千加(2)
冬服のジャケットに変わるまで、虎太郎はシャツの上に羽織ったパーカーを脱ぐことは無かった。手首の先まで着るものに覆われていると安心する。でもそうしないと安堵感を感じない自分が、あのことを完全に過去のものと吹っ切るためには、もう少し時間がかかるのかな・・・とも考えてしまう。
でも亀山先生が言っていた通りに、時間が経てば嫌なことも少しずつ忘れていくもので、たくさんの人の中で生活していれば自然と体も順応して生活自体は普通に戻っていると思う。学校はせわしないし体育祭や文化祭など行事も目白押し、勉強だってしっかりやらないといけないしいつまでも落ち込んでいる訳にもいかなかった。




以前と同じように千加のマッサージは気持ちがいい。それが前と同じ感覚なので“気持ちいい”と自覚できることにも安心する。こうやって無防備に体を預けられ気を許せる相手が近くに居ることに虎太郎は救われた。

今日も風呂上りに千加のマッサージで体の疲れをほぐしてもらっている。もう、素肌に触れられてもけっこう平気だ。

「いててて・・・」
「こたろーさ、腕の筋痛めてるんじゃない」
「あー・・・そういえば昨日掴まれて、そのときのかも・・・」



こたろーは昨日もケンカをした。
昨日だけじゃない。2学期になって半ば頃から、前と同じように夜3人でつるんで出かけて行くようになった。




あんなことがあったのにまだケンカに行くことを止めない虎太郎に僕は散々怒って注意をした。それこそケンカ腰で。怖かったけど誘いに来た椎神にも食ってかかった。またあんなことがあったら、今度こそこたろーは立ち直れないかも知れない。だからケンカをやめさせるのは自分の役目だと思い、こたろーにも、あの極悪2人組にも再三苦言を垂れた。

でも・・・あいつ、あの腐れ悪魔椎神のやろう・・・

『コータが抜けたって、狙われることには変わりありませんよ。それどころか私達から離れれば今まで以上に目をつけられるでしょうね。それとも、卒業まであと2年半。ずっと学校と寮の往復だけしかしないつもりですか?それに遠野君にコータが守れるとも思えませんがね』



悪魔みたいに笑いながら、厭味ったらしくネチネチ言いやがって。大体誰のせいでこたろーがあんな目に遭ったと思ってやがんだ!!・・・そうどなりたかったが、僕だって簡単につかまって人質になったんだ。原因を作った点ではあいつらと変わらない部分がある。それだって元はと言えばやっぱりあいつらのケンカのせいで・・・

『元凶を作ってんのはやっぱりお前らじゃないか!!』
『誘ったのは否定しませんけど、コータだって最近は楽しんでましたよ』
『違うね、こたろーは抜けたがってたの!!』
『でも最終的に選んだのはコータですよ』
『それはお前達が脅したからだろう!!』



―――― 今更抜けても、誰も守れない・・・だなんて。
そんな言い方したら、こたろーは僕達のためにまた自分が犠牲になろうとするに決まってる。そして実際そうなった。



『俺、もう、負けないから』



虎太郎はそんなことを言った。けれどまだ迷いがあるんだろう。その言葉を絞り出すとき僕と目を合わせようとしなかった。
もう、手出しさせないように、もっと強くなるために、こたろーはあの極悪組と居ることをまた選んだんだ。

結局僕はこたろーの足枷になり、何の力にもなることができなかった。



痛む腕の筋にシップを貼ってやろうと思い薬箱を取って来る。

「なんで行くのさ、ケンカなんか。また危ない目に遭っちゃう」
「大丈夫だよ。1人じゃないし」
「ケンカなんか、あいつらにさせとけばいじゃん。心配なんだよ・・・・・こたろーがまた無理してるんじゃないかって」



薬箱からシップを取り出しはさみでカットしながら胸にたまった思いを打ちあけるけど、そんな俺を見て困ったような顔をして虎太郎は「ごめんな」とだけつぶやいた。

「もう、やめようよ。・・・もう一度あいつらに話しようよ・・・僕も一緒に行くからさ」

先日こてんぱに口で言い負けた千加。また椎神にリベンジするのは怖いだろうに。今だって肩に力が入りっぱなしだ。そんな千加がやっぱりで友達でよかったなと心の底から思う。そして友達をこんなに不安にさせているのが自分であることにまた落ち込む。
千加を巻き込んだと分かったとき、自分はケンカを金輪際やめようと一時は決意した。奢っていた自分も嫌いだったし、あのときあの場に居たのが椎神か龍成だったら自分のように簡単に負けはしなかっただろう。あの場に居たものを全員打ち倒して、千加を救出できていたかもしれない。

「いや・・・今、無理に付いて行ってるのは、俺の方だから」
「どうして?なんで」
「その・・・なんと言うか・・・・・・」
「どういうこと?」

虎太郎が自分の意志で付いて行っているという言葉に耳を疑う。



「もっと強く・・・なりたいんだ」



グッと唇をかみ締めてうつむく虎太郎が、もがき苦しんだ末に選んだ悲痛な決断を口にする。
今の自分は未だ見えない何かに怯えている。龍成や椎神は人前では態度を変えないけれど3人になると明らかに気を使ってくる。千加もそうだ。それはいつまでたっても自分が弱いからだと虎太郎はそんな自分が歯がゆくてたまらなかった。人に頼っていてはこの恐怖に打ち勝てない。勝つには自分が強くなるしかない。あの2人とまではいかなくても、自分の身を守る強さが欲しかった。

「だからって・・・普通でいいじゃん。あの2人と一緒にいるからケンカなんかしなきゃいけなくなるんだよ」




千加の言うことも確かかもしれない。あの2人がいなければケンカとは無縁だっただろう。狙われることもなかった。でもあの2人と出会ったから困難に立ち向かおうとする今の自分があるわけだし、昔の自分だったら逃げてばかりだっただろうし・・・出会わなければ良かったなんて、そんなのは今更のことだ。小学校からやり直せるものなら・・・やり直したいが。

「あれでも・・・いい奴らだからさ・・・」
「あんな奴らと一緒にいて本当に楽しい?こたろーほんとは嫌だと思ってるんじゃないの」

あいつらと居ても・・・楽しくは・・・ない。楽しい時が全くないわけでは無いが、必ずどこかに落とし穴があって・・・だから昔は嫌で嫌でたまらなかった。千加みたいにはっきりと言ってくれる友達がいたら、もしかして自分はあの2人から離れられていたのかもしれない。でも今は?
今は・・・

「嫌とか、そんなことは・・・・・今はない。むしろ助けてもらってるし」
「うそだ」

「うそじゃない、ほんとに・・・あいつらは友達なんだ。・・・やさしいとこも、あるし・・・一応・・・」
「優しいだって?!あいつらが?あり得ないね!それに友達だったらケンカなんて危険なことに巻き込んだりしないよ。あいつらほんとにこたろーのこと友達だと思ってるのか。僕だったら友達に危険なことをさせたりしない」

友達なら、危険なことさせたりしない。

そうだな・・・
あいつら、なんで俺をケンカに誘うんだろう。
あまり深く考えたことも無かったけど。俺なんかいないほうが思い切り戦えるだろうに、わざわざ連れ回す理由が見つからない。俺だって少しは強くなった自覚があるけど戦力としてはどうなんだ?




眉間にしわを作って考え込む俺に千加が慌てて言う。

「ごめん・・・こたろー・・・言い過ぎた。えっと・・・湿布貼るね」

考え込む俺が「友達」のことを否定されて悲観にくれているとでも見えのか、ずっと手に持っていたそれを腕に貼り付ける。こんなに細いのに・・・とシップを貼った俺の腕をさする。

「俺こそごめん。千加が心配してくれているのに・・・訳わかんないこと言って」

無条件で心配してくれる千加。いつも真剣に笑ったり怒ったり泣いたりする、感情が豊かな俺の友達。あのとき千加が無事でよかったとそれだけがあの事件での唯一の救いだった。

「それにほら、こうやって千加がシップ貼ってくれるし。俺安心してケンカできるよ」
「もう、何言ってんのばか!!今度は怪我したって貼ってやんないからね」
「え〜ケチだなあ」
「ケチじゃない!!」

本気で怒る千加の気持ちが嬉しい。こんな俺にもかまってくれる千加がいてくれるから、つらいときも乗り越えてこれたんだ。




虎太郎は龍成と椎神などにはめったに向けることのない年相応の無邪気な笑みをこぼす。そうやって自然に笑うことが、自身の心と体を少しずつ癒していくようにさえ思えた。



だからずっと友達でいて欲しい。

これから何があっても、一緒にいて欲しい。

きっと千加は本当の意味での俺の初めての“友達”なんだ。




つらい状況の中でその思いだけが虎太郎の暗い心に暖かな光を照らしていた。




次回・・・「春の嵐」

さて、ここで(その3)の前半は終わりです。なのでちょこっとお休みです。明日からは「プラ」です。

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