ちー先輩と巨人
「疲れたか綾瀬、初めての交流会はどうだったかな?」

にこやかな佐久間先輩とは間逆のげっそりとした表情で、虎太郎は声の主を振り返った。どうもこうもない。このハイレベル。俺の英語力がまだまだなこと、そしてついでに自分がいかにパンピーなのかを今日は思い知った。



英会話研究会が月に一度参加すると言う定期交流会。庶民の俺からすると結構いいレベルだと思えるホテルに、都内の部活やサークルが集まって交流するこの会は、本場ネイティブの留学生もたくさん参加していて会場に入った途端英語がバンバン飛び交っている。参加費って・・・入部のとき収めた部費5000円で賄えているのかどうか不安になった。

ここでは英語が当たり前。日本語で会話をしている人の方が少なかった。開会行事が終わればそれぞれあてがわれた部屋に学校ごとに分かれてコミュニケーションゲームと題した交流会が開かれる。レベルの高いワークショップ方式。周りはみんな上品で、どこぞの金持のご子息様やお嬢様っぽい人ばかり。制服なんてしわ一つないぞ。俺に話しかけて来た奴なんて「どうぞ椅子に座って」と英語で流暢にしゃべってその仕草がなんとエレガントなことか。あなたはもう、英国紳士ですか?と思ったくらいだよ。育ちが違うとこんなにも優雅に見えるんだなあ。

それに英会話だけじゃなくてここでは海外留学を希望する生徒に、自分の学力や家庭の経済力に合った留学スタイルを紹介する説明会やテキスト配布なども行われている。中には保護者も参加して熱心に子どもの留学先を検討する家庭もあった。



(姉ちゃんは勢いで留学したよな・・・)

大学生のとき、急きょ思いついたようにバタバタ渡米した蝶子姉のことを思い出す。もともと計画性のない蝶子姉は渡米した後も世界各国を渡り歩き、女だてら海外でバイトしては生活をやりくりすると言う恐ろしいほどのバイタリティーを持った生活を送った。親が多くの金を出さないと言うケチなところから始まった奇怪な行動だったが、自分の目的に向かって常に完全燃焼できる蝶子姉は、兄姉の中でも一番仲がよく一番自分にかまってくれたおかしくも優しい姉だった。
そんな蝶子姉がエリート官僚がひしめく省庁に入って、通訳なんてまともな仕事に就けたのも海外留学のおかげだと思うと、自然と自分も英語とか留学とかに興味を抱いてしまうものだった。



3年の先輩たちはさすがだった。ものおじせずにペラペラと話している。千加もニコニコしながら会話している。いつものおちゃらけた雰囲気は無い。千加がいいとこのお坊ちゃんに見える・・・いや、実際お坊ちゃんなんだけど。さすが海外留学経験があるだけあって千加は余裕の表情だ。たどたどしいのは俺と新1年2人。交流会が終わるころには心身ともにへたばっていた。



「まあ、初めてはこんなもんだ。次からはもう少し気楽に参加できるようになるさ」
「はあ・・・」

「しっかりしてよ、こたろー。このあとが今日のメインでしょう」
「メインって何だ?」

佐久間先輩の勘ぐる声に、千加は戸惑いもせず疑惑の言葉を言い放つ。

「僕とこたろーはこれから熱々デートでーーーす!あ、でもコレ極秘ね。内緒だからね先輩」

デート・・・間違ってはいないけど、そういうことは人前で言うことではないと思ったが、千加は気にする性格ではないので、佐久間先輩の興味をそそるようにわざと誇張して言う。

「僕とこたろーはラブラブなんだから、邪魔しないでくださいね!」
「お前、一体何人にかまかけてるんだ?」

「失礼だなぁ哲也先輩は。僕は好きなったら一途なの!先輩こそあっちこっちフェロモンまき散らして収拾付かなくなってるんじゃないですか」

この2人の会話は、部室で初めて聞いた時もよく分からないところがあったが、未だに意味を介せない言葉が行きかっていることがある。今がまさにその状態だった。

「俺は千加ほどファンはいないさ。まあ、綾瀬、千加のファンクラブに制裁されないように適度なところで止めとけよ。特に最近デカイのがくっついて回ってるからな。あれは気をつけないと穏和に見える奴ほど、キレたらやっかいだからな。さすがの綾瀬でもてこずるぞ」
「・・・・・・・はぁ?」

デカイのって何だ?それに適度なところで止めろって、何の事でしょうか先輩。心配というよりはからかいの方が多くを占める言動に、佐久間先輩もけっこう厄介な人だなと思った。

「そんなことないですよぉー哲也先輩、あいつは僕の言うことには絶対服従だからそんな危険な事はさせませんって!それじゃ僕達行きますね」

俺には意味のわからない2人の会話に千加は終止符を打ち、2人で駅を目指した。




そう、今日の予定は午前は交流会。それが終われば午後は佐藤さんとの・・・デートだった。部活が終われば三々五々。みんな一緒に学校に帰るわけでもなくその場で自由解散だった。たとえ信頼している佐久間先輩と言えども、女の子とデートと言うのは秘密だった。どこから話が漏れるか分からない。だから千加が自分とデートだと、先輩に偽ったのだ。嘘をつくのは後ろめたいけど、仕方が無かった。



あれ以来俺は、極悪ツインズとはほとんど接触していない。



怪我の具合を聞かれることはあったが、あいつらが近づこうものなら千加が非常線を張って追い返してくれたし、教室から出ることもなくなるべくクラスの輪の中にいた。
怪我のおかげで喧嘩には誘われないし、一度飯だとメールが入ったが「飯」じゃなくて「餌」だろ!そんなもん誰が食うかと、嫌味をたっぷり込めて送り返したらそれ以来連絡は来なくなった。
少しは自分が言ったことやしでかしたことで、俺が傷付いていることに気づきやがれ!!と俺も強気な態度を崩さなかった。それに・・・千加から聞いたことが本当かどうかは分からないが、俺の事を好きとかいう妙な考えを持っている可能性が浮上した龍成になど今まで通り普通に会えるはずもなく、どこまで避けられるかは分からないができる限り会わないように心がけていた。

嫌な事は早く忘れる。
昔から嫌な思い出の方が多い俺が得意とするこの方法を今は駆使して、楽しいことを考えることに専念した。




コインロッカーに預けていた着替えを取りに千加と駅に向かう。制服で会うのは目立つので嫌だったからさっさと着替えた。

「あ、いたいたおーい。ここだよ〜」



千加が駅前のロータリーに向かって大きく手を振ると、バイクが近づいてきた。
バイクから降りた奴は俺より優に20センチくらいは高かった。・・・・・・・・・・デカイ、何だこのデカさは。身長だけなら龍成より高いだろう。

「ちーっす」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う、」

随分上から虎太郎を見下ろす背高のっぽの男は、挨拶らしき言葉を発するとひょっこり頭を下げ礼をした。

「ちー先輩。俺腹減ったっす」
「お前、口を開けば腹減っただね。それ以上成長してどうするつもりだよ。見ててうとおしいよ」
「ひどい!ちー先輩。うっとーしいなんて・・・・・・・・」

デカイ人間が小さい千加の前でうそ泣きしてモジモジいじけている。見た目はデカくて威圧感があるのに、素振りや話し方は完全に千加の下手にでている。そんな妙な男が今度は虎太郎に視線を移し、真面目な顔つきでしゃべり始めた。

「あ、初めまして。1年の小森・エリック・敬人・サンドルです。小森敬人(ケイト)でもエリック・サンドルでもお好きな方で呼んでください・・・あーー・・・綾瀬先輩って呼んでいいんっすかね?」



人見知り警報発令!!その巨人を前に虎太郎は固まった。



(このデカイのは外人か?顔は日本人離れしてる感じがするし、でも、日本人ぽいようなところも・・・日本語しゃべってるし・・・)



「デカイ図体とデカイ声でこたろーを威嚇しないでくれる。ばかケイト!」
「威嚇なんかしてねーっす。大事なちー先輩の親友さんです。しかも三悪さんです。尊敬してます。・・・ありゃ?綾瀬先輩?もしもーし」


「はっ!」


「ごめんねこたろー。変な奴と会わせちゃって。早々に連れて帰るから。ほら、ケイトこれこたろーの制服そこに入るかな?」

外国人っぽい奴は、メットインを開けて、ヘルメットを出すと千加に渡し、その中に虎太郎の制服の入った袋をギュギュッと詰め込んだ。

「ちょっとしわができるかもしれないけど、帰ったら直ぐに出してハンガーにかけとくから」
「あ、ありがと・・千加」

「いいよ、これくらいお安いご用さ!じゃ、こたろーはデート頑張ってね」
「あ・・う、うん」

「およ、綾瀬先輩これからデート?俺達もこれから寮に帰った後デートっす」
「うるさいよケイト。ほら、さっさと出しな。じゃあね〜こたろー帰ったらいい話聞かせてね」

そして千加はウインクして、慣れた感じでバイクの背にまたがった。大きな音を立ててあっという間に巨人と千加を乗せたバイクは走り去った。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ。
別れてからやっと、思い出した。




あれは・・・千加に告白したとか言う、見た目は合格点をもらえた1年だ。
見るのは今日が初めてだったが、話にしか聞いたこと無かった男は確かハーフとか言ってた。色仕掛けで研究会に勧誘したが、掛け持ちできないバスケ部を選んでしばらく口をきかなかったとかいう千加の・・・・・・・・か・・・・・彼氏ぃ?


「男同士・・・で、か?」


以前から千加のそういった交際関係は耳にしていたし、友達以上に付き合いの深そうな奴も居たことは居たが、面と向かって御対面したのは初めてだった。しかし不思議と龍成の自分に対する気持ちを知った時は思いっきり引いたが、千加があの1年と一緒に居ることに関しては、驚きはしたもののそれを気持ちが悪いとか止めさせようとかは思わなかった。



何でだろう。
自分の事じゃないから・・・かな。



千加はかわいいし、2年のアイドルだし、恐ろしいことにファンクラブも存在するし、男に黄色い悲鳴が上がることのある蒼谷でのおかしな環境が、自分をそう納得させるのかもしれない。
でも、デートって・・・男2人で何処行くんだろう。飯?映画?ゲーセン?
デカイ男の後ろにメットをかぶってタンデムして、私服だったら女の子乗せてるみたいに見えるんだろな。
女の子みたいに・・・
そこで虎太郎はまた妙な妄想に陥ってしまう。


あれを自分に置き換えたとしたら、デカイ方が龍成で、俺は・・・・・・・
さっきの2人のようにデートとはばからず公言し、龍成に寄りそう自分を想像した虎太郎の顔はみるみるうちに青くなった。
肩に腕を回されたり、腰を抱かれて歩いたり、今まであまり気にならなかったうっとおしい有様を目に浮かべるが、今はそれがもう不気味なものにしか映らない。何で今まで好きにさせていたのだろうと、自分自身にも腹が立ってきた。



「おえーーーー」

あ・・・ありえん。
千加・・・やっぱお前もそれで・・・・・・・・・・大丈夫なのか?


『およ、綾瀬先輩これからデート?俺達もこれから寮に帰った後デートっす』


さも嬉しそうに顔をほころばせたあのデカイ1年。悪い奴じゃなさそうだけど、これからあの2人はどう言う付き合いをして行くつもりなんだろうか。今現在どう言う付き合い方をしているんだろうか。
龍成がするみたいに、俺の知らないところで実はベタベタと・・・


「おえーーーーーーーーーっ。だめだっ、他人でも想像不可だ」


千加がかわいい分、寄りそう2人は自分よりも画的には随分ましだったが、それでも駄目なものは駄目だった。それに勝手にイチャイチャしている場面を想像して、何だか千加を穢したようで悪いな・・・とあらぬ妄想を抱いたことを心から反省した。

あれが男じゃなかったら、大歓迎なんだけど・・・
サンド・・・森?何だっけ・・・
驚きが大きすぎて、名前など既に頭には残っていなかった。

帰ったら、千加の恋愛観を聞いてみようと、虎太郎は頭から妄想を振り払い駅の構内に向かって歩き出した。

[←][→]

53/72ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!