ラブレター(1)
机の上にある2通の手紙。

椅子に座って腕を組みそれをじっと見つめる。1枚は佐藤美里さんという女の子からのものだ。淡い桃色の封筒は、俺の目をほとんど直視出来ずにうろたえるばかりのはかなげな女の子をイメージさせる。



(・・・・かわいかったな・・・)



少女を思い出す虎太郎の頬も、ほんのり薄紅色に染まっていた。
160センチもない、小柄で2つに分けたおさげ、膝下まであるスカートに学校指定っぽい短めのソックスと黒いローファー、清潔感のある身なりが清楚でまじめな印象をもたらす少女だった。

(みりさん・・・かぁ)



中味まで切ってしまわないようにギリギリの所を丁寧にはさみで切る。中には1枚だけ紙が入っていた。これも淡桃色で、白いレースの模様が入った乙女チックな便箋だった。



『綾瀬虎太郎さんへ』



ドキドキしながら一字一字読んでいく。句点の度に読んでいて恥ずかしくなるから、手紙から顔を背けてまた読み直すのを繰り返した。

(すごい・・・どうしよう・・・本当に告白されちゃった・・・)


女の子からの告白は初めてだった。

佐藤美里さん・・・下ばかり向いていたから顔はぼんやりとしか思い出せないけど、かわいかった・・・とうい印象はある。文面も控えめできっとおとなしい子なんじゃないかと思う。ケンカする俺を見かけてそれ以来かれこれもう半年、その想いを胸の内に秘めていたらしい。

『よかったらメールをください』

メールをくださいって言っても・・・なんて返事をすればいいんだろう。
女の子になどメールをしたことがない虎太郎にとってこれは大きな難問だった。返事をすると言うことはこちらにそのつもりがあると言うことだし、断るなら断るでやっぱり返事を打たなければならない。

1人で悩んでも何の考えも浮かばない虎太郎は、とりあえずアドレスだけは入れておこうと思い名前を打ち込み始めた。途中でピタリと指が止まる。

「グループって・・・どこに入れればいいんだろう?」

家族、友達、その他。この3つしか携帯にはグループを作っていない。その他にすべきか友達にすべきか・・・

(まだ友達じゃないしな・・・でもその他って言うのもなんか・・・・な・・・)

思い切って友達グループのボタンを押す。

――――― グループ 「友達 08に登録されました」

・・・俺って友達少ない?
たった8人しか登録されていないことに今更ながら気が付き、ちょっと情けなくなった。





その時、風呂のドアが開く音がしたので千加が上がったことが分かり、こういうことは聞いた方がいいかなと思って自室を出た。

「なあ、千加。ちょっと」
「んあ?」

頭をタオルでゴシゴシ拭きながらペットボトルの水を飲む千加を手招きし、テーブルに呼ぶ。実は・・・と言ったきり、次の言葉が出てこない虎太郎に「何さ?」と千加は怪訝な顔で覗込んだ。

「あの・・・な。実は今日さ手紙・・・」
「ああ!!あのラブレター襲撃事件ね。ヒューヒュー!モテ期の男はつらいね〜」

襲撃って・・・
茶化す千加は「恋の悩みは経験豊富なこの僕に」って自信満々に言い放ち、「お兄さんになんでも話してごらーん」とか告白された本人よりも上機嫌だ。
もにょもにょと口ごもりながらも、思い切って今日のラブレターについてどうすればいいか訪ねてみた。それはもう顔を真っ赤にして。目なんて合わせられたもんじゃない。

「メールねえ、そう来るか・・・まあ、あのどもり方ならもう一度返事を聞きに蒼谷に来るとは思えないもんね」
「だよ・・・な」

千加の目が何だかにんまりしている。

「じゃ、友達からお付き合いしましょうって返事すれば」
「え!そんな、いきなり」
「だって返事くださいって書いてるんでしょ。じゃ、返事しなきゃ始まらないじゃん」
「そ・・・・」

それは・・・・・・・そうだけど。

「あのおさげちゃんは“OKです”以外は聞きたくないと思うよ」
「でも、返事は・・・まだ決めてないし」
「こたろーが付き合ってみたいならOKですってメールすればいいし、その気も無いのに適当な返事をしたらそれこそ傷つけちゃうよ。興味ないならすっぱりごめんなさいって断りなよ。」




千加は恋愛慣れしているせいか、さくさく話を進めていく。

「興味があるとか、ないとか・・・それは、その」

恥ずかしさに顔を赤らめる恋愛経験ゼロの虎太郎。普段周りの事に無関心であまり自分の我を通そうとしない虎太郎が、女の子の事を考えながらもじもじして先に進まない様子にこれは何とかてこ入れしてやらねばと千加は思った。いつもぶっきらぼうなこたろーが、かわいさダダ漏れで恥じらっている姿が見れただけでも満足!と千加は俄然やる気が沸き上がる。

「その、俺。こういうの初めてだからさ」
「うんうんそうだろうね。見てれば分かるよ。だってこたろー、ぷぷぷ・・・耳まで真っ赤!」
「え!嘘」
「もうかわいいんだからー。でもさ、デートの時それじゃぁちょっと男としてはね〜」
「デ、デート!そんなまだ付き合うとも決めてないのに!」



携帯を両手で握りしめたこたろーはプルプル震えながら脳内はおさげちゃんとのラブラブデートを想像し・・・しかし経験が無いため大した想像もできずに、それでも湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしていた。

「少しはいいなって思ってるんでしょう?あのおさげちゃんのこと」
「え!」
「でなきゃ、そんな反応しないよね」
「そ、それは・・・」

千加の言うことは当っている。デートとか付き合うとかは俺には程遠い話だけど、恋愛には興味はあったし何よりも初めて告白されたことにかなり嬉しい意味で動揺していた。

「とにかくさ、こたろーが友達からでもっていう気があるならいくらでも相談に乗るよ。何でも聞いて、僕の経験値の高さは伊達じゃないからね!!」
「千加ぁ〜」

(その言葉力強いよ!!やっぱり千加に相談してよかった。)



「・・・・・・返事、してみようかな」
「うん、いいんじゃない。何事もやってみないと分からないしね。よし返事、一緒に考えようか?」

その言葉はありがたかったけど、こういうのはちゃんと自分で考えるべきだと思って「頑張ってみる」と真剣な顔で答えると「よしよし頑張るんでちゅよ〜」となぜか子供にするみたいに頭を撫でられた。



「こたろー」
「ん?」

「頑張ってね。僕本当に応援するから」

「あ・・・・うん。ありがとな、千加」


赤い顔で俯むくこたろーは携帯電話を大事そうに握りしめている。普段大声で笑ったりしゃべったりしないこたろーが少しの笑顔と恥じらう表情を浮かべる。三悪と言われながらも本当は大人しく優しい友人がおそらく初めての恋に挑もうとしている。




こたろーには幸せになってほしい。



どんなに時間が経っても去年の夏の事件は簡単に忘れられる事じゃないと思う。だからこそ、こたろーにはつらい思いをした分幸せになって欲しいと思う。
誰かを好きになってその心をときめかせて、暗く傷ついた心が少しでも安らげばいいと思う。もう辛い思いばかり抱えて1人で悩んだり苦しんだりして欲しくない。





だからね、

恋をしようよ、こたろー。





いっぱいいっぱい素敵な恋をして、もっと笑ってほしい。こたろーのあの穏やかな笑みが僕は大好きだから。
千加はくったくのないこたろーの笑顔を取り戻すためにも、今回のことがうまくいくように心から願った。




「そうだ、こたろー」
「なに?」
「ラブレターのこと。極悪ツインズには絶対内緒だからね」
「え?何で」
「何でって、そんなの決まってるじゃん!あいつら100%邪魔するよ」

何故?
何故あいつらが邪魔をするんだ?付き合うのは俺の自由だろうに。俺が付きあったとして、もしも彼女ができたとして何の問題があると言うんだ?

「そうかなあ」
「そうだよ!」
「でもこの間1年に告られたときは、あいつら俺の事バカにして笑ってたんだぞ」
「それはこたろーが速攻で断ったからだよ。今度は違うじゃんか」

まあ、確かに。今までの人生において散々嫌な事ばかりされて来たから、俺が女の子と付き合おうとしたら、冷やかし交じりでふざけて邪魔する確率は高い。どうしてあいつらは面白半分に人の幸せをぶち壊そうとするのだろうか。たまには「おめでとう」とか「頑張れよ」とか言って応援してくれてもいいだろうに。

「・・・・・・・まずいのかな」
「激マズだよ、こたろー・・・・もう、そのニブチンどうにかしようよ・・・」

恋愛の先輩である千加がそういうのなら、言うことを聞いた方がいいのかもしれない。「俺、女の子と付き合います!」とか人に言いふらすことでもないし、もしうまくいかなかったときは逆に恥ずかしいし。それなら誰にも内緒にしていた方がいい。
・・・・・もしも、もしもうまくいたら、そのときはちょっとくらい自慢してもいいかな。




「あ、そうだこたろー。ついでと言っては何だけど、先輩の手紙も読んでくれた?」
「先輩?はあ?」
「哲也先輩のだよ」


忘れてた・・・
そんな物がまだあったんだった。


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