千加の爆弾発言(2)
次々と語られる耳を疑いたくなる発言に、終始顔を赤くしたり青くしたりして戦々恐々する虎太郎。しかし千加の表情は真剣で、ふざけて言っているようには見えない。
だけど・・・これに関しては「冗談だよ!」って言ってほしかった。
いつもみたいに笑って「今のは嘘だよぉ〜。本気にした?やだなぁこたろーは、直ぐに信じちゃうんだから〜・・・」って言ってくれないだろうか・・・・・

しかし、・・・虎太郎がどんなに期待しても、千加の表情はやっぱり変わらなかったし、言ったことを訂正もしなかった。訂正どころか不穏な発言がまたもや飛び出す始末だった。




「僕はすぐに分かったよ。京極はこたろーしか見てないし嫌になるくらい独占したがってるしさ、キスマークなんか付けて僕にまで牽制するくらいだしね」
「キスマークッ!?何だそれ!」

「それに気づかないのが・・・こたろーが京極に喰われそうになる所以だよ」

それはいつの事だと、千加に詰め寄って話を聞けばなんと初デートの日にまで話が遡った。だってキスマークなんて知らない、付けられた記憶は無い、そんなのは初耳だった。自分の知らない事実が次から次へと出て来て、パニックになる頭の中に不遜な顔をした龍成が浮かぶ。

千加が言うように本当に龍成は、自分に対してそんなおかしな気持ちを持っているのだろうか。
龍成が自分を・・・・・好きだなんて、信じられなかったしもちろん信じたくもなかった。
嘘だ・・・間違いだ・・・そんなことあるわけがない。不合理だ、非生産的だ、そんなのいいことなんて何もない、お先真っ暗だ!

「そ、それって・・・・・千加の勘違いじゃないかな。だって俺、いじわるばっかされてきたんだぞ。普通その、好きとか言うならあんなことするかな・・・。本当にもうこれでもかってくらいいじめられて、酷いことされてきたし」
「好きだからいじめたくなるってのが見え見えなんだよ。京極の場合その度合いが半端ないから怖いよね。好きだから噛みつくとか、もう愛情表現としては最低最悪だよ。どうやったらそんなに偏った成長の仕方するんだか。進化の過程が謎だよ」

椎神が以前、親の愛情がどうとかって言ってたけど、あのまともじゃない家庭環境があいつらみたいな性格のねじ曲がった、常識ってのがごっぞり抜け落ちた性格破綻者を生み出すのだろうか。


「でもな、千加。本当にす、好きとか・・・そんなこと思えないくらいすごかったんだって。小学校の時なんか橋から突き落とされたり、何時間も用具入れに閉じ込められたり、縛られて放置とか、プールに沈められたり、砂浜に埋められたり木に吊るされたり・・・・・・」

虎太郎の激白は止まらない。とめどなくめどなくあふれ出て来る、非道の限りを尽くされた幼少期の酷な思い出。極悪ツインズの度を超えた悪行三昧に、聞いていた千加もそのうち気分が悪くなった。そんな目に遭ってよく虎太郎はこんなに純粋に育ったな・・・とそれが奇跡に思えてならない。普段あまりしゃべらない虎太郎の口がこの時ばかりは饒舌だった。悲しいくらいに・・・

「・・・・・もういいよこたろー。愛が極悪すぎて痛い。そこまで構い倒したいかね、京極は・・・」

数々の虐げられた記憶はまだまだある。それを聞けば千加だって、あいつの気持ちが勘違いだと分かるはずだ。

「中学なんてもう好き放題に噛みまくるは人の体に・・・」
「体に?何さそれ、こたろー!まさかもっと変な事されたの!」

「・・・・・・・・えっと・・・・」


・・・そこまで口にして虎太郎は話すのを止めた。あまりにも酷過・・・・・・・・・というか恥ずかしすぎて話せないことがあるからだった。
親友だと思う千加にだからこそ言えない、言いたくない、知られたくないことがある。それは・・・
理由もなしに毎日のように噛み付かれ、ケンカに引っ張り回されただけではなく、負けたら罰とか言ってハレンチなことをさせられたことだ。風呂場で剥くだの剥かないだの変ないたずらをされたことだってあったし、乳首がピンクとか言ってはがい絞めにされて舐められたこともあったが、そんなこと千加に説明などできない。恥だ。そんな事をされた経験があるなど、自分まで変な奴だと思われそうで言えなかった。



極めつけは受験前の・・・・・・・・・・「記憶にありません」事件だろう。
あれは口が裂けても言えない。心の一番奥底に重りを付けて沈ませてある、淫靡な記憶だ。
ん・・・・待てよ?あれももしかして・・・




――― 龍成は、あの時の事を本当に覚えていないのだろうか。




ふいにそんな疑問が浮かび上がった。

あんな卑猥な事を人に強いておいて次の日、あいつは「記憶にねえ」と言い切った。でもあれが熱発のせいじゃなくて、龍成の意思でやったことだったとしたら。
あの夜の事は虎太郎のまだそれほど長くない人生において、忘れたい事件ナンバー5の1つに入る。自分があの時どれほど落ち込んで悩んで泣き尽くしたか。友達だと思っていた奴に不埒な事をされて怖くて悲しくて、それでも病気だったからって、だから仕方が無いんだって椎神に慰められて・・・・・・
まさか椎神の奴・・・あいつもグルなのか?




知らなかったことをたくさん知って、事実を突き付けられて、自分が思っていたことが根底から覆されていく。何が本当で何が間違っているのか、何が真実で何が嘘なのかが分からない。疑い始めたらきりがない。それがあいつら相手の事ならなおさら疑惑は深まるばかりだった。

「俺はずっといじめられて来たから、好きとか、そんなわけ・・・・・・そんなわけないよ」
「認めたくない気持ちも分かるけどさ、こたろーはそう思っても実際あいつは何をした?車が止まらなかったらあいつ最終的にこたろーに何したと思う?椎神も運転手だって誰も助けてくれなかったんでしょう」


もし、車のドアが開くと言うハプニングが起こらなかったら。
もしあのまま嫌がらせだと思っていた行為が続いていたら・・・
噛みつかれて、触られて、あんな卑猥なことされて、その後は・・・・・・その後って・・・なんだよ・・・


ゾッとして体が震えた。その後なんて想像するのも嫌だ。
信じられない。あいつが・・・あいつが俺の事を・・・
そういう目で見てたってことが。



まだ信じたくない。認めたくない。認めるのが怖い。



「好きじゃなくてさ・・・えっと・・・嫌いだからした・・・・・・・・とか」
「嫌いだったら8年も纏わりつかないでしょ」

「でも・・・そうだ!!俺、首絞められたことだってあるんだけど、」
「ああ、・・・・・・・・・・殺したいほど好きなのかもね。ハードだ、S侯爵すぎ・・・」

認めたくない虎太郎は考えられる別の答えを必死に探すが、それはことごとく否定された。千加の言葉は間違ってはいないのかもしれないけど、今は虎太郎を奈落の底に突き落とすだけの辛い事実だった。




「本当はこんなことになる前に、こたろーに言おうって何度か思ったんだけど、でもきっと京極がそんなこと考えてるって知ったら・・・・・ショックだろうと思って。ごめんねこたろぉー」

早く言えばよかった・・・と暗い表情で謝る千加はもう怒りを通り越した、消沈した面持ちで虎太郎に頭を下げた。

「なんで千加が謝るんだよ」
「僕がいろいろ考えてないで、さっさとこたろーに言えばよかったんだよ。そしたらこんな事にはならなかったかもしれない。怪我までして・・・ごめんね」
「違うよ、千加は悪くないって。怪我したのは俺自身のせいだし、そりゃ原因はあいつらにあるけど、俺だってあいつらのこと・・・・・もっとちゃんと考えるべきだったんだ」
「ねえ、こたろー」
「ん?」

千加の神妙な顔に嫌な予感がした。悲しいことにこういう予感は結構当たる。



「そこでなんだけどね」


改まった千加の口調に、虎太郎はゴクリと生唾を嚥下して、千加の顔をじっと見て身構まえた。


「・・・・・大きな問題にちゃんと向きあってほしいんだけどね」


衝撃的な龍成の自分に対する気持ちだけでもすでに頭と心のキャパが満杯なのに、千加はまた厳しい顔をしてどう考えても悪い話を提示しようとしている。これ以上嫌な情報はシャットアウトしたかった。



「こたろーが好きなのはおさげでしょ」
「・・・う、うん」

「じゃあもちろん京極の気持ちなんて、受け入れるつもりはこたろーには・・・」
「そ、そんなもん、あるわけないじゃんか!」

虎太郎は叫ぶように、咄嗟にそう言い返した。



・・・そうだ。
つまりはそういうことになるのだ。



つい数時間前には、佐藤さんの事を龍成に話そうとしていたお気楽な自分を思い出してブルッと震えが走った。
『しゃべっちゃだめだからね』
やっぱり千加は感づいていたんだ。だから俺に怒ってまで念を押した。好きな人ができたことを気づかれてはいけないんだって。


「こういう場合って・・・はっきりと龍成に言った方がいいのかな。その・・・好きな人がいるからそういうの困るって、いや、それよりもそういう感情はおかしいって・・・」


それについては千加も悩むところだった。隠し通せるものならそうしたいが、それが簡単にできる相手でもない。特に椎神なんかは虎太郎のいつもと違う些細な言動に対して、すぐに不審を抱くのではないだろうか。虎太郎は嘘や隠し事ができる性格でもない。少しでも口を滑らせたら、あいつの誘導尋問に引っかかって芋づる式に吐かされてしまうだろう。

「・・・少し様子を見た方がいいかもしれない。京極にNOを突きつけるわけだから・・・何が起きるか想像もできないよ」
「こ、怖いこと言うなよ千加!」
「・・・僕だって正直・・・怖いよ。とにかくしばらくはあいつらと顔合わせないようにしよう。何か言われても無視だよ、無視!」

今は何もせずとにかく当らず障らず、穏便に過ごすほうがいいと2人は結論づけた。

「・・・分かった。ケンカに誘われても怪我してるからってなるべく会わないようにする」
「うん、そうしよう。これからはもっと慎重に行動しないとね。絶対気付かれにようにしなきゃ。もしばれたらこたろー・・・・」



なんでこんなことで寿命が縮まりそうなくらいビクビクしなきゃいけないんだろう。どうして俺なんか・・・・・・・・・・

これが自分達の勘違いだったらいい。


『好きだって?何勘違いしてんだ。バカかてめえは。気色ワリイ』


そう言ってはくれないだろうか。あれはやっぱりただの嫌がらせなんだって。
友達、親友、悪友、腐れ縁・・・・・・・・・百歩譲ってもう飼い主と下僕でもいいから・・・妙な感情はマジで勘弁してくれ。

一度は認めたはずの虎太郎はまだ逃げ道を探して、肯定できそうな答えをいくつか考えてみたが、そのどれも今の状況に上手く当てはまるものでは無かった。




出会って8年目にして、


微妙な上下関係のもとに成り立っていた「友達」だと思っていた位置関係が、


許容不可能な「異質な感情」の出現により、


少しずつ崩れていく音が聞こえ始めた。

[←][→]

52/72ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!