青葉のころ
ガチガチだった初めてのデートは、映画の選択ミスはあったものの千加に言わせれば上々の出来だったようだ。

「ピアノ習ってるって」
「ふうん。確かにそれっぽいよね」
「お茶とかお花もしてるって」
「お嬢様みたいだからね。毎日習いごと抱えて疲れないのかね〜」
「みつあみもかわいいけど、この間の少しウエーブかかったの、かわいかったんだ。あれパーマじゃないんだって」
「そりゃあ校則が厳しい分、外ではおしゃれしたいんじゃないかな」



ピンク一色だった春も過ぎ、青葉が生い茂る今日この頃。
2人のお付き合いは順調に進んでいた。この間のデートからひと月半。もう4回のデートをこなした、というかデートを仕組んだのだ。僕と沙紀で。
沙紀と言うのはあの気の強いおかっぱ女の事だ。

「だいぶ会話が弾むようになったんだね。よかったよ。」
「うん。始めは全然だったけど、英語苦手だって話になって・・・」

それで参考書とかいい辞書とか一緒に探してあげたり、学校の課題で分からないところを教えてあげたりしたらしい。



『三悪ってバカだと思ってたから、美里の話聞いてびっくりしたわ』

こたろーのをボケっとしてるとか頭が悪そうだとか押しが弱いとか、いつもバカにするそんな沙紀の言葉にはカチンと来ることが多いけど、おさげの家は母親がかなり厳しいらしく彼女の協力なしには毎週家を出ることもままならない。今は勉強会をしているとか買い物に行くとか理由を付けて、怪しまれないように沙紀がおさげを迎えに行っている。
僕がこたろーの心配をするように、沙紀は小さいころからの親友の初恋を全力で応援しているようだ。




「いい顔してるね、こたろー」
「えっ」

おさげとのことを恥ずかしそうにでも嬉しそうに話すその顔は、とても幸せそうだ。出会った頃からあんまり笑わなかったこたろーが、こんなにも自然に笑って自分から進んで話をするなんて、やっぱり恋愛ってすごいんだと千加は改めて感じた。

「でも週に一回しか会えないなんてね」
「しょうがないよ。平日は習い事があって、門限もあるみたいだし」
「ほんと、筋金入りのお嬢様だよね」
「でも、その分・・・毎日メールしてるし」

いつも携帯を気にしているこたろー。今はもう僕に相談することもほとんどない。自分で考えておさげちゃんと連絡を取り合っている。
うまくいってよかった。
こたろーの笑顔は今まで見た中で一番輝いていた。






コンコン。


そんな幸せな時間をぶち壊すドアの音。訪問者はもちろん・・・

「コータ。行くよ」
「へ?」
「へって・・・今日出かけるって、私言いましたよね」

「・・・・・・そうだっけ?」

椎神との約束なんてころっと忘れてた。いや、正直記憶になかった。


「コータ最近上の空だね。何かあった?」
「え!・・いや、その」
「こたろーのおとぼけはいつものことでしょ。それより何だよ。またケンカ?いいかげんにしてほしいよね」

普段は椎神がやって来ても声など掛けない千加だが、虎太郎のうろたえる様子を椎神に気付かせないようにわざと話に割り込んだ。

「今日は違います。コータが見たがってた映画の先行上映会がレイトショーであるんです。チケットも買ってますし、それも以前話したんですけどね」
「あ、ああ。お、覚えてるよ。そうだ、そうだった・・・」

「下で待ってますから早く来てくださいね」
「分かった」

パタンとドアが閉まった。



「・・・こたろー。あいつらに言ってないよね」
「何を?」
「おさげのこと」
「ああ。・・・・言ってないけど」

最近続けて週末出かけていたから、あいつらは何か感づいているかもしれない。

「気をつけてよ。こたろー。何か聞かれてもうかつにしゃべっちゃだめだからね」
「そのことなんだけどさ千加、俺・・・・・・・・別にばれても、」
「だめだよ!彼女ができたなんて分かったら、何されるか分かんないよ」
「まさか、いくらあいつらだってそこまでしないよ。逆に内緒にしている方がなんか・・・・悪い気がして」

始めは、新1年から告白された時みたいにからかわれるのが嫌で内緒にしておこうと思ったが、もう付き合い始めてひと月が過ぎた。これからだって佐藤さんと会うのだから、ずっと内緒にしておくことの方が難しい。
それに・・・隠れて会っているような今の状態はこそこそしているようで嫌だった。


悪いことをしているわけじゃない。


佐藤さんのことが本当に好きだから、虎太郎は堂々と付き合いたかった。




「あいつらが邪魔しないって、本当にそう思うの?のんきに言ってるけどこたろーのその根拠はなんなのさ」
「だって、俺に彼女ができてもそんなのあいつらに関係ないし、きっとからかうか嫌味を言われるくらいだよ」

「僕はそうじゃないと思うよ」
「そう言う千加の根拠は何なんだ?あいつらにずっと内緒にしとかなきゃいけない理由って何だよ」

「それは京極が、」

ピピピ・・・



鳴った携帯は椎神からだ。いつまでも降りてこない虎太郎にしびれを切らしたのだろう。

「ごめん。すぐ降りるから」

椎神に一言言って携帯を切る。



「龍成が、何?」

何の疑問も持たずに聞き返すこたろーに、どこまで言っていいものだろうか。


こたろーはきっと知らない。
京極がどんな目でこたろーを見ているかを。友達という位置はただのカモフラージュなのに。
自分が感じた京極の異常さ。京極がどこまでこたろーを縛るつもりなのか、どの程度の事を許すのかそれは自分には分からない。
こたろーに彼女ができたことを容認するだろうか。
どうせ長くは続かないとか高をくくって、放っておいてくれるだろうか。



そんなこと・・・・あるわけないよぉ。



あの独占欲の塊が、自分以外の人間に興味を抱いたこたろーを放っておくだろうか。しかもおさげに恋愛感情を抱いているこたろーをこのままにしておくだろうか。

「京極が・・・きっと、嫌がるよ」
「嫌がる?何で?」

「それは・・・何となくだよ!」
「それじゃあ理由にはならないよ。それにもし、もし嫌がらせされても俺・・・・そんなのに負けないし」

「・・・こたろー」


(本当に、本当におさげのことが好きなんだね)



虎太郎の口から出たのは、自分を縛って来た者達に立ち向かおうとする言葉だった。ツインズに対して特に反抗する事もなかった虎太郎が、千加が知る限りでは初めて自分の意思を貫き挑もうとしている。恋の力はすごい。あの極悪ツインズに立ち向かおうとする気持ちまで引き起こさせるのだから。しかし相手はあの2人。いくらこたろーが気を強く持っても、あいつらにとってこたろーを籠絡するくらいのことは赤子の手をひねるくらいに簡単な事なんじゃないだろうか。

「だから別に、俺は・・・」

千加の心配は分けるけれど、虎太郎は内緒にしていることの方が気がかりだった。昔から隠し事が上手くいったためしは少ないし、ばれたときのお仕置きだの罰だの小さい頃はそれでかなりいたぶられた。だからここらあたりで彼女ができたと正直に伝えた方がいいのではないかと考えるのだった。
ただ、その告白が100%よい方向に進むかと言われたら、それは分からない。ここまで自分のために骨を折ってくれている千加の言葉だから、自分の考えだけで突っ走るのも気がとがめるところがあった。何せ自分は恋愛に関しては初心者マーク。恋愛は百戦錬磨と豪語する千加の足元にも及ばない。そんな千加がまだしゃべるなと食い下がるのだから、千加なりに何か感じるものがあるのかもしれない。


「とにかく駄目なものは駄目!」
「分かったって・・そんなに怒るなよ千加」

「怒ってないもん!」
「はいはい・・・じゃ、行ってきます」

「しゃべっちゃだめだからね」
「分かりましたって・・・」
「早く帰って来てよ!」
「そんなこと言ったって・・・・・・頑張るよ」





もうすぐ梅雨だと言うのに外は夜風が気持ちいい。
緑色に生い茂った木々がサワサワと優しい葉音をたてる。新しく芽吹いた青葉は太陽の光とこれから訪れる恵みの雨を一身に受けようと、天に向かってその葉を大きく広げている。

青葉の香が優しく鼻をかすめた。


「車?」

いつもと違って裏門から出るから何でかなと思ったら、そこには黒塗りの車が停車していた。

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あきゅろす。
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