硬く目を閉じひたすら与えられる痛みに耐えていた。そんな弱々しい様子を堪能しながら鼻の奥でクスリと笑う獣は、青白くうなだれるうなじから漂う血の芳香に誘われるように唇を這わせ、下からベロリと舐め上げた。

「・・・っ・・い・・・・・・あ」

背中からシャツを引き上げると、首をこする布地に痛いと悲痛な声が上がるが、それも無視して引き裂きそうな勢いで体から衣類を剥ぎ取っていく。

エアコンの冷気が纏う物を無くした素肌を冷たく撫で、寒さに鳥肌が立つ。肌を這う舌は熱いのに、それが去った後の皮膚は冷気に冷まされより一層冷たさを残した。
冷めた肌に落ちる熱気を帯びた熱い口付け。
その温度差に、熾烈な甘噛みを受ける肌が波打つように粟立った。

「・・も・・・・・・っ・・・りゅ、」
「ここだけじゃ足んねえ。・・・・・体中に付けてやる」
「やだ、やだ・・・・・放せ!・・・っつ・・・ぐぁ・・・・」


右肩にグチッと、肉を噛む音が落ちる。


「ぐっ・・・・あ・・・い・・いた・・・・・・・!」


そして二の腕に、次は背筋に、左肩に・・・弱く強く、優しく激しく、そして冷たく熱く・・・
露わになった上半身を背後から噛みつける場所はその全てに牙を落とすつもりで、龍成は拒絶の言葉など耳に入っていないかのごとく、虎太郎をはみ着実に弱らせていった。
吸い上げ、噛みつき・・・・・赤く、青く、紫色に浮き上がるうっ血痕。
その痕が増えるたびに、自分の物になっていくような妄執に囚われ、龍成はひたすらその行為に酔いしれ痛みを与え続けた。



虎太郎の口から漏れる痛みに呻く声が、自分を高揚させる。
痛めつけたいわけではないし、苦しめたいわけでもないのに噛む行為が止められないのは、虎太郎の必死に耐える様を見るのが好きだからだ。
楽しくてたまらない。血が騒ぎ、己を昂奮へと導くその表情を目にしたくてたまらなくなる。
嫌がる虎太郎の顔は何よりもそそり、可愛いとさえ思える感情を自分に植え付ける。
この歪んだ気持ちが性的な歓びへと繋がっているのを龍成は知っていたし、そんな自分がおかしいことも十分自覚していた。

おかしくても構わない。自分は欲望の赴くままにしたいことをするだけだった。

到底相手が受け入れてくれるなどとは思ってはいなかったし、好かれているとももちろん思ってはいなかった。嫌われていることに自信はあったが、面と向かって「嫌いだ」と言われるのはさすがに気持ちのいいものではなかった。
それを言葉にされた時、大事にしても所詮理解できないものが互いの間にあることを思い知り、それならばこれ以上待つ必要が無いと思い至った。

大事にしてやりたいのに傷つけもしたい。

優しくなんて性に合わなし、こんな行為はどう扱っても辛い痛みしか与えない。

でも、欲しくてしょうがないから、壊してでも自分の思い通りにしたかった。


やっと手に入れたお気に入りのおもちゃで遊ぶ子供。
そんな子供じみた感情で虎太郎を手に入れようとしている自分に嘲笑しつつも、高まる勢いは奮い立つばかりで、腕の中のおもちゃを抱きしめる腕には一層の力が込もった。






バババン・・・・・




外界ではクライマックスに向けて一斉に花火が上がり始め、その連続して起きる激しい音は2人の荒い息づかいと衣ずれの音を消していった。






「っ・・あ!」

「痛えばかりじゃ、いい思い出とは言えねえからな」



龍成の指先が、胸の突起に伸びる。冷気に触れ硬くピンと尖った小さいそれを指の間で挟みつまみ上げると、喉の奥でかすれた声を鳴らしたがその声は花火の音にかき消された。

「や・・・!さわ・・」

龍成の触れる手を阻もうともがく虎太郎に軽く舌打ちした龍成は、虎太郎のベルトをバックルから外し引き抜くと、行為を阻む邪魔な両腕を一掴みにしてベルトを巻きつけ始めた。

「やだ!何す・・・、」

「暴れると皮膚が切れる」

「ならやめ・・」

「痛いのが嫌なら、せいぜい大人しくしてろ」


散々噛みついて虎太郎を傷付けていると言うのに、他の物がこの体に痕を残すのは好まない。傷を付けていいのは自分だけだとでも言うような横暴な言い草で、バックルにベルトを通し手首をきつく締め上げた。
長く伸びたベルトの先を掴んで引き寄せると、吊り上げられた腕がきしみ、硬い合皮が手首に食い込み新たな痛みが増した。
そしてその拘束した手を唇に引き寄せると、擦れて傷む手首に口づけを落とし、吸い上げ肉をはみ新たな印を刻んだ。


「い・・いた・・・・。も・・・や・・だ・・・・・・ひ・・あっ!」


下腹部に伸びた手が、ジーンズの上を這い体の中心部にたどり着く。
股間に触れた手の指先がジーンズの下に潜む虎太郎を確かめるかのように2,3度そこをこすると、場所が場所だけに虎太郎は不快感と驚きに声を上げ体をこわばらせた。無骨な指が片手で器用にジーンズのボタンを外し、ファスナーを引き下げる。ピッチリと体にフイットしていたジーンズが緩み圧迫感からは解放されたが、それは欲望をたぎらせた男の淫らな視線と荒ぶる指先の侵入を許すことにしかならなかった。


「や・・・・・・なにす・・・・・・・」

「気持ちよくしてやる」

「っ・・・・そんなの・・やだ、やめろって・・・りゅうせ・・・やだ、だめ!・・っあ!」


強引に下着の中に潜り込んだ指が、素肌の上を滑り虎太郎の縮こまった性器を直に捕えた。

「ぅ!・・・・・・ぁ」

やんわりと性器に触れた男の手は、熱を持ち燃えるように熱かった。


「っう・・・・やぁ・・」

「昔剥いてやったよな。ふっ・・・少しは様になってんのか。女を抱けるくらいにはココも立派になってんだろうな」


耳に唇を寄せ、耳朶を口に含み囁く龍成の吐息が熱い。耳朶をねぶる舌の動きと、性器を擦る指の動きがそれぞれ違ったリズムで刺激を与え、その異様な感覚に拒絶を表す体がまた強張る。



そこは他人が触れていい場所ではない。



そんな大事な部分を握られて、慄き腰を引いて逃れたようとしたが、その動きは背後から自分を抱く男に体をすり寄せることにしかならなかった。
縛られた手で下着の中を自由に動く手をどけようと試みるが、その手は簡単に引き上げられ遠ざけられてしまう。抵抗する邪魔な腕を封じた龍成は、抵抗したことへの仕返しと言わんばかりに、手の中に収めたペニスに力を込めてギュッと握った。

「いっ・・・」
「大人しくしてろって言っただろう。クソッ、邪魔だな…」
「う・・・・あっ!」

抱いていた虎太郎をソファーに横倒すと、愛撫に邪魔なシーンズと下着を一気に膝まで引きずり降ろす。そして暴れる脚を押さえながら靴を脱がし片足ずつジーンズを取り去った。




纏う物の何もない虎太郎の、腕に筋肉が少しだけ付いた細身の体は、打ち上がる花火の光に照らされてその肌には七色の光がしみ込むように降り注ぐ。七色に染まる妖艶な肌を上から眺め追いつめた獲物を見定めるような視線を落とす龍成は、自らもシャツを脱ぎ捨てた。

引き締まった筋肉で覆われた、もう大人のような立派な体躯。広い肩、太い腕、盛り上がった均整のとれた筋肉。貧弱な自分とは何もかもが違うその鍛え上げられた体が、怯えて横たわる自分に影を作り覆い被さってきた。

素肌に直接触れる龍成の体温が、更なる不安を掻き立てる。
裸体に触れる手が胸を這い、胸を隠す邪魔な腕を取り払うと、舌舐めずりした唇がそこに落ち食する者を味わい始めた。


「や!・・・・・・・・・・・・・・・・ぅ・・・」


チュッと乳首を吸い上げられ、口の中でニュルリと尖った先端を転がされると、ザラついた舌と唾液の滑った感触に左の胸からゾクリとした不快感生まれた。それは味わったことのある感覚で、思い出すと同時に胸にせり上がって来る嘔吐感に、縛られた腕を口に当て、切羽詰まった声を漏らした。

「う・・やめ・・気持ち・・わる・・・・・・・・・うぁ・・」

「慣れろ。そのうち気持ちよくなる」


(気持ちよく・・なんか・・・なるはずがない・・・だって・・こんなに・・・)


「はぁ・・ぅ・・!」



閉じた瞼に走馬灯のように映しだされるのは、忘れたい記憶。

一年前のことが未だに尾を引くのは、それだけこの身に受けた傷が深く心に影を落としている証拠だった。
男達の暴力に体が痛みで麻痺し、その後行われたレイプの記憶はほとんど無かったが、それでも体は複数の手に襲われた感触を忘れてはいない。
胸に、性器に、そしてもっと体の奥深くに触れられた認めたくないあの感触。記憶にはなくても、体が覚えている忌まわしい虜触体験。





あのとき自分を救ったのは龍成なのに。


そのことにどれほど感謝したことか・・・


しかし今、自分にあの記憶を再び蘇えらせそれ以上の恐怖を伴う行為を強いるのも・・・・・龍成だった。




「な・・なんで・・・ど・・して・・・」




乳首に纏わりつく熱い舌のくすぐるような動きは、何とも言い難いもどかしい感覚だった。心臓に近い部分を舐められるせいかその刺激は血液が巡るように、ズクンとした妙な感覚も一緒に全身を廻り広がっていった。




「ひっ・・・くぅ・・・あ!!」


熱く遊ぶようにねぶる愛撫が一転、切り裂くような痛みに変わり、胸からズキリと新たな疼きが生まれた。
乳首の周りに浮き上がった楕円状のうっ血。くっきり残ったその赤い彩は龍成が刻んだ新たな所有の痕。模様のように傷で彩った傷痕が散らばる体を見降ろして、龍成は体に散らばる模様に満足げに笑みを漏らした。



「ああ・・・・そうだった。先に、気持ちよくしてやるって言ったな」



自分の楽しみに興じてしまい、虎太郎を悦ばせると言った台詞をすっかり忘れていた龍成の視線は、痛みと恐怖によりさっきよりも縮こまったかわいそうな下半身に注がれている。
薄い茂みの奥でチョコンと蹲るそれを乱暴に鷲掴むと、虎太郎の全身がビクリと震えた。

「さ、さわんな、そんなとこ」

「男ならここを扱かれて気持ちよくねえ奴はいねえ。タロもすぐによくなる」

「や、そんなの・・・!」

押さえられて動かせない腕の代わりに腰を捻り脚を閉じて阻止しようとしたが、股の間に割って入られ脚に体重を掛けられるともう脚を閉じることさえ出来なくなる。
開かれた脚の中心を捕えていた手は指でリングを作り、小さな肉芽の根元を握った。それが強弱をつけて付け根を搾り、硬さを持たぬ軟肉を弄ぶように扱き始めた。

「っ・・・うあ・・・・」

「素直に受け入れればいい。あのキスと同じだ」


龍成の低い声さえもがペニスを扱く手に伝わり、勃起を促すかのように振動を与えた。



――― キスと同じ・・・



実家で強襲されたときのあのキス。
あのとき自分は龍成のキスに感じた。
決して受け入れたのではないのに、否定し続けた頑なな意思さえも、あの熱く荒ぶる、でも優しく落ちる口づけに溶かされてしまった。

あのキスを思い出し、あのときのように体の中でふつふつと沸き起こった熱い快楽の芽がまた体の中で芽ぶき、自分では押さえの利かない感覚がくすぶり始めてしまった。




―――― 怖い!




「あ・・ぁ・・・・・・ぁぁ・・・」




自身では制御できない、出どころの分からないその感覚が怖くてたまらない。
一度生まれてしまったその感覚は、龍成がその行為を終わらせるまでは途切れることが無い。自分ではどうしようもないことを身を持って知っている虎太郎は、逃げなければと頭の中では思うのだが、手は拘束され、脚には龍成自身が体重をかけ、どうあがいても自分の力だけではあがらえない窮地に追い詰められていることを自覚するほかなかった。



やんわりとペニスを握り込み、ゆるい包皮を伸ばしながら芯を持ち始めた部分に力を入れて擦ると、意思とは反して快楽に弱いペニスがピクリと龍成の手の中で予想通りの反応を示す。

自分の性器の変化を感じ始めた頃、虎太郎は右の胸にも新たな別の刺激を感じ、力なく目を開けると再び赤く濡れた舌で乳首をねぶる龍成の暗い影が見えた。




(そうだ・・・これは・・・・・・)




あの冬の日も、そうだった。

あの日もこうやって・・・体を重ねていた。

違うのは・・・




「痛みと快楽と・・・・・・どっちもいいもんだろう。慣れればこれなしじゃいられなくなるかもしれねえな。試してみようじゃねえかタロ。どこまで気持ちよくイケるか」


「っ・・うあ・・・・・ん・・んん・・・・あぁ・やぁ・・・・・や・・・だ」



違うのは・・・



龍成の眼。





獲物に狙いを定め、喰い尽くそうとする欲望を隠そうともしない、恐ろしいほど攻撃的な目つき。






胸を飾る小さなピンクの尖った雌しべような花先は、その周りに赤い彩を刻みつけられ、花弁が散るように鮮やかな模様を痛みと共に刻まれる。
そして手の中で早急に高められた性器はその形を反り返る雄に変化させ、ピンク色の亀頭からは薄らと透明の液を滲み意識とは間逆の快感に打ち震えていた。






――――― 痛みと快感






同時に与えられる相反する激しい刺激に、虎太郎の体は壊れたおもちゃのようにガクガクと打ち震え身悶えた。

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あきゅろす。
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