初デート
風がさわやかな今日は快晴。



「ピーカンだよ。最高のデート日和だね」
「あ・・・うん」
「ほら、もっと肩の力抜いて」
「う、うん」
「顔も・・・もうちょっと緩めようか」

待ち合わせ場所に向かって歩く虎太郎は、緊張に身をこわばらせて表情まで硬くなっていた。



今日は人生で始めてのデートの日。緊張しない方がおかしい。
朝から俺はご飯も喉を通らないくらいてんぱっていたが、「パンぐらいは食べないとおなかが鳴ったら恥ずかしいでしょ」と千加に諭され、無理やりパンと牛乳を流し込んだ。

白の七部袖のシャツに袖なしのネックボタンのジップパーカー、黒のスキニーデニムパンツという姿はいつもとそう変わらない格好だ。腕には天然石のラップブレスを巻いたが、これは千加が無理やりつけたものだ。俺がこんなものを持っているはずも無い。はじめはフェザーバングルを付けられそうになったが、シルバーはちょっと派手に見えて拒んだら石を付けられた。

ポケットから垂れる鎖。見た目が悪いかな・・・と思ったがこれは仕方が無い。財布とベルトを連結している。これを買ったのはケンカのときに落とさないようにそのためだけに選んだものだけど、チャラチャラしていると思われるだろうか。




待ち合わせ場所には30分も前に到着した。初デートに遅れるわけにはいかない。変なことに巻き込まれないようにわざと遠い場所を選んだが、そこは偶然にも佐藤さんが利用する路線に近かった。お互いに便利な場所というわけだ。それを全て考えたのは千加であって俺ではないけれど。

「頑張ってねこたろー。何かあったら連絡して。僕も今日はこの辺にいるから」
「ほんとうにいいのか千加?」

初めてのデートに自信が無いからとはいえ、友達にここまでしてもらっていいものかと思う。千加は何かあったときのために、デートコース付近で待機してくれるというのだ。万が一と言うのは・・・うまくいかず振られたときということなのだろう。

「いいんだよ、僕も買いたいものがあるし。適当にぶらつくから、帰りは一緒に帰ろうね」
「ごめんな千加。なんか俺だめだな」

高2にもなって初めてのデートを全てお膳立てしてもらって、これって男としてかなりなさけないだろう。佐藤さんがそれを知ったら、頼りない男だと思われるかもしれない。

「それより、ジップパーカーのボタン上までちゃんとしめて」

歩いていたら暑くなったからパーカーのネック部分のボタンを2つ開けていたのをしめろと指摘される。

「でも、ちょっと暑い」
「いいから、今日は一日外しちゃいけないよ」
「何で?」
「何でって・・・・・・・・・・それのほうが、かっこいいからだよ!」

千加は怒ったように眉間にしわを寄せながら、俺の開けていたパーカーのボタンを上まできっちりしめた。






待ち合わせ場所でうまく合流できた虎太郎とおさげを確認した後、モジモジしてなかなか動かない2人にやきもきしながらも、ようやく映画館がある方面に歩きだしたのを見てほっと溜息を洩らす。

「は〜」
「はあ〜」

同じタイミングでため息を漏らす声が聞こえて横を見ると、そのため息の相手と目がばっちり合った。


(・・・・・?こいつ、どこかで・・・・・)


「・・・・・・・あああ!!お前、あのときの・・・・・あの、おかっぱ女!」

千加は目を見開いて、目の前に立つ人物に人差し指を刺し向けた。

「な、何よいきなり失礼ね。あんた誰?」

ため息の相手はラブレター襲撃事件で虎太郎に啖呵を切ったおかっぱ女。あのおさげの友達だった。



「僕はこたろーの友達だよ!・・・そっか、おさげが心配で付いて来たってこと?」
「はん、そういうあんただってあの三悪にくっついてきたんでしょう。何よ、後を付けて見物でもするつもり」
「しないよそんな無粋なこと。ちょっと行き先が同じだっただけさ」

虎太郎の時と同じ上から目線な態度で、おかっぱ女は千加に食ってかかる。モジモジしてしゃべらないおさげと、このうるさい女を足して2で割れば丁度いい性格が出来上がるんじゃないかと、千加は挑戦的な態度のおかっぱを見て思った。

「ふん。言っとくけど邪魔しないでよ」
「するわけないだろ」
「あの内気な美里がなけなしの勇気を振り絞ってんだから。これで美里を振ったりしたらあの三悪ただじゃおかないんだから」
「振るわけないじゃん!こたろーだって、」

そこまで言って余計な事を言いそうな口をつぐんだが、おかっぱ女は鋭く切り込んでくる。

「何、もしかしてあいつも脈あり?」
「・・・・・じゃなかったらデートになんか誘わないよ。こたろーはその辺の男と違って誠実で真面目なんだからね」
「三悪なのに?不良でしょあんなの、ケンカばっかりして」
「噂だけで判断しないでよね、こたろーは悪じゃないの。悪どころか・・・・・心は天使だよ」

何それと、おかっぱは千加の言葉にうさんくさそうな視線を向ける。

「でも素行が悪いのは確かでしょう。美里が告白するなんて言った時はびっくりしたわよ。あの子お嬢様なんだから。今日だって出かけるいいわけ考えるのに苦労したんだからね」
「苦労したのはこっちも同じだよ・・・」
「はあ?」
「いや、何でもないこっちの話」



虎太郎に首まであるジップパーカーを着せた理由。この暑いのに首元を隠さないといけないのは・・・・・・・・・あの獣め。

よりによって見えやすいとこにキスマークなんか付けやがって!


昨日部屋を出る前は鎖骨の上にあんなあざは無かった。翌朝帰ってきたらシャツの襟元に・・・シャツじゃ隠せない場所にはっきりと痕が付いてた。

わざとだ。絶対わざとに決まってる。



さすがに女の子とデートだと言うことはばれていないと思うけど、何かいつもと違うこたろーの様子に気づいたのか、それともただ単に僕への牽制で付けただけなのか。どちらにも取れそうな感じだが、京極が付けたことには間違いない。そしてこたろーはそれに気づいていない。
他の日ならともかくデートの日に絆創膏なんてあからさま過ぎて貼れないし、こたろーには大事なデート前に獣にマーキングされたなんて事実伝えたくなくて「虫に刺されてるよ」なんて言ってはみたものの・・・悩んだ挙句千加は隠すためにパーカーなんぞを着せてみたのだ。


(こたろーがパーカーのボタンを外しませんように。もしキスマークが見えてもおさげがそれをキスマークとは気が付きませんように・・・)


千加は必死に願った。





「おい、おかっぱ何処まで付いて来るんだよ」
「私はこの先に用事があるの。それにおかっぱじゃないわ。あんたこそ私の前を歩かないでくれる」

2人が進む先はなぜか同じ方面。それが嫌なのでスクランブル交差点に入ったところで意識的に離れた。お互いの姿が見えなくなってせいせいしたと思っていると・・・

「ちょっと、あんた。何でここにいるのよ」
「おかっぱこそ、まだ僕に付いてくるつもり」
「あんたに用なんかないわよ!」

店の前でまた出会った2人。2人が目指していたカフェは同じ場所だった。2階のカフェの窓から見えるのはモジモジ君とモジ子ちゃんが居るだろう映画館。

「お客様、あいにくテーブル席は只今満席で、カウンターでよろしいですか?」

店員に案内されたカウンターで隣同士に座らされた2人は、背中を向けたまま黙りこんだ。





そして映画館では・・・



『来てくれると思ってた・・・』
『よかった、君が無事で』



青年の大きな手が彼女の頬を包み込み、互いの唇が夕日をバックにピッタリと重なる。その唇は離れることを知らないかのようにいつまでも重なり合い互いの唇を求め合う。


『好きよ・・・』
『俺も愛してるよ・・・』


抱きしめ会う2人。絡み合う舌と互いの切羽詰まった声や吐息が非常にエロティックで、虎太郎はもう直視していられず画面の端の方に目をやった。


(「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・千加のバカ」)


アドベンチャーのラストはお決まりのラブシーン。

ヒロインを救出した主人公が互いの愛を確かめる濃厚キスシーンだった。さすがにそれ以上のシーンはなかったもののこれでもかというほどキスを交わしまくる2人と、字幕とはいえ「好きだ」「愛してる」のオンパレードにやっぱりドラ○えもんにすればよかったと、この映画を勧めた千加に心の中で悪態をついた。

虎太郎は横に座る佐藤さんの顔を見ることもできずに、いたたまれない赤面の2時間半を過ごした。

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あきゅろす。
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