予感(1)
「おいしい」
テーブルには鯛づくし。刺身に煮付け、すり身のおつゆに炊き込みご飯。この間鯛料理本を読んでいたと思ったら次の週にはもう出てくるんだから、そのやる気には感服するよ龍成君。
「なあ龍成」
「ああ?」
相変わらず豪快にガツガツ飯をかき込みながら、こいつはせっかくの料理を味わってんのかと、疑問に思いながらいつも不思議に思っていることを聞いてみた。
「椎神は何で呼ばないんだ?」
もう2年になるけど、この部屋で椎神と食卓を囲んだことが無い。あいつはいつも食事を済ませてからやってくる。椎神が自炊をしている姿があんまり想像できなくて、でも他の奴らにしてみれば龍成が料理をする姿こそ想像できないんだろうけど。物を破壊するイメージは持てても、こいつのこのごつい手からこんなうまい料理が生み出されるなんて、誰が想像できるだろうか。食ってる俺だって未だに信じられないときがあるのに。
「お前に食わせるために作ってるからな」
「ぐ、ぐふっ・・・」
「きたねえ。あちこち飯とばすな」
思わずせき込んで箸が止まった。
(「お前のためにって・・・」それって女の子が言ってくれるのなら感激なんだけど、お前に言われてもな。)
こうやって飯を食わせてくれるのは、俺の高校受験失敗の責任が自分にあることを自覚してのことで、いつも学食で金を使うなと言ってくれる。うちはパンピーだから毎日の学食代もなるべく節約したい。豪華な定食なんてそうそう食べられないし、龍成に食べさせてもらうことで一食分浮くだけでもそれはありがたかった。
そして龍成にしてみれば、自分の趣味を俺で実験できるわけだから一石二鳥だよな。俺なら舌も肥えてないし少々の失敗作でも無理やり食わすことができる。金を使いたくない俺、料理を作りたい龍成。これってギブアンドテイクだ。まあ、龍成は失敗したことないから今のところ飯の内容について異議申し立てをしたことは無い。
「たまには呼んであげれば?」
「必要ねえ」
ピシャリと否定されてそれ以上会話を続けることもなく、食べることに専念しているとそんなことを聞いた俺の様子が気になったのか、珍しく龍成のほうから話しかけてきた。
「一緒に食いてえのか」
ぼそっと不満げな声に俺が顔を上げると、いつもの不機嫌な目がこっちをじっと見ている。龍成の視線はいつもまっすぐで、強すぎるくらいに相手を見据える。俺は慣れているけど、他の奴らは凶悪な視線に耐え切れずすぐに目をそらすだろう。
別に今日は何も悪いことはしていないので、そんな強い意志を持った視線に臆することも無く、いつものようにキョトンとした顔で答えた。
「そういうわけじゃないけど。なんか、もったいない気がして」
「何がだ」
「こんなに美味しいのにさ。俺しか知らないなんてもったいないじゃん」
もう食べ終わったのか箸を置いた龍成は、ご飯をパクパク口に運ぶ俺をちょっと目を細めてじっと見ている。ニヤニヤして、悪いことを考えているときのこいつの目は嫌いだけど、こんなふうに目を細めてちょっと何かを考えているようなときの龍成の顔は、少しだけど理知的に見えて俺は結構気に入っている。
粗野で凶暴な龍成しか知らない連中はこいつがこんな表情を見せることを知らない。きっと俺と椎神しか知らない表情になぜか俺はちょっとだけ優越感のようなものを感じていた。
厳しい表情だけど、でも穏やかな視線で何かを考えている。しばらく動かずにただそこでじっと俺を見ている。俺は見つめられて何だか身の置き場が無いからすぐに目をそらすんだけど、いつまでも龍成の目が離れないことは分かっている。これって何か妙な感じだな。
「お前が食えば、それでいい」
「?」
やっとしゃべったかと思ったらそれだけの言葉で、自分の食器を片付け始めた。口元が少しゆるくなっているような気がするんだけど。
もしかして笑ってる?マジで?あいつが?
「美味いって、もったいないって」言われたことに対して喜んでいるのか?
表情をあまり変えることが無い気性の荒いこの男が、自分の言ったちょっとした言葉に表情を崩すのが驚きで、そうなると龍成のもっといろんな顔を見たくなった。でも、意地悪なやつは除いてだ。あのニヤニヤしたやつとか、無性に怒ってるのとかはごめんだ。見たくない。それ以外の今見せたようななんか・・・こう・・・・そうだ、真面目でちょっとかっこいい感じなやつ、それが見たい。
よし!決めた。料理のたびにもっと龍成の料理心をくすぐるような台詞を言ってみよう。そうすればへにょへにょに喜んだ顔とか見れるかもしれない。
へにょへにょ・・・・・・?それは・・それはちょっと無いか、あり得ないし気持ち悪いな。まあ、その普通な感じのちょっと緩んだ笑顔みたいなのが見れればいいかな。
そんなちょっとした楽しみを見つけた俺は、上機嫌で出されたものを全て食べ挙げた。
「口」
「ん?」
龍成のごつい手が俺の口の端に伸びる。指で摘んだのは米粒。お弁当つけてどこ行くの?ってやつだ。そして指で取った米粒を龍成はそのまま自分の口に運ぶ・・・
パクリ。
「へ?」
なんで・・・・・・・・・・・・・・・こいつはそれを食うんだ?!親じゃあるまいし普通赤の他人の顔についた飯粒を食うか?
考えられない行動に目を見開いて龍成を見ると、やった本人は何事もなかったように腰を下ろしまた料理本を広げ読み始めた。
普通!?普通なのか??お前にとっての今の行動は・・・?
自分だけがうろたえた。
いや、別に、そんなに気にすることでも・・・無いのか。気にするほうが変なのかな。友達だったらするかな・・・・・・・・・する・・・・・・かな・・・・・・・・・するのかな???
「お茶、それ以上冷めたらまずいぞ」
「あ、うん」
猫舌な俺に、ちょうどいいくらいのお茶を出してくれる。ほんと、ご飯のときだけは至れり尽くせりだった。
満腹になって部屋に帰ると後はもう寝るだけ。リビングには千加がお勧めのお菓子を広げてクイズ番組を見ていた。
「おかえり〜今日は何だった?」
「鯛づくし」
「へえーーー鯛!ほんとに!!いいな〜僕も食べてみたかった」
「そう?じゃあ今度聞いて、」
「いや、冗談だよ、言ってみただけだから本気にしないで。それは謹んで遠慮するよ」
本当にお願いしてみようと思っていたのに速攻で断られてしまった。美味いのにな。あいつの料理。もっと他の人に知ってもらいたいという願いをまだ俺は持っているから、千加なら頼み込めば連れて行けると思ったのに。椎神とは仲が悪いけど、龍成とはそうでもないんじゃないかな?と虎太郎は千加が知ったらまた頭を沸騰させて怒りそうなことを勝手に想像していた。
虎太郎がそう考えるのには理由がある。
それは去年の夏の事件で自分があの3人にいろんな意味で世話になったからだ。いつの間にか千加はツインズの携帯番号を知っていたし、自分の知らないところで3人は何かしら連絡を取り合ったのではないかと思う。今になってそんなことを蒸し返して聞こうとは思わないけど。やっと嫌な記憶に振り回される事もなくなったのだから。
だから虎太郎は自分が思っているよりも3人は仲良くなっているのではないかと、彼らが聞いたら眉間にしわを作りそうな間違った考えを持っていたのだ。
未だに極悪ツインズVSサルで険悪な関係を築き上げているというのに。知らないのは本人ばかりなりだ。
「でもさ・・・京極も飽きずによく作るよね。あの甲斐甲斐しさには恐れ入るよ」
「なんか、趣味みたいだぞ。食わせるの」
「こたろーだけに だろ。すんごい特別だよね。あーもう怖い怖い」
「なんで怖いんだ?」
ポッキーを咥えてポリポリ口に入れながら、「こたろー気をつけたほうがいいんじゃない、ニブチンだから」と千加は言ってくる。
「何に?」
「獣に」
「それって、龍成のことか?」
「それ以外に誰がいるんだよ」
寝転がって食べていた千加はガバッと起き上がり口の中の物を飲み込んだ。そして立ったままのこたろーを座るように促し、ポッキーを手に持ったまま口には運ばずぶらぶら揺らし食べることなく話し始めた。
「前からおかしいとは思ってたんだけどさ。まあ、小学生のときからの付き合いだって聞いてるし、こたろーもそこまで嫌がってないから言わなかったけどさ・・・」
「何?」
「京極の態度とか目つき。どう思う?」
龍成の態度と目つき?
あいつの態度と目つきなんて「悪い」の一言に尽きる。何で千加はそんな誰もが即答できる当たり前な事を聞くのだろうか。
「そりゃあ・・・いいとは言えないわなぁ、あの目つきは。あ〜でも・・・」
(少しは普通に笑えるのかも・・・)
今日見た龍成の少し緩んだ口元。それは見間違いかもしれないけれど、そういう表情も、あいつは持っているのかもしれない。あいつにとってはあの視線が普通だし、理知的に笑うのを信じろって方が今更無理か。
「こたろーはさ、何も感じない?」
「へ、何を」
「あいつ・・・・・・・・・・・・おかしいよ」
千加は真面目というより、深刻そうな顔でそう言った。
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