予感(2)
「京極、あいつおかしいよ・・・」




千加はあの時のことを思い出す。忘れられるはずもない悲惨な事件。

去年の夏の廃工場。
虐げられたこたろー。
京極の残虐な反撃。

床に転がったこたろーを見る京極。
あんな目で、友達は見ないよ。

苦しそうな、悲哀なまなざしで・・・






事件のあと、寮に帰ってきたこたろーはまだ心の傷が癒えて無くて心配な状況だった。そして椎神から京極の携帯の番号を知らされたとき、僕が感じていた不安は現実味を帯びた。

「何かあったらまず龍成に知らせて」

何でこいつはいつも命令口調なんだ。お前らの携帯番号なんて知りたくもないね。

「何であいつに連絡なんてしなきゃなんないのさ。いらないよこんなの。こたろーの世話は僕がするからね」
「君に?それは無理です」

鼻で笑うなよ!無理かどうかなんてやってみなきゃ分かんないだろ。

「何でさ!僕にだって、」

あの後こたろーの怪我の治療とかしたのは京極達だけど、今一番近くに居るのは僕だし、こたろーだって僕に頼ってくれている。だからその時は自信があったんだ。こたろーが苦しんでいたら助けてあげられるって、悲しんでたら慰めてあげられるって。
でも、実際はそうじゃなかった。
悔しいけど、椎神が言うように僕の声は悪夢に悩まされるこたろーの耳には届かなかったんだ。


帰ってきてから1ヶ月くらいは精神的に不安定なこたろーはよくうなされていた。
あいつらに頼るのは嫌だった。大口をたたいた割には何もできない自分があいつらに負けたことを認めるようで、それが無性に悔しかったから。でも、苦しんでいるこたろーを前に自分のプライドにこだわっているわけにもいかず、いらだつ気持ちを抑えて京極に連絡を入れた。

夜中なのにワンコールで電話に出るあいつ。こうなることを予期していたかのようにすぐにやって来た。
それが何だか不安に感じてその場を離れずじっと見張っていると、すぐに椎神に部屋から引っ張り出されるから部屋の中で何をしているのかはいつも分からなかった。

あんなこたろーに変なことはしないと思いたかったけど・・・

一晩中耳をそばだてて、こたろーが助けを呼ぼうものならすっ飛んで行こうと寝ずの番をした。どうせケンカじゃ勝てないんだろうけど、こたろーを守るとあの日決めたんだからその思いだけでひたすら隣室の動向を探った。明け方、出て行く足音が聞こえて京極が去ったこたろーの部屋を静かにのぞくと、穏やかな寝息を立てる姿に安堵した。そんなことが何度か続いた。



事件の日から予感はしていた。

血まみれの手でボロボロになったこたろーを抱いて、駆け寄った僕を視線で威圧して一切触れさせようとしなかった京極。




あいつにとってこたろーは特別なんだって。




初めはどうして一般人のこたろーがあんな凶悪な2人とつるんでいるのか疑問だった。それは僕だけじゃなくて、周りのみんながそう思っていたことだ。
こたろーは普通。どちらかといえば内向的で、進んで派手なことはしない。穏やかで優しくて、でも芯は強い。だから、自分を盾にして僕を守ってくれた。
そんなこたろーを自分の懐に無理やり引っ張り込もうとするあの極悪龍。

虎視眈々と獲物を追い詰める肉食獣は、2重人格か?と思えるほどの変わりようを見せる。ケンカとかにこたろーをひっぱり回す一方、ほかのことはめっぽう甘やかしている。
そしてこたろーはずっとそうされてきたからかそれが妙なことだと自覚していなくて、飼いならされた犬のようにご主人に忠実だ。出かけると言われれば「分かった」の一言でついて行くし、飯だと連絡があれば走って駆け付ける。恋人か?と思うくらいベタベタしてくるスキンシップとかも普通に受け流し、たいして抵抗もしない。淫らな手付きでこたろーの腰を引き寄せる様を見せ付けられる度に京極の手を叩き落としたくなる。

今でこそ事件の影を引きずることもなく生活できているように見えるけれど、こたろーには二度と心を痛めるような思いはしてほしくなかった。あんな奴の餌食になるなんてとんでもないことだ。






「前から言おうと思ってたんだけどさ」
「うん?」

こたろーにはこの際ちゃんと話をして、少しは危機感を持たせなければ。

「京極ってさ・・・こたろーに変なことしない?」

「変って、・・・・・・・・・・・どういう」


戸惑うこたろー。
これはどうやら思い当たることがあるらしい。千加は自分からさっと目を逸らしたこたろーの動揺を見逃さなかった。

「具体的に言うよ。例えば、体さわられたりとか、押し倒されたりとか、キスされたりとか、・・・」

「・・・・・・・・・・・あの・・・・・・その・・・・・・・・・あれは・・・・・・・・・・・・・・だな」

困ったことに千加の言うすべてのことが思い当たる。
それは変な事と言うよりは嫌がらせの範疇で6年間耐えてきたことだけど、人にそのことを聞かれるのは初めてで、素直に認めていいのか悪いのか返答を迷っていると、

「あるんだ」
「や、それはただの嫌がらせで・・・・・・・・・・今はあんまり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ないぞ」
「今は・・・・・ねぇ」


「中学のときは・・・・・・・・・・・・・ちょっと・・・・・な」

ぼそりとつぶやいてみた。そりゃあもうちょっとどころか、思い出したくないことは山ほどあったよ。でもそんなことを詳しく話すわけにもいかず顔を引きつらせていると、

「こたろーはそれでよかったの?」
「それは・・・・やだったからさ・・・・・やめろって言ったし。だから今はそんなことしないし・・・普通の友達だよ」

今は普通と言いつつも、ふいに先ほどの米粒パクリを思い出してしまう。

「ね、こたろー。もし嫌なことがあったら僕にちゃんと言って。そりゃケンカじゃ全然適わないけどさ、僕だって・・・僕だってこたろーの力になりたいしさ・・・」

「あ・・・・・うん・・・ありがと・・・」

思っても見なかった。千加がそんなことを言ってくれるなんて。

あいつらが変なことをしたり、嫌がらせをしたりすることなんて他人に相談したことが無かったから。先生に言ったって「仲良くしなさい」としか言ってくれなかったし、親には心配掛けそうだったからケンカのことくらいしか話してないし、友達に至っては「仲がよくていいよな」とトリオみたいに言われてきたし。
やっぱり、千加は違うなぁ・・・・・このあいだの手紙もそうだけど、話を聞いてもらえるし頼りになる。


「じゃあ・・・その、早速なんだけど・・・」
「何?」
「俺の口についた米粒とか、千加だったら食う?」

「・・・・食われたんだ」


ベタ甘じゃんか・・・飯時に2人で何新婚さんやってんだよ。
京極がこたろーにそうしている場面を想像して・・・・・・・鳥肌が立ってくる。


普通は食わないよ、新婚さんならやるかも・・・・と言う千加の答えに、やっぱりそうだよなと自分の考えに間違いは無かったことを確信する。人に平気であんなことをする龍成はきっと感覚がずれているのだろう。

「そっか、そうだよな。普通しないよな。今度龍成にちゃんと教えてやらないと」
「何を?」
「他人の米粒は食うなって。マナー悪いぞって」


(・・・こたろー以外にはしないと思うよ)


やっぱりこたろーは分かってない。自分が特別視されてることを。
京極は・・・・・これからどうするつもりなんだろう。ただずっと甘やかすこの蜜月状態を卒業まで続けるなんてこと・・・・・・・・・・・ありえないよね。




「とにかく、京極はこたろーに構いすぎなんだよ。まるで自分の物みたいにいっつも横に置いておかないと気が済まないんだよ、独占欲丸出しだね」
「そうなのかな。俺、あんまりよく分かんなくて。別に一緒に居てもそれ・・・普通だし」
「こたろーって傍にいすぎてあいつの異常さに免疫なくしてるんだよ。気をつけないと今に大変な事になるよ!」
「気をつけるって言っても、何を?どうやって?」
「たとえば・・・・・」


たとえば?そう言って考え込む千加。


「不用意に触らせない」
「最近は触らないけどな。あー まあ、たまにはあるけど」
「あれがたまに?頻繁におさわりしていると、僕の目には映るんだけどね」

あんなに触られているのに本人にその自覚が無いことにガックリする。こたろーの中では何処からがおさわりの範囲に入るんだろう。あの分じゃ肩に腕を回して撫でたり、腰を抱かれたりする程度のことはおさわりではないと思っているみたいだ。この間なんて後ろから抱き着いて背後霊みたいに覆いかぶさって・・・耳元に寄せた顔はキス寸前だったぞ。あれがおかしいって事を教えてあげないと、どんどんやることがエスカレートしていって、気が付いた時には野獣の口の中ってことも十分ありえる。

「それとね、なるべく2人きりにならないこと」
「でも、ご飯のときは無理っぽい・・・だって椎神だって呼ばないし。俺は呼べって言うんだけどなんか嫌がるし。どうしてかな」

それだけこたろーを独占したいんじゃん。あの腰ぎんちゃくの椎神さえ省くくらいだ。こたろー以外目に入ってないんだよ。

「あとは・・・・・・こたろーがもっと自覚を持ってしっかりする!」
「しっかりしてるつりだけど。俺は嫌な事は嫌だってちゃんと言うぞ」

「・・・・・・それじゃ、だめなんだよ」



1から10まで教えてあげないと、この豆芝君には自分の危機的状態が分からないようだ。鈍感すぎると言うべきか、相手を信じきっていると言うか、京極達の躾の成果と言うべきか。
これから先のことを考えると千加は不安でたまらなかった。

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あきゅろす。
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