千加の爆弾発言(1)
「・・・・・・・・・ただいま・・・」

「あ、おかえりこたろー。映画どうだっ・・・・・・・・・こたろおぉぉー!???」

寮に帰って来た虎太郎を目にした千加は、驚きのあまり食べていたお菓子を取りこぼした。手首から指先までグルグルに巻かれた包帯、首にもべったりガーゼや絆創膏が貼り付けられていているという、ただ事ではない状態で帰ってきたからである。
映画を見に出かけたはずのに、何故こんな怪我をして帰って来たのか。もしかして出先で絡まれてケンカでもしたのだろうかと、千加はすぐに駆け寄った。



「何この怪我、こたろーどうしたのさ!」
「あ・・・・。うん。ちょっと、いろいろ・・・・・・・・あってな」
「いろいろって何さ、ちゃんと説明してよ」
「・・・いや、その。ちょっと・・・」

言いにくそうに言葉を詰まらせる虎太郎を、クッションを背もたれにして座らせて、大丈夫なのかと怪我の原因を問いただすと・・・ちょっとどころか大変なことが起こっていたことを千加は知った。千加の眉根は極限まで上がり、かわいい顔にこれでもかとしわを寄せた。




「あ・・・あの・・・ケダモノ。よくもこたろーにそんなことを・・・許せない。何がペットだよ!それにこんな怪我までさせて!!!」



千加はおそらく今までの中で最高潮に怒りが爆発した状態だった。
俺はというと、怪我の直後は怒り心頭だったが、そのうち痛みの方が酷くなって怒鳴ると首が痛いしハンカチには血が滲んでくるし、だんだん気持ちがなえて来たのだ。
怪我は思ったほどひどくなく、指の関節部分を擦ってそこの肉が少しめくれていたので消毒をした。2週間もすれば完治するらしく怪我が左手だったのは幸いだった。右手だったら鉛筆が持てなかっただろう。
でも治療は痛かったし今だってジグジグ痛いし、帰りの車中ではだんまりを決め込んで隣に座る椎神のちょっかいも完全に無視したし、龍成にも痛いと言って体には一切触らせなかった。
今はというと、体も痛いが・・・・・・・・・・心も痛かった。

そして疲れ切った心と体に重くのしかかるのは、龍成の不可解な行動と極めつけは常識を突き破った衝撃の言葉。それが俺の頭を大混乱の渦に巻き込んだ。



「はあぁぁぁぁー・・・俺さぁ・・・何かもう・・・・・何であんなことすんのか、わけ分かんなくて・・・」



虎太郎自身は今もまだ混乱しているようで、千加に聞かれるがままに事実を語ったが、話しているうちにどんどん顔色は曇って、深いため息が止まらなくなっていた。
数々の嫌がらせを強いてきたあいつは、今日はっきりと言った。



――――― 触りたいからに決まってるって。



「男の俺を触って楽しいって・・・あいつがまさか・・・・・・・・・・・・・・・・そういう趣味を持った奴だったなんて・・・」


8年近く一緒にいた友達が・・・・・・・・・・・・・・

友達が・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホモかもしれない。

世界がひっくり返るかと思った。
それほど衝撃的だった。
まさか、あの龍成が、だ。



「千加、驚くなよ。あいつ、龍成な・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホぉ・・・・・ホモかもしれない」

「はい?」


千加が妙な顔をして俺を直視する。そりゃあ千加だってびっくりしただろう。まさかあの龍成がそんな趣向を持った奴だなんて。誰が聞いたってビックリ仰天、俄かには信じがたいことだろう!
でも男が好きだと分かれば、やたらベタベタ傍にいたがることも説明が付く。噛みついたりキスしたり、胸とか触って喜ぶのはそういう性癖なのだろうと納得できそうだった。
しかし、たとえ今までの不埒な行いの理由が分かったからとは言え、その事実は虎太郎にとっては大変なショックだった。龍成が・・・龍成がああああぁぁぁー・・・いつの間にか渡ってはならぬソドムの河を渡ってしまっていたのだ!

「えっと、ちょっと落ち着こうか。こたろー」
「これが落ち着いていられるか!あ、あいつおかしいんだぞ。人としての道を踏み外して・・・」

「うん、おかしいのは僕も十分分かってるし、人道なんて元々歩いてないだろうから、そこはいいんだけどね」
「何がいいんだよ!」

1人でひたすら驚嘆する虎太郎を尻目に、千加は虎太郎に落ち着くように声をかけた。




「違うよこたろー。そうじゃないんだ」




虎太郎の言葉を千加が当然のように否定した。


「え、だってあいつ・・・・・・ホモだろう?」
「だったら学校に女連れ込んで昼間っからエッチな事しないって・・・」
「はあ!?な、何だそれ!あいつ学校でそんなこと!」
「女のあえぎ声が聞こえた時はまさかとは思ったけど。しかも中庭でSEXだよ。あんな人目に付きそうな場所でよくおっ勃つよね。節操がないと言うか、ほんとケダモノだよね」

SEXという卑猥な言葉がかわいい千加の口からポンと飛び出したことに驚き、虎太郎はドキリとして赤らめた顔を下げた。
あの時の事を千加は椎神から口止めされていたが、虎太郎に酷いことをしたツインズを庇う必要もないと思い、包み隠さず暴露することに決めた。

「・・・・・・・・ってか、千加は何でそんなこと知ってるんだ?!俺はそんな話知らないぞ」

学校で・・・女と?セ、セッ・・・・寮ならともかく男子校の校内にどうやって女の人連れ込むんだ。大胆すぎるだろう。見つかったら謹慎とか退学とかに・・・いやいや、そんなことよりも・・・・
そうか、女とイチャついて。そっか、よかった・・・・・・・。そうだよな、女がいいに決まってるよな。いや〜よかったよ・・・・。よか・・・・・・・。・・・・・ん?


「女がいいなら・・・じゃあ、なんであいつは触りたいなんて言ったんだ?まさか・・・どっちも興味あるってことなのか。それはそれで問題があるんじゃないのか?」


女も男もどっちも好きな奴ってどうなんだ?そういうのもありなのか。いや、やっぱり男を触りたいと思うことは問題があるだろう。そう言うのって治せないのかな。治るものなのか?あれ?それって病気?精神が病んでるのかな。
人の性癖について他人の俺がいろいろ言うのはいらぬお世話ってやつなのかもしれない。いやいや、でも関係なくは無いぞ。現に俺は触られて被害に遭ったのだ。他の人間にそういうことをするのはいいが(いや、それも投げやりか?いいってことは無いか)自分に降りかかって来る火の粉は払い落さないと。

友達がそういう病気?ってのはなんか嫌だ。・・・・・・・しかも龍成が・・・だ・・・・
あ・・・・・、

(そう言えばもう、友達じゃないんだ)

そう啖呵を切ったのは自分だったことを、今更ながらに思い出した。




「だめだ、理解できん。・・・女の子が・・・・・決まってる・・・・。だいたい・・・病院でも勧めて・・・・・・・」




(あららぁ。何を真剣に悩んでいるのやら・・・)



目を白黒させて1人でブツブツ何か言い始めたこたろーは、きっと凄まじく的外れな事を考えているのだろうと千加は思った。こたろーのニブチンなところはかわいいなと思っていた千加だったが、こんな事態になってしまった以上悠長な事は言ってられなくなった。



(それにしても、あのケダモノめ)


キスして乳首まで触っただと?
ペットに躾をするだと?
触りたいからさわっただと!?
どれも歪みきったあの獣のやりそうなことだった。
とうとう本性を現してきたんだ。もうこの鈍感なこたろーにはっきり自覚させないといけないだろう。事実、獣に喰われかけたのだから。千加は間違った自問自答を繰り返す虎太郎に向き直って、事実を伝えるべく口を開いた。



「なんかこたろー、変な事想像してるでしょう。それ違うからね。あいつは男が好きなんじゃなくて、」

そこで言葉に詰まったけれど、千加は思い切ってずっと思っていたことを吐露した。



「京極はね、こたろーの事が好きなんだよ」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」



キョトンとしている虎太郎は千加をじっと見つめたまま、千加の言葉を頭の中で反芻した。



――― 好き?



「だから、京極はこたろーのことがずっと好きだったんだってば」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」



「だから放したがらないし、言うこと聞かないとすぐ暴力に訴えるし、そうかと思えばときどき優しいふりしてむちゃくちゃ甘やかすでしょう?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」



千加の言っている意味を理解するのにはちょっと時間がかかった。



(好きだと?龍成が俺を?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はああああああああああああああ???)



「ちょっと、待った!千加、俺・・・・・・・・・・・・・・男」
「だね」

「あいつ男は好きじゃないって、ホ、ホモじゃないって千加言ったじゃんか!お、女の人とセッ・・・・・・・エ、エッチなことしてたって!」
「まあ、ホモじゃないと思うし女の方が好きだと思うよ。でもこたろーは多分そういうの通り越して、好きなんだと思う」

自分はいつから日本語がよく分からなくなってきたんだろうか。千加の言ってることが半分も理解できない。女が好きならなんで男に、ってか俺に触りたがるんだ?通り越すって何を越すんだ?山か、谷か、川か?



「こたろーは京極にとって、特別なんだよ」



ピシャリと言い切る千加だが、それを簡単に受け入れられるほど虎太郎は柔軟な思考を持っているわけでなく、精神的にも育ってもいなかった。元々内向的で後ろ向きな性格だし、保守的で革新的な事を取り入れるのは苦手だ。嫌な事は深く考えずすたこらサッサと逃げ出すことの方が得意であった。

「特別って、俺・・・・・・・・普通だぞ。いいとこなんて人と比べて全然ないし」
「かわいいよ、こたろーは」

「かわいいって言うのは、千加みたいなのを言うんだ!俺は違う」
「京極の目にはそりゃあこたろーがかわいく映るんだろうね。こたろーが笑ったら花びらでも飛び散ってるんじゃない」

・・・・・それは幻覚だ。あいつ目がおかしいんじゃ、いや、頭がおかしいんじゃないか?特別だと?特別って・・・



『そりゃあ・・・・・・触りてえからに決まってるだろうが』
『じゃあ椎神でも触ってろ!』
『バカかてめえは。・・・・・・・・・・タロじゃねえと、意味がねえ』



(ヤバイ・・・なんかヤバイこと思い出した)


記憶を巻き戻したように、思い出したくない言葉がはっきりと脳内でリプレイされた。



――― タロじゃねえと・・・



(聞き間違え・・・そうだよ、きっと聞き間違いだ。頭も打ったし、きっと耳もおかしくなってたんだ。そうに決まってる・・・そうに・・・)



未知との遭遇。ますます、虎太郎の頭は混乱の大渦に巻き込まれて行った…

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