桃色気分(2)
人を好きになるって、どんな感じなんだろう。



――――― 元気ですか?―――――



虎太郎は佐藤さんからのメールを何度も見返しながら、胸を揺らすドキドキする気持ちを持て余していた。

(どんな声だったっけ・・・)


出待ちされて以来、2週間も経ったから声も顔ももうおぼろげだった。おさげがかわいくて、下を向いた表情はとっても恥ずかしそうで、頬がピンク色だった。


(かわいいよな・・・女の子って)


なんで女の子って、あんなにかわいいんだろう。
今度はいつ連絡くれるのかな。





「ねえ、こたろー」
「はぅ!!」

急に声を掛けられて肩が跳ね上がる。後ろからのぞき込む千加の顔はニヤニヤ笑っている。

「何顔赤くしてんのさ。やらしー」
「ち、違うぞ」
「メール見てポ〜としてさ。こたろーにもやっと春が来たんだね」
「春?」

そんなにやらしい顔で俺はメールを見ていたのか!その顔をいつからこのルームメイトに見られていたんだ。リビングでテレビを見ながら手持ちぶさたになったから、ついついメールを開けてみたのが悪かった。自分の部屋で見れば良かった。


「待ってばかりじゃなくてさ、こっちから連絡してみればいいじゃんか」
「こっちから!!」
「そう喜ぶと思うよ。おさげちゃん」
「で、でも!・・・・・・なんて送ればいいのか・・・分からない」

携帯を握りしめて千加の提案に戸惑い俯く。確かに待っているだけでは今度いつ連絡が来るか分からないし、もう来ないかもしれない。でも自分から連絡するなんて恥ずかしくって。

「こたろーはさ、おさげちゃんのこと気になっているんでしょ?」
「それは、」

こたろーの反応を見ていればそんなのは容易に分かる。日に何度もメールを見直して、ただの短い文に顔を赤らめるなんて・・・・どこの深窓のお坊ちゃんだよ。

「好きなんだよ。こたろーは」
「す・・・ぅ・・・えええ!!」

「おさげちゃんが好きなんだよ」
「そんな、だって・・・話した事だってあれ以来ないし・・・全然・・・」

「ねえ、おさげちゃんのこと考えるとどんな気持ちになる?おさげちゃんのことどう思う?」

「どんなって・・・・・」


・・・・かわいいと思う。

顔がよく思い出せなくても。恥ずかしがった仕草とか。おさげの髪も。清楚なあの雰囲気も。頬がピンクで口元に当てた手は細くて・・・

「ほら・・・また顔赤くなった・・・」
「え!・・・・」

佐藤さんの事を思い浮かべるだけで、なんか・・・・・・・

「なんか・・・・ドキドキ・・・する」
「そのドキドキはね、恋だよ」


「・・・・・恋!」


これが、これが・・・恋!!

俺って・・・佐藤さんにもう・・・恋してんの!!
一度きりしか会ったことが無いのに、そんなよく知りもしない人に対して、恋なんてすんの???俺おかしいのかな!!!


初めて抱く感情にプチパニックを起こし、これが恋ならばどうにもならないこの気持ちをこれから自分はどうすればいいのか、そればかりが頭を巡る。他のことが何も考えられなくなる。何なんだ、この気持ちは!

「おさげちゃんを想うだけでドキドキしたり、会いたい気持ちになったり、恥ずかしかったり・・・自分では抑えられないどうにもならない気持ちが恋なんだよ。もしかしてこたろーは恋をするのは初めてなんじゃないの」

「・・・・・・・・・・うん。うわっ!!・・・・・って、何すんだ千加!!」

急に千加が抱きついてきた!力強くギュウギュウ羽交い締めかと思うくらい締め付けるその力は、一体どこからわき出てくるんだ。

「かわいいーーーーー!!!もうたまんなくかわいいわぁ〜こたろーって!!」

顔を赤らめて恥ずかしそうに頷くこたろーがかわいくてたまらない。恋が初めてだって!!「うん」だって!!もうくちゃくちゃになるくらい抱きしめて頭をなで回したくなる。もう僕にまかせて!絶対おさげちゃんといい仲になれるようにしてあげるから。

「よし!!こたろー。今からメール打つよ!!」
「えええええーーーーーーー!!」

「善は急げだよ。女の子は男からの誘いを待ってるものなんだからね」
「でも・・・そんな急に。何を打てばいいのか分かんないし」
「それを僕と考えるんじゃない。まかせてよ!僕が今まで何人と付き合ってきたと思ってんの?」
「・・・知らないけど・・・5人くらいか?」
「両手の指じゃたりないくらいは付き合ったよ」
「・・・・それってさ・・・・・・・・・・・・・・女の子・・・・・だけ?」

(そこを突いてくるか。いぶかしそうな目で見ないでほしいなあ。確かに付き合ったのは・・・6対4くらいの比率で男の方がちょっと多めかもしれないけど)

意外と冷静にその部分について聞き返す虎太郎に、コホンと一つ咳払いをして千加は答えた。

「あーーーははは・・・そうね。半々くらいかなぁ。でも僕から誘って逃したことはないよ」

「・・・そうですかい」

千加は自信たっぷりに言うけど、俺にとっては何もかもが初めてでメールを打つことも一大事件だ。
・・・だめだ・・・ドキドキする・・・落ち着かない・・・・一緒にとか言うけど・・・



「だめだ・・・俺、何も浮かばない・・・」
「大丈夫だって。まずはそうだな。今度会いませんかって打っちゃおうよ」
「ええ!!いきなり」
「いきなりってほどじゃないと思うよ。「元気ですか?」とかのレベルだけどメールはやりとりしているんだから、次はもう会うっきゃないでしょう」
「そ・・・そんなものなのかな」
「まあ、ほら。今回は相手からモーション掛けてきた訳だし、あっちにその気があるんだから強気に攻めてもOKだってば。さ、送るよ」


横に座った千加が虎太郎の肩に腕を回し、後ろから抱きしめるようにして一緒に画面を覗く。メール画面を出したまではいいがそのまま打てないでいると、「ほれほれ」と携帯を握る虎太郎の手を上から包んで勝手に文字を打ち始めた。

「重いって千加」
「いいの、僕は今はこたろーのキューピッドなの」

抱きつきながら人の指の上から携帯を操作しないで欲しい。俺は千加の操り人形か。キューピッドというよりかはこれではまるでのしかかる背後霊だと思う。でもこれでも好意でやってくれているのだからあまり無碍にも出来ない。

「今週の・・・土曜っと・・・ほら、こたろーもちゃんと打ってってば」

千加に言われるがままにボタンを押す。

「どうせ2人とも話なんか出来ないだろうから、最初は映画だね。今はやってる恋愛ものあれ何て言ったっけ」
「・・・恋愛もの・・・それって、なんかあまりにもストレートすぎないか?」
「君たち鈍感カップルにはこれくらいがいいのだよ。それともドラ○もんでも見る?」

GWに上映される映画情報を自分の携帯で確かめながら、人気のアクションものもあるけどあのおさげちゃんのイメージには合わないと千加は言う。

「でも、千加やっぱし・・・・他のにしてくれないか。俺、さすがにこの映画は恥ずかしい」
「清純派ラブストーリーだから、やってもキスシーンくらいだって」
「キ、キスシーン!だめ、そんなの絶対無理!」

ドラマや漫画では平気で見ても、さすがに好きな女の子と一緒にそんな場面を見るのはいかにもって感じで耐えられない。



「仕方がないなあーもう・・・・じゃあこれ見なよ」

そう言って千加が自分の携帯で検索した映画は、同じく今はやりのアドベンチャー映画。

「そ、それなら・・・いいかも」
「じゃ、これに決定ね」

でも千加は知っていた。この冒険物は主人公とヒロインの濃厚なラブシーンが後半部分にバンバン出て来ることを。さっきのラブストーリーの方がキスシーンの数は少ないだろうしラブシーンのタッチも軽めだ。

(まあ、こたろー君。これを見て大いに刺激を受けてくれたまえ)



上映時間まで確かめてくれて、待ち合わせの場所、お昼を食べるところなど千加おすすめコースをあっという間に提案する。

「でも、まずは相手が来てくれないと始まらないよね。ほら送って」

「返事くれるかな・・・」


送信ボタンを押すのが怖い。


こっちが勝手に舞い上がっているだけで、佐藤さんはこんなにも早く会う気は無いのかも知れない。デートなんて早すぎるんじゃないかな・・・そう心配しながらボタンを押せずに画面を見ていると、千加が俺の親指を上から勝手に押した。


ピ。
――― 送信完了 ―――


「ああああーーーー!!!」
「もう、意気地がないんだから」

携帯を持つ手が震えた。おく・・・おく・・・・・・・送っちゃった・・・よ。

「ち、千加!!」
「あーなんか僕の中のキューピッドが勝手に動いて〜。でもどうせ押すつもりだったんだからいいじゃんか」
「でも、心の準備が!」
「もう、十分。どのくらい準備に時間かけんのさ」



ピロリ〜


「!!!」
「来た!返信来たよ!!こたろー」
「ど、どうしよう」
「どうしようって、開けて、ほら開いて」

受信メールをガン見して、おずおずとボタンを押す。
見るのは怖いけど、見ないわけにはいかない。緊張で静まりかえった部屋の中で、ゴクリとつばを嚥下した音が耳に響いた。



『こんばんは。今度の土曜日、楽しみにしています』



「ほら!ほらほらほら〜〜〜OKだよこたろー、いやっほーーー!!」

「ほ・・ほんと・・・に」

俺の周りをピョンピョンはね回る千加はまるで自分のことのように喜んでいる。

俺はまだ信じられなくて、もう一度メールを見返した。


(夢じゃ・・・ないよな・・・)


デートの誘い。
佐藤さんの『楽しみにしています』。
たったこれだけの言葉に、俺の心臓は跳ね上がった。

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あきゅろす。
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