秘密
「なあ龍成、重いんだけど」
「動くな」
「じゃせめて足伸ばさせて、足しびれた」


龍成の部屋でいつものようにご飯を食べたあと、こいつは後片付けをして俺は何気にテレビを見ていた。しばらくすると本を持った龍成が俺の横に座り背中を向けたかと思うと、膝の上に頭を乗せて寝転がった。
膝枕にされた俺は文句を言ったが「うるせえ」の一言で反抗もむなしく無視され、それから10分が過ぎ足はしびれて限界を迎えた。

正座していた足を伸ばすとすぐまた膝を枕にされる。クッションがあるんだからそれを使えと頭の横に出してやったら、掴んで遠くにポイッと投げやがった。ムッとするけど何も言い返せない。こいつがご無体なのはいつものことだ。
しばらくそうしていたがCMになったので視線を下げると、胸の上に開きっぱなしの本を置いたまま龍成は目を閉じていた。電気がまぶしいからだろうか、眉を寄せてちょっと怒った感じの表情だ。


(寝てるのか、目を閉じているだけなのかな?)


龍成の眠りは深い。睡眠時間はそんなに長くないけど布団に入ったらすぐに寝る。数秒で・・・それも特技の一つだと思う。だから硬い膝枕の上でも、明々と電気がともる中でも、うるさくテレビの音が流れていても平気で眠りについてしまう。しかしまだ9時過ぎだというのに、こんなふうに寝てしまうのは珍しかった。金曜の夜だからか、一週間の疲れが出たのか。こいつにも疲れることがあるんだろうか。

胸に置きっぱなしの本をそっと引っ張る。手の下の本を抜き取ると胸にパタリと指が落ちた。それでも起きないからやっぱり眠っているようだ。読んでいたのは煮魚料理の本。中をめくって読んで見たものの、下ごしらえとか魚をおろすところから始まっていて俺にとっては難解な説明だった。

(ほんと、いい主夫になれるよ。こいつは)

料理が好きならそっちの道に進めばいいと思う。専門学校とか。卒業したら、すぐに家業を継ぐのだろうか。それとも大学に行くのか。

(龍成はどう考えているんだろう。やっぱりヤクザの仕事すんのかな。仕事?ヤクザって普段何してんだ?)

そんなことを考えながら龍成の顔を見た。



(難しい顔しちゃってさ。お前悩みとかあんのか?)



なんでも好き放題にやって、思い通りに生きているようにしか見えない。
気に入らないものや邪魔なものはその力でなぎ倒してきた。
自分の道は自分で切り拓く、その力も気概も十分に持ち合わせているこの極悪龍と呼ばれる男。

(そんなのが何で俺の膝枕で寝ているんだか・・・)

膝枕したいのなら、女の子の膝にすればいいのに。
紫風寮に来るとたまに女の人とすれ違うことがある。この贅沢な寮に住むブルジョワな奴らは、頻繁に女を連れ込んでいる。裏門に一番近い寮なので裏口から出入りすれば生徒や舎監と顔を合わせることは無い。舎監は目撃しても廊下でいちゃつかなければ特に注意もしない。見てみぬふりだ。そして紫雲寮の奴ら自身も他人の事には干渉しない。それがここでの暗黙のルール。


「こんなことしたいなら、女としろよな」


長くて目にかかる黒い前髪を分けて眉間のしわを触った。


「お前悩みとかないだろう」


だから人差し指でそのしわをグイッと伸ばすが、指を離すとまたしわが寄る。それが面白くて2,3度繰り返すといきなりその手を掴まれた。

「げ!」

まさか起きてた!!
いたずらを見つかった子供のようにビクビクしながらその相手を見ると、どうやら起きたのではなく眠りを妨げる邪魔な手をどかしたかっただけで、奴は再び同じ表情で寝息を立て始めた。いたずらをしていた手はしっかり掴まれていたので、起こさないように慎重に指を一本ずつはがしてようやく手をはずした。



(危ねえ・・・起きたかと思った)

独り言を言うにもビクビクする。この間怒らせたことを思い出すと何が原因か分からないだけあって、口は災いの門なのである。不用意な発言は自分の首を絞めることになるから気をつけなければならない。

寝ている龍成のためにテレビの音を小さくしてリモコンで部屋の明るさを1つ下げた。それでもまだ眩しそうだったから仕方なく保安球まで下げてやった。暗い部屋を照らすのは保安球のオレンジ色の明かりとテレビが放つチカチカとした光だけ。あと20分もしたらこのドラマも終わるから、そしたら起こして帰ろう。起きなかったら放って帰ろう。そう思って再びテレビに視線を戻した。






いつのまにか俺も眠ってしまったらしい。
体が揺れる。それで目を覚ました。

「ん・・・」



ふんわりとした所に体を下ろされる。ゆっくり目を開くと、暗い部屋で顔は見えなかったけれど、そこにいるのは龍成だってことが分かる。

「りゅ、せ」
「もう寝ろ」

「ここ・・・」

龍成のにおいがする。
ここは龍成の寝室だ。



ギシリとベッドがきしむ。仰向けに寝かされた俺の横に、龍成も入ってくる。龍成は横向きになって俺の腹の上に腕を乗せて眠る。以前寝付けなかった俺のためにこうやって添い寝をしてくれたことを思い出す。
あの事件のときこうやって一緒に眠ってくれたこと、壊れそうな自分を支えてくれたことを俺は今でも感謝している。今はもう全然平気なのに未だにこうやってくるってことは、もしかして龍成はまだ俺が辛い思いをしているとか思っているんだろうか。

(もう、大丈夫なのに・・・)



密着した体から体温が伝わってくる。その温かさがとても心地よくて眠りを誘う。しかし・・・そこで俺は大事なことを思い出した。

「俺・・部屋、帰らな・・・と」
「ここで寝ろ」
「で・・・・・も・・・」

腰を掴む手にグッと力がこもり引き寄せられて、半分眠っていた意識が少し呼び戻される。

「明日・・早いんだ。だから部屋で・・・寝な・・」
「早いだと?」

いつもはゆっくりしている土曜の朝なのに、早く起きることに疑問を感じたのだろう。龍成はこのまま朝まで眠るつもりでいたので虎太郎の言葉に敏感に反応した。
眠い虎太郎はそんな龍成の探るような言い方には気づかず、寝坊だけは出来ないと思い眠たい体を何とかベッドから起こした。

「明日、千加と出かけるから。朝、早いんだ。だからごめん、俺やっぱ帰る」

ベッドから降りようとしたが降りるためには龍成にどいてもらわなければならない。後ろは壁だ。

「どいて・・・くれないかな」
「・・・・・」

半身を起こした俺を寝たまま見上げている。その視線は暗くて見えないけど不満気なのは気配で分かる。

「龍成」
「・・・・・」

どく気はないし、しゃべる気もないか。

(はぁー・・・)

これはもう帰れないパターンだ。これ以上もめたらまた機嫌が悪くなる。そうなったら明日に差しさわりがあるかもしれない。
虎太郎はため息をついた後、ベッドの上にずり上がり、チェストに置かれた電波時計を手にした。

AM 6:00

起床時刻をセットした後もとの場所に置き、「絶対に目覚ましを止めるなよ!」と釘をさして仕方なくベッドに潜り込んだ。
いざとなったら千加が呼びに来てくれるだろうけど、あんまり迷惑もかけたくないし余裕を持ってきちんと出かける準備がしたかったから、何が何でも6時起床は譲れなかった。




「そんな早起きして、何処に行く気だ」

やっと口をきいた龍成は明日の予定に食らい付いてきた。

「千加のお勧めの店だよ。だから俺は詳しくは知らない」

もしも聞かれたら全部「千加が」と答えるようにと言い聞かされていた。

明日は佐藤さんとの初デート!

考えていることが顔に出やすい俺を心配した千加には、いつもとは違うことをしないようにと、きつく言い聞かされていた。だから夕食も断らなかったし、食後もそそくさとは帰らず普段どうりに過ごした。門限前には帰ろうと思っていたのに、龍成につられて一緒に寝てしまったのが悪かった。

『何か聞かれたら、明日は僕と出かけるって言いな!それと泊まる事になってもなるべく早く帰ってくること。怪しまれないようにね』

(怪しまれたかも・・・)

でも別に余計なことは何も言ってないし。これ以上話すとぼろが出るかもしれないからもう、こうなったら寝たふりしようと虎太郎は考えた。
そしてごそごそ布団に入り、龍成に背を向けて壁のほうを見て眠る。背中に視線を感じるけど、ここで取り合ったらまた面倒なことになりそうなので無視を貫いた。

「!」

ゴソッと動いた龍成は後ろから密着して腰にまた腕を回してきた。そしてそのまま動かなくなった。

(この体勢で寝ろと・・・)

さっきまで半分寝ていたけど、明日のことを意識してしまうと目が冴えてしまって頭の中で千加と煉りに煉ったシミュレーションを思い浮かべてしまう。そうなると緊張して眠れない。それが龍成にも伝わっているのか、腕にこもる力が全く抜けない。しっかりつかまれたままだ。

「眠れねぇか」
「・・・ううん。大丈夫」

それだけ答えてギュッと目を閉じた。眠くは無いけど起きているわけにもいかない。明日は大事な日。目の下にくまを作っていくわけには行かない。目を閉じていればいつかは眠れるだろう。
頑なに寝ようと試み、頭とはうらはらに気持ちははやる一方だった。しかしそんな葛藤をしながらも、いつの間にかトロトロと訪れた眠気によって虎太郎は眠りに付くことに成功した。




虎太郎の体から完全に力が抜けた後、その体をゆっくり仰向けに戻した龍成はさっきと同じように腹の上に腕を置いた。寝息を立て始めた虎太郎を見つめる龍成には、暗闇の中でも虎太郎がはっきり見えているのだろうか。寝顔を見つめる視線はゆっくりと横にスライドし首筋で止まると、そこに引き付けられるかのように顔を寄せ唇を密着ささせた。



ペロリと舐め上げてみる。



暖かく張りのある皮膚。柔らかい肉とその体をしっとりと覆う汗。触覚と嗅覚そして味覚が初めて噛んだときと何も変わらない感覚を龍成に思い起こさせる。自分を酔わせる不可思議な甘ったるい感覚。久しぶりの味に首といわず至るところを味わいたくなる。


「ん・・・・」

鼻からかすれた息を漏らすのを聞き、せっかく寝付いたのに起こすこともないと、そこで行為を中断するが・・・・・・何を思い立ったかしばらくしてもう一度、虎太郎の首に吸い付いた。


「・・ん・・・ぁ」

一点だけをきつく吸い上げる。そしてすぐに唇を放した。

暗闇の中で自分の愛撫に呻いた虎太郎の声に満足し、その首元に顔をうずめて龍成も共に深い眠りに落ちた。

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