ラブレター(2)
「ねえこたろー、先輩の手紙読んだ?」

「何それ?」

「もう、忘れないでよ、佐久間哲也先輩からのラブレターだよ」
「げ!」

忘れてたよ。そっちがまだあった・・・



机に置いたままのあの茶封筒。できれば触りたくもない。今日の下校時千加の後についてきたあの3年、佐久間と言ったか。せっかくかわいい女の子からラブレターをもらったというのに、その後があれではいい気分も台無しだ。

「先輩に頼まれてるんだから、ちゃんと読んでよね。先輩返事待ってると思うから。ほら、今読んでよ」
「今か!」

正直無かった事にしたかった。男からのラブレターなど読まずにゴミ箱にポイだよ。でも千加がジーッと「早く読んで」目線を送ってくるから、仕方なく自室に戻って手紙を読むことにした。



何と言うことは無い普通の茶封筒。裏には名前。まあ、これがかわいい便箋だったら気持ち悪いからこれでいいんだけど。中身が破れてもかまわないのでこちらは手でビリビリと乱暴に開封した。中には1枚の紙。スルッと取り出し四つ折りにされた紙を開いて見ると、


「なんだこりゃ」


そこには『英語研究会入部希望のお知らせ』と書かれたコピー用紙が入っていた。


《英会話ができれば就職にも便利!英語が苦手なあなたも、得意な君も、一緒にネイティブな英会話にチャレンジしてみませんか。
説明会: ○月○日 ○○時〜 場所 北校舎3階 英語研究会部室》


そして一番下には付け加えられた手書きの文が・・・


『Did you think that it was a love letter? He heard that English is its favorite. I want you to enter a club.〜            Manager SAKUMA
PS:You are lovely. No. Is it better to say that he is smart?

「これって・・・・・」

虎太郎は3年の佐久間からの文を読んで唖然とした。それに書かれてあったことは・・・

『ラブレターだと思った?英語が得意だって聞いたから。入部して欲しいな〜(部長 佐久間)
追伸:君ってかわいいね。あー、でもかっこいいのほうがいいのかな?』



「何だこれは」

読み終わると同時にプリントを持ってリビングに戻り、テレビを見ている千加に声を掛けた。

「おい・・・千加」
「何!なになに〜」

にっこり笑って俺を見る千加は、きっとこの手紙の内容を知っていたはずだ。

「これ、どういう事?」
「書いてあるとおりだよ。ちなみに僕はThe vice-manager(副部長)でーす」

だからあいつを連れてきたのか・・・
そして俺に向き直った千加は手を合わせて頭を下げてきた。

「こたろーお願い、入部して!!英語得意じゃんか。頼むよ〜人数少なくて困ってるんだよー」

思ったより新入生がゲットできなかったようで、このままでは部の存続に関わるらしく身近な人間を勧誘しまくっているらしい。

「入ってくれたら全面的に恋のキューピット協力するからさ!」

無償で協力してくれるんじゃないのか?・・・・・・全く調子がいいんだから。



佐久間という3年の書いたPSの部分はひっかかるけど、部活勧誘目的だと判明したことでやっかいごとが一つ減ったから少しだけ気が楽になった。

「それに、こたろーってどうせ暇じゃん」
「暇って・・・」

確かに部活動とか委員とかバイトとか何もしていないし、暇は暇だけど。英語・・・かあ。

「これからの時代には必要不可欠だよ!やってて損はないってば」
「それは分かるけど」

蝶子姉ちゃんも海外に留学して、そのあとそれを就職活動に役立てて見事通訳の仕事に就いたから、役立つことは十分に分かっている。ただ部活とかしたことが無かったから、しかも英会話とかインテリチックで自分には合わない感じもする。

「部長もさ、こたろーのこと気に入ってたしさ」
「なんで?俺話したのあれが始めてなんだけど」
「なにを今更、こたろーはこたろーが思っているより有名なんだよ」
「・・・・・三悪ってこと?」

その言われようは好きじゃない。俺をよく知らない連中は俺も「悪」だと思っているから。そんなことないのに・・・

「そうじゃなって。こたろーが悪じゃないってのは、クラスの奴らも言ってたじゃんか」
「悪じゃないっていうか、怖くないとか言われた・・・」
「3年は三悪のイメージが強いだろうね。2年はかわいい芝ピーだし、新1年に至っては三悪はアイドルだよ」

虎太郎のイメージはそんなものだと千加に評される。
どの学年にしても自分への評価はプライドがちょっと傷ついた。悪は嫌だけど全然恐れられていないとか・・・いや、恐れられたいんじゃないけど、かわいいとか言われるのは嫌だし、俺って男らしくないのか?とへこんでしまう。



「こたろーは英語ができるって話、僕が先輩にしたんだよ。そしたらあの三悪の“悪じゃないかわいい奴だろ”って先輩が言ったのさ」
「・・・・・・・・・かわ・・・・」
「あ、だからね僕がちゃんと怒って訂正しておいたから。かわいいなんて言って本当に失礼だよね。ちゃんと“かっこかわいい”って言っといたから」

満足そうにその言葉を口に載せた千加。



それって、PSに書いていたことそのままじゃんか・・・お前がそれを言ったんだな・・・・



「じゃ、とりあえず説明会には来てよね」
「マジでか」

そして後日、千加にいいように言いくるめられて、暇人の俺は英語研究会に入部することになった。




そのときは告白されたことに有頂天で、あまり周りのことが見えていなかったと後になって思う。学年も変わって気持ちも新たに何か新しいことを始めて見るのもいいかなと、安易に考えていたんだ。そして俺は大事なことを忘れていた。そう・・・俺は蒼谷の三悪。三悪ってことは後2匹、悪魔のような奴らが居たということを。




告白されたこと、部活に入ること・・・・・春の陽気に包まれて俺はそのときとてもうれしいような、ドキドキするような気分に浸っていた。それこそ、悩まされていた嫌な記憶さえも払拭してしまうくらいに。




寝る前にまた女の子からもらった手紙を手に取った。



(これ渡すの、きっとすごく恥ずかしかったんだろうな)



男子校まで来て。
いつ出てくるか分からない俺をどれくらい待ってくれていたんだろうか。
友達に引っ張り出されて、おろおろしながら始めは何を言っているのか分からなかった。
下ばっかり向いて、そう言えばまつげが長かったな・・・


『こ・・・・・これ!読んでください!!!』


あの言葉を言うのは、どれくらい勇気がいったことだろう。

手紙を渡した後、あっという間に消えてしまった。
まるで春風が運んできたような女の子。ほのかに淡い桜色の思い出。




手紙を机の引き出しに大事にしまい、ハーッとついたため息はいつもの重たいものではなかった。


(だめだ、ため息をついたら幸せが逃げる!)


そしてまた、幸せな気分に浸っていた。



虎太郎の心に、言葉では言い表すことができない不思議な感情が芽生え始めていた。

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