血の味は甘く


「ぶわぁ!はぷ!・・うっ、っぷ、な・・・・・・   ・・・っ、」


背中から後ろ向きに池の中にダイビングした虎太郎は、無我夢中で起き上がり、両手を後ろに突き、尻もちをついた状態で池の中にびしょ濡れで座り込んでいた。



池の水深は底に着いた腕の二の腕の辺りだったのでそんなに深くはない。立ったらおそらく膝の辺りくらいの深さだろう。

髪から水滴がポタポタ滴り落ちてきて、水の冷たさが体に浸透し始めた。
そんな状況に唖然としていると、ジャブジャブと水音が近づいて来る。
見ると龍成が濡れるのも厭わずに池に入り、大股で自分を目指して突っ込んで来ていた。

(やばい!)

起き上がろうとしたが、踏ん張った手は泥にぬかるみ滑って、体勢を整えるどころか、バランスを崩してしまう。避ける暇もなく龍成の大きな手が、虎太郎の胸倉を掴み上げた。

「ぐわっ!」
「チョロチョロ逃げ回りやがって」

「放せ!・・てめえは、」
「そう簡単に放すかよ。11年ぶりだぜ、じっくり・・・・・・楽しもうぜ、なあ、タロ」



胸を掴むその腕を外そうと、龍成の右手を掴み指を外しにかかるがびくともしない。


(こっちは両手を使っているのに引きはがせない、この・・・・・バカちから!)


そしてあろうことか掴んだ胸倉を押して、龍成は虎太郎を池の中に沈めにかかった。



「な!!て、めぇ、ぶ!ぶわっ・・・ご、」



ゴボゴボと水の中に上半身を沈められる。

手をがむしゃらに動かして龍成の腕や、胸をひっかくように無茶苦茶に暴れるが、混乱する頭では反撃どころか、その手はむなしく宙をかくばかり。
足をバタつかせ暴れても龍成が両足の間に膝をつき、胸を押さえた腕に体重を乗せているので、虎太郎の力ではどう足掻いても覆いかぶさる敵は微動だにしなかった。


(く、・・・・苦しい!)


呼吸の限界を感じた時、ふと力が緩まり、胸倉を急に引かれて水中から空気のある世界へ引戻された。


「ぶあはっ、がっ、・・・くはっ・・・・は・・・はあ・・・・はあ・・・・げ・・・っ・・・、」


水中でかなり水を飲み、引き出されて今度は一気に空気を吸い込むと、気道も肺も苦しくてひどく咳込んだ。


「がはっ、がはっ、げっ・・・・・っ・・・、」


喉と口を押さえながらもっと呼吸をしたいのに、喉につまった咳が止まらずにえづいていると、顎を強く掴まれ顔を無理やり上に向かされた。



唇に・・・渇いた何かが押しつけられた。



「くっ・・・ぅ」



目を見開いて驚愕する。

龍成の唇が、空気を欲して震える虎太郎の口に貪りついていた。

それはまるで噛みつくように、激しく角度を変えながら虎太郎の唇や口内を蹂躙する。
荒い呼吸を繰り返す獲物は口を閉じることができず、野獣に易々と侵入を許した。


クチュクチュ、チュパ・・チュルッ・・・


卑猥な音をわざと聞かせるように水音を立て、激しく舌を吸い上げ虎太郎の舌を自分の口内に導きからめ捕る。
虎太郎の舌は翻弄されるがまま龍成に吸われ、舐められ、噛まれた。

「んっ、う、はぁっ・・」

(何だっ!こいつは、なんで!)

唇の裏側も、歯列の付け根も、舌の裏・・・口内の全てに熱くて乱暴な龍成が喰らい付き、一方的に暴かれる。

「ぐはっ、あぁ・・・っ」

(やめろ!は、放せ!!)

どちらの物とも分からない、ぬるい唾液を咳込みながら飲み込んだ。
口からあふれた唾液が顎を伝わり垂れ、喉までツーっと流れ落ちる気持ちの悪い感触に、寒さだけでは無いおぞ気が背筋を駆け上がった。

“キス”というよりも、“噛む”に近いその行為は、龍成が昔から好んで虎太郎に施す獣の口付けだった。



(獣に・・・喰われる・・・)



顎と後頭部をガッチリ掴まれ、頭はピクリとも動かせず、抵抗できるのは・・・。虎太郎は唯一自由になる物を使って、小さな反撃に出た。

「っ!」

低いうめき声とともに、龍成の唇が離れる。


「はあぁ、はぁ、はぁ・・・・・っう・・・あ・・・・はぁ・・・」


蹂躙する唇が離れ、やっと自由になった口で荒い呼吸をしながら、虎太郎は龍成を睨みつけた。

(はっ、ざまあみろ!)

虎太郎は、己を喰おうとする傲慢な野獣の舌を、思いっきり噛んでやったのだ。



チッと舌打ちした獣は、血の混ざった唾を吐き捨てる。
ペロッと舌舐めずりをして、口角を上げる獣はまた笑う。
その眼には・・・ギラギラとした野獣の強欲な炎が燃え上がっていた。

体に乗った龍成により未だ自由にならない四肢。せめて顔だけでも背けようとしたが掴まれた頭ではやはりそれさえも出来ず、口を閉じて歯を食いしばる虎太郎に、再び龍成の唇が襲いかかった。


ガリッ!


「いっ!!」


あまりの痛さにギュッと目をつぶり、体が硬直した。

合わさった唇が急速に熱を持ちジグジグと痛みだす。

ドクドクと脈打つ唇からは、血が滴り、口内に鉄の味が広がった。


(こいつ・・・・・・俺の口噛みやがった!仕返しのつもりかよ!!)


目を開けて、痛みを与えた龍成を睨む。龍成の濡れた唇に虎太郎のものであろう血がうっすらと付着していた。
その自分の唇についた血を、龍成はぺロリと舐める。



「甘めぇ・・・」


(!!!)



血の味を再度確かめるように、繰り返し自分の唇に付いた虎太郎の血を舐め、味わうようにその口内で血をねぶった。

「変わんねえなぁ、お前の味」

「っ・・・」


「もっと・・・味わわせろや・・・タロ」

「なっ!」


野獣が一瞬目を細めて陶酔するような表情を見せるが、本当にそれは一瞬だった。

はっと思ったと同時に、再び虎太郎は水中にバシャンと沈められた。


(こいつ・・・俺を・・・・・・・・・・・・・・・・・・殺す・・・気・・・・・か・・・!)


もう龍成が何を考えているのか分なんてからない。
血の気が多くていざ戦闘になったら、相手が動けなくなるまで容赦なく叩き潰す。そんな龍成を相手に、無事でいられるとは思ってはいなかったが、このままでは本当に・・・・殺されてしまう。

水面に気泡がボコボコと浮かび上がる。それは虎太郎の口から出ている空気の泡。
肺に残っている空気も、新たな空気を欲しがり狂ったように吐き出してしまう。
ボコボコと全てを吐き出すと、今度は逆に鼻と口の両方に水が入って来た。


(だめだ・・・こ 殺される・・・・・・・・・・・)



苦しい!苦しい!苦しい!!
やだ、死にたくない!
助けて!!



意識がもうろうとし、死の訪れを感じながら、虎太郎は真っ暗な闇の深淵に堕ちて行く。



庭に響いていたバシャバシャという激しい水音が、徐々にやんでいく。

虎太郎の必死にもがく手の動きが、その力を失い力なく宙をさまよう。

龍成の腕を押しのけようと掴んでいた虎太郎の手の力はだんだんと弱まり、そしてとうとう・・・・・ゆっくりと水の中に滑り落ちた。




パシャーーン・・・  ・・・  ・・・




その音を最後に、

中庭から全ての音が消えた。

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あきゅろす。
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