淡桃色の手紙
下校の時に、告白された。
新入生に。
そいつは、男。
その事実を記憶から早く抹消したかったのに。



「こたろーさあ〜」
「ん?」

「僕には『考えさせてください』とか言えって言っておきながら、自分は速攻で断るんだもん。びっくりしたよ」
「何がだ」

何の話かは分かっていたが認めたくない出来事なので知らんぷりして聞き返すと、「昨日の告白だよ!」と楽しげに答えを返された。せっかく忘れようとしていたことをこうやって速攻で蒸し返され、そういえば千加に「考えさせて・・・」などという曖昧なアドバイスをしたこともついでに思い出した。



「びっくりしたのは、俺の方だよ・・・」



昨日のことは天変地異だ。千加の話を他人事だと思って適当なことを言ってしまった罰だろうか。





「よ!綾瀬、公衆の面前で告られたって?」
「さすが三悪の1人だよな、大人気・・・恐れを知らぬ1年生ってか」
「でも綾瀬はぜんぜん怖くねえよな。怖えのはあの2人だわ」
「いや〜そのとおりだ。芝ピーはかわいいもんな」
「で、芝ピーは付き合うのか?かわいい一年と」


「お・・・ま・・え・・・ら・・・・」


昨日の告白事件のおかげで、俺は渦中の人になっている。だいたいあの1年にも問題がある。なんてあんな目立つところで告白なんかするんだ。おかげでどこに行ってもいじられる。


「違うよ!昨日の場合コタローは、かっこかわいいから告白されたんだよね」


それってフォローになってないよ千加。




あちらこちらで春の陽気で頭が緩んだような事態が立て続けに起こっている。告白したりされたり、中には一日に何人もの相手から声を掛けられたと言って自慢している奴もいる。ゲームじゃないんだから数を競ってどうするつもりだろう。
俺はと言えば、あれ以来下級生に告白されてはいない。三悪めあてとか椎神が言っていた割には一人しか声を掛けられていない。それが不満なわけではないが言っていた程じゃなかったことがちょっとだけ残念に感じるのは、俺自身も春の陽気にイカれてしまっている証拠だろうか。そんなふうに考えていたときのことだった。







「ねえ、あんた綾瀬虎太郎よね」




校門を出て少し歩いたところで突然目の前に現れた女の子。セーラー服に白いリボンが風に揺れ、サラサラのおかっぱ髪の女の子が俺の前に駆け寄って来て挑むような目つきで名前を聞かれた。

(な・・・なんだ・・・)

その勢いにたじろぐ。まるでけんか腰だ。俺より背が低いのに下からグッと睨んでくる目はつり上がっていてちょっと怖い。威張ることではないが、俺は・・・・・人見知りには自信がある。

「ねえ、聞いてるの!」
「は・・・はい」

すごまれてどもりながら答えると女の子は不満そうに眉をしかめてふーんと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「あんた本当にあの綾瀬なの?」
「・・・・・・・・・あの、って?」

「ああもう、イライラするわね。あんたほんとに蒼谷の三悪?」
「・・・・・・・・・・まあ・・・・一応・・・・」
「なんか、イメージと違うわ、美里こんなやつでいいの?」



俺を睨みつけたままおかっぱの子は、電信柱の影に隠れ体半分だけを除かせているもう一人の女の子につっけんどんに呼びかけた。
その子はコクリと頷き、俺の顔をちらりと見るとすぐさま恥ずかしそうに顔を下げてしまった。

「もう、美里、何のためにここまで来たと思ってんのよ。さっさと渡しなよ。ほら」

そう言って怖いおかっぱさんは美里と呼ばれた女の子の腕を掴み俺の前に引っ張り出した。

「ほら、頑張りなさいよ」




ドンと背中を押され、虎太郎の前に突き出された女の子は真っ赤な顔を少しだけ上げた。


「ああああああああああ・・・・あの・・・・・」


「はあ・・・」


何なんだろう。

おかっぱさんは怖いし、この子は何が言いたいのか分からないし、俺何かこの子達に悪いことしたかな?気づかないところで人に嫌な思いをさせることもある。だから虎太郎は最近出先で何かやらかしたかな?と回想してみたが特に思い当たることも無い。後で椎神あたりに聞いてみるか。


「あの・・・・その・・・・わ、私・・・・あの・・・・あの・・・・・・」
「・・・・・・」


「こ・・・・・こっ・・・・こ・・・・・・・・・・・」
「・・・は?」


「こ・・・・・これ!読んでください!!!」



そう言って虎太郎の前に突き出されたのは、淡い桃色の封筒。


顔を下げたまま震える手で差し出すその封筒を受け取ると、女の子は振り返って一目散に駆け出した。




「ち、ちょっと。美里!!」

走って帰ってしまった女の子を追いかけようとしたおかっぱさんは振返り、

「ちょっとあんた、それ読まなかったらただじゃ済まさないからね!!」
「へ?」

そう言い放ち、美里と呼ばれた女の子を追って走り去った。





何だったんだ・・・今のは。まるで台風一過。
いきなり現れた女の子に睨まれて怒鳴られて、次におどおどした女の子に無理やり手紙を渡され、突如走り去ったと思ったら最後はやはりおかっぱさんに一喝された。手に残された淡い桃色の封筒。表には『綾瀬虎太郎さんへ』と小さくかわいい字で宛名が記されている。



(これって・・・まさか・・・・)



そっと裏返して見ると、『佐藤美里(みり)』と書かれてある。

(あの子、美里って・・・言ってたよな・・・・・・え!・・・・やっぱりこれは・・・)

「見〜ちゃったぁ」
「はう!!」

後ろから掛けられた声に飛び上がって振り向くとそこにはニヤついた千加の顔が・・・

「最近の女子高生も度胸あるよね。男子校の校門前で告白なんて。キャー僕見てて興奮しちゃった」
「こ・・告白って」
「だってそれラブレターでしょ」
「・・・・やっぱり」
「いや、あの状況でそれ以外考えられないでしょ。どこまでとぼけてんのこたろーは」


手にあるのは ――――― 淡桃色の手紙。


そうだとは思ったけど。
だってラブレターなんて生まれて初めてもらったんだ。うろたえたってしょうがないだろう。



「モテモテだよね。この間の1年でしょ、そして女子高生。次は誰が来るかな?」
「そんなに来るかよ」
「なんかモテ期到来って予感がするね!」


「じゃ、3人目は俺だな」


低い声に千加の後ろを見ると、そういえばさっきから千加の後ろにでかいのが立っているなとは思っていたが・・・その人が俺に声を掛けた。



「ほれ、受け取れ綾瀬」

千加の後ろに立つ初対面の人に呼び捨て去れ、襟章を見ると「V」のマーク。ってことはこの人は3年?その人から手渡された封筒には宛名は無かったが裏には名前が書いてあった。


――――― 佐久間哲也


名前を見てハテナ顔をする俺の顔を見てククッと笑った佐久間と言う3年はもともと背が高いのだろうが、千加の横に立つとさらに大きく見えた。甘いマスクの・・・こういうのをモテ顔って言うんだろうな。椎神は美人だけど鋭い目つきが人をたやすく近づけない雰囲気をかもし出している。かたや目の前の男はフェロモンだだもれな感じの優男風。スレンダーで背が高くてそこにいるだけで女が群がってきそうなタイプだ。

「そのピンクの封筒のあとでもかまわないから、俺のもちゃんと読んでおいてくれよな。読まなかったら・・・ただじゃ済まさないぞ!」

そしてその男は、ポカンと口を開いたままの虎太郎に向かってバチッと片目を閉じて去って行った。最後はウインクかよ・・・
あのおかっぱ女子との会話をきっと千加と一緒に聞いていたんだろう。「ただじゃ済まさない」と言う去り際の言葉が全く一緒だ。ただし男の言葉はキモかった。



「・・・・・なんだったんだ」
「わー。すごいねこたろー2枚もラブレターもらっちゃって」

「ってそうだ、今の千加の知り合いか!あれは何なんだ?」

ずっと千加の後ろに立っていたんだ。一緒に来たっぽいしあれは誰だとあせって問いただした。

「あれは、佐久間哲也先輩だよ」
「それは分かった、ここに書いてある!」

俺は手紙の裏をバシバシ指でたたいて見せた。

「人気あるんだよ先輩。3年の、」
「それも学年章で分かった!そうじゃなくてさ何であんなのが・・・これなんだよ」

手紙を見せつけ、なぜこんなものをもらわなければならないのか必死になって訴えた。


「だから・・・ラブレターじゃないの」




だめだ・・・・・・・・千加との話は堂々巡りだった。



次回・・・「ラブレター」

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あきゅろす。
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