混乱(3)
視界が揺れ硬いドアに背中を押さえつけられ、ガツンとした痛みに目をつぶった。

「お前やめ・・って、い、いてぇ!」


次に目を開いたときには龍成の顔はもう見えず、真っ黒く毛先の長い髪の毛が虎太郎の視界を遮り、首筋に生温かい吐息を感じた。嫌だと言っている傍から襲いかかって来た龍成は、有無を言わさぬ勢いでガリッと虎太郎の首に牙を立てた。首筋をかなり強く噛まれたがそれは一度では終わらずに、手荒く肌に吸いつきながら肉を噛むことを繰り返す。それはまるで言葉が通じない獣を相手にしているようだった。

「いっ・・・痛い、噛むなって!・・・・・・・・うわあ!」

ズボンのベルト部分を掴んで虎太郎を自分の元に引きずり寄せた龍成は、そのまま後ろに倒れ込んだ虎太郎の背中をシートに押さえつけた。股の間に膝を割り入れるとその上に覆いかぶさり抗う四肢を押さえつけた。
獰猛な獣が獲物を追い詰め勝ち誇る。そんな余裕の笑みさえも浮かべて見降ろす視線が虎太郎に突き刺さる。


「随分好き勝手言うようになったじゃねえか」
「お前、何し・・・どけよ」

「忠犬タロがどうした?珍しく噛みつくきやがる」


いつものように面白がるような口調、こうして人を力で押さえつけるのが当然のようなふてぶてしい態度で、虎太郎の顔を見る龍成の表情はさも楽しそうだ。

「か、噛みついてるのはお前だろうが!それに犬とか言うな」
「俺はペットを解放したつもりはねえ」
「ペットとか、お前俺の事まだそんなふうに思ってんのかよ!」
「タロがペットらしくしてりゃ、いつまでもかわいがってやるさ」
「俺はペットじゃねえ!」

人を見下した支配的な言い方に頭がカッとなる。中学の時のようなあからさまなペット扱いが、高校になって少しは対等な立場となり、それを優しさとまで感じることもあったと言うのに。龍成の蔑むような冷たい台詞は少なからず虎太郎にショックを与えた。
虎太郎が従順であればかわいがり、反抗すれば前と同じように支配的な力を振りかざしこうやって無理を押しつける。飼い主が犬に都合のいいお情を与えていただけ。やっぱりこいつのやり方は昔となんら変わっていない。



(こんなの、友達じゃない)



悔しくて、情けなかった。自分を励ましたり気遣ってくれたりしたこと、共に笑って穏やかに過ごした日々がどんどん遠ざかって行くように思えた。噛み傷がジクジクと痛みを訴え始め、更に友達としての距離を広げていく。

「野放しにするのも善し悪しだな。調子が戻ったのは結構な事だが・・・」

力を込めて押さえつけられた腕がキリキリ痛む。龍成の見下すような言葉に、虎太郎は眉をしかめてその真っ黒な瞳で睨み返した。
細めた眼は漆黒の闇色。冷たく光るガラス玉のような無機質な眼に映るのは、精いっぱいの虚勢を張る自分の情けない顔だった。

「久しぶりに躾直すのもおもしれえかもしれねえな、タロ」
「しつけ・・・って、おまえ・・そういうのが・・い、嫌だって今言っただろこの、バカ!」

「・・・・・バカはお前だ」



押さえつけられた腕に指先が食い込み、骨までがミシミシと軋む。
本気で怒らせた!でも・・・
ここまでひどくされるほどのことだろうか。ただ「嫌だ」と言っただけなのに。

気分次第で人を下僕扱いするこいつを、ちょっとでも「いい奴だ」なんて思っていた自分がバカだった。優しくされて、居心地がよかった分それが飼い主としての躾の領分だと言い切る龍成の私意を知ったら、無性に腹が立ってきたし同時に悲しくもなって来た。
自分がその程度の存在だったなんて。友達だと・・・思っていたのに。

積み上げて来たものを簡単に壊してしまう非道な言葉や態度は、益々荒いものになって来る。




「いっ・・・痛いって、放せよ。しぃ、椎神!椎神こいつ止めてよ!」
「てめえも大概学習能力がねぇよな」


椎神はまるで何も聞こえないかのように、虎太郎の声に全く反応しない。


「あいつが助けてくれるとでも思ってんのか?どこまでもおめでたい奴だな」

嘲笑を浮かべる龍成と、龍成のすることに異を唱えるはずもない椎神。
そうだ、こいつらはそういう奴らなんだ。そんなこと、知っていたはずなのに!


「うるせえ、お前なんか、お前らなんかもう、友達じゃあねえ。どけよ!」
「そうだな。友達なんぞクソ喰らえだ。そんなもんは必要ねえ。・・・・・・・・・・飼い主と犬なんだからなぁ」
「っ・・・・・」

車内に響くのは龍成の威圧的な声と切羽詰まった虎太郎の助けを請う叫びだけ。他は誰もいないかのように後ろで暴れる2人に対して口を開く者はいなかった。




「まずは・・・・・好き勝手ほざいた、その口から、」
「や、嫌なことを嫌って言って・・な、何が悪いんだよ!何で何もかもお前の言うこと聞かなきゃなんねんだ!」

「お前がタロだからだろ」
「い、・・・・意味がわかんね」

「だから教えてやる」

言葉を落としながら、その距離はだんだんと縮まり、言葉と共に吐き出される龍成の吐息が顔にかかる。

「ちょ・・・まて、」
「大人しくしてろ」
「りゅ・・・」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべた龍成はペロリと下唇を舐めた後、今度は虎太郎の唇に迷うことなくその牙を落としてきた。



「うわ・・ぷ。・・・ぅん・・・・・」



(く・・・・・・口に・・・・・・・・・・・・・・口があああぁぁぁぁぁ!!)


ガッチリ後頭部を掴み噛みついた龍成は虎太郎の唇ごとその口の中に収めた。柔らかい唇を噛みながら舌を無理に割り込ませるが、虎太郎はギリギリと奥歯に力を入れて舌の侵入を拒んだ。

「・・ん!!」

強情な虎太郎の歯列はなかなか割れず、それに苛つく龍成が虎太郎の鼻をつまんで呼吸の道を絶つ。


「ん――ー!!ん!」


鼻も口もふさがれて途端に息が苦しくなってくる。ジタバタともがく虎太郎の自由な手は夢中で龍成の肩や背中を叩きまくる。しかし龍成はそれを無視してピタリと合わせた唇を放そうともしなかった。

(だめ・・も・・・く・・・・しぬ!)




「っ・・っぷわはぁ!」




我慢しきれずに空気を欲しがる口を開くと、それを待ち構えていた龍成の舌が強引に割って入り口内を蹂躙するが、それを拒むよりも今は呼吸がしたい。はあはあと空気を必死に吸い込みながらやっとまともに呼吸ができるようになってきた頃、自分の舌をきつく吸い上げる龍成の存在を強く感じ、それに驚き再び虎太郎は暴れ出した。

「ん・・・や、クソ、この・・・・バカ」
「キスの最中に言う言葉じゃねえよな」

キス!キスだと!!こいつふざけやがって!

首を痛いほど噛まれて、今度は口にかぶりつかれて、あまりにも野性的なその行為にキスというよりも噛み付かれているという認識の方が強かった。しかし確かに口の中には奴の舌・・・苦しさの余り開いてしまった口内をその舌が好き勝手に動き回っている。それがまぎれもなくキスだと認識してしまうと今度は羞恥心がこみ上げて来る。何で自分がこいつのこんな行為を受けなければならないのか。躾とか言いながら好んで人の嫌がることばかりをする。そういうところが嫌だと言ったばかりなのに・・・

「うるせ・・ん・・・・・っ・・気持ち悪いことすんなぁ・・・・・・や・・やめろって・・・・」
「言うこと聞かねえ奴ほど、躾がいがあるんだぜ。タロ」
「ん・・・・・ううっぅ・・・・・・んん」

強く吸われて舌がピリピリと痛み、うねる舌が絡み付くたびにクチャと唾液が音を立てる。首の後ろを掴まれて更に上を向かされると、反った喉元に口から唾液が垂れ落ちた。その痕をたどるように龍成の唇が口から離れて顎へ、そして喉へと移り、チュと吸いついたかと思うとピリッとした鋭い痛みを感じるほどの感触を与えた。
シャツの下に龍成の手が入り込みその生温かさが直に肌に触れると、ゾクリとした悪寒のようなものが背筋に走った。

「お、おま・・・・・・頭おかしいんじゃねえのか、いい加減にしろよ!」
「誰に向かって口きいてんだ?俺はご主人様だぜ。本当に覚えが悪ぃな」
「そんな昔の話知るか!俺はペットじゃねえって言ってんだろ!」
「餌も十分与えているのにか」


餌って。・・・・・ご飯の事!
あれってそういうつもりで俺に食わせてたわけか!責任感とか罪悪感とかそういったものじゃなくて?あの手の込んだ毎回の食事がそんなくだらないことのために作られていたと言うのだろうか。



(嘘だろ・・・)



あまりのことに目を丸くして口をポカンと開けたまま、虎太郎は龍成を凝視した。

「大事にしてやってるだろうが」
「冗談・・・だよな」

「こんなペット思いの飼い主、なかなかいねえぜ」

自画自賛しながら喉の奥でくくっと笑うこいつは、本気で俺を飼っているつもりなんだろうか。そして俺はすっかり騙され、従順なペットとして飼いならされていたと言うことなんだろうか。この1年間・・・

「やめろって、い、言っただろ俺、こういうこと・・・嫌だって、嫌がらせもいいかげんに、」
「嫌がらせじゃねえ。こりゃあ躾だ。てめえには何回言えば分かるんだ」
「躾なんてされる覚えはないっ!」
「自覚のねえペットだよなぁ。まあ、そういうところも含めて・・・おもしろくてたまんねえわ」

鳩尾の辺りから皮膚を擦りながら胸に上がってきた手が胸の突起に触れ、小さな膨らみを見つけた指はそれを指でキュッとつまみ上げた。

「ひ・・・・・っ、や、バカどこ触ってんだ」
「どこって、そんなもん分かってんだろうが、タロの乳首だ。てめえは不感症か」
「バカ!そうじゃなくて、そんなとこ触んな!変態、き、気持ち悪い!!」
「なら、あん時みてえに吐いてもいいぜ」
「なっ!」

それは去年の夏のことを言っているのだと直ぐに分かった。やってることが同じだからだ。

「まあ、俺はやめねえけどな」

「・・・・・・・・・・・ぅ」


シャツが首まで捲り上げられる。
少し冷たい空調に、曝け出された素肌がぶるりと震えた。

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