闇夜の星(1)
「何で2つなんだ?」

花火の後、飯食って風呂入ってパジャマに着替えて雑魚寝しに座敷に来るとそこには布団が2つ。後からやって来たのは龍成だけ。椎神の奴マジでトンズラしやがった。




「腹が痛えらしい」
「腹?下痢か?」
「さあな」

同じものを食ったはずなのに、刺身にでもあたったか?

「チェ、せっかくトランプでもしようかと思ったのにさ」
「すればいいじゃねえか」
「2人でか?つまんねー」
「じゃあ寝ろ」
「まだ眠気来ないし」
「電気消して布団に潜れば寝れる」
「お前じゃあるまいし、そんな速攻で寝れるかよ」

龍成は布団に入って2,3分で寝付く。それも特技の一つだとは思うが、普通は余ほど疲れていない限りそんなに早くは寝付けないだろうに。





電気を消されてしまったので、仕方なくゴロンと布団に寝転んだ虎太郎は明かりがさし込む網戸に視線をやった。花火の時に細く欠けた月が見えたことを思い出し、四つん這いでのっそりと移動し網戸から外庭を見た。その薄明かりは月明かりではなく、本宅の電灯だった。

スルスルスル・・・

静かに引いても音は立つ。少し開けた網戸から覗いた夜空にはほっそりと弧を描いた月と、星が点々とまだらに広がっていた。


(細せえ月だな。ナイフみたい・・・こういうのなんて呼ぶんだっけかな。・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・暇だ)


「ああ・・・暇だ」
「何がだ」
「うわっ!」

のそっと後ろから俺に覆いかぶさるようにして外に目をやる龍成は重くて暑苦しい。

「こら、重い、暑い」
「何見てんだ」
「空だよ、明るかったから月かと思ったら電灯の明かりだった」
「そんなことか」
「星もあんまり見えないんだよな」




空を見上げること自体久しぶりだった。何気に見上げた夜空は思っていたより星が少なくて退屈しのぎにもならない。もし見えたとしても星なんて何も分からないのだが。



「ここじゃあ1等星はかろうじて見えても2等星は見えねえ。肉眼じゃ星座なんか見えねえぞ」
「そうなんだ」

「天気や湿度にもよるがな。夏の大三角形も一部しか見えねえ。見てえならもう少し高地に行くか、あとは田舎だな。暗ければそれなりにもうちょい見えることもある」
「・・・詳しいな」

似合わねえ・・・趣味か?龍成とキラキラお星様。その絵柄は想像すると気味が悪かった。


「さそりなら、南に一部見えねえか」


そう言って窓から身を乗り出し、目を細めて夜空の星を探す顔は至極真面目な表情で、穏やかとまではいかないがこんな顔もできるのかとちょっと驚いた。

「あーあれだ、あの右上、S字とまではいかねえが何となく繋いでみればS字に見えるだろうが」
「え?どれだ」

「あの、消えそうにチカチカ点滅してる星の横だ」
「ん?・・・あれか・・・な?だめだよく分かんねえわ」

龍成が指さす方を見ても、まばらな星のどれとどれを繋げばS字に見えるのかさっぱりだった。




「もう閉めるぞ。蚊が入る」
「あ、うん」

再び布団に横になるがまだ寝れそうにない。

「なあ、龍成」
「あ?」
「星、好きなのか?」


「・・・ ・・・ ・・・ 昔、天体望遠鏡もらってな。もらったからには見なきゃならねえだろうが」
「何だよそれ」

興味がなきゃ普通はそこまで詳しくはならないだろうに。おかしなことを言う奴だ。

「誰にもらったんだ。その望遠鏡」
「・・・叔父貴」
「誰それ」


「・・・山城の叔父貴」
「ああ、山城の叔父さんか」

山城の叔父さんには小学生の頃よくお菓子をもらった。顔は怖いけど中身はいい人だと思う。ヤクザの組長さんにこんなことを言うのは変だけど。


「その望遠鏡まだあるのか」
「・・・ない」
「何だ、物持ち悪いなぁ」
「見てえなら・・・見せてやる」
「望遠鏡ないのに?」
「肉眼でも見える場所がある。行きてえんなら連れて行ってやってもいい」
「マジで?」

「今は季節的にもよくねえから・・・・・いつかな」
「そっか、じゃ楽しみにしとくわ」



こいつの意外な趣味を発見したが、他の奴らが知ったら眉唾ものな趣味だ。
料理に星。
アットホームでロマンチックな感じのワードだ。暖かくてほんわかしていてどちらも全然龍成らしくないけど。


『コータにはね、へどが出そうなくらい優しかったでしょう?』


椎神のあの言葉がふと頭をよぎった。優しいと言うのももちろん似合わない。

「優しい・・・・・・・・ねぇ・・・」
「誰がだ?」
「げ、まだ起きてたのか」
「てめえがうるせえからだろうが」

独り言のつもりが、思わず口を衝いて出た言葉を聞かれてまずったかな・・・と思ったが今更隠しても仕方ない。


「椎神がさ、龍成のことを優しい奴だって言ってたぞ」
「あのクソ野郎の名前を出すな」
「まだ怒ってんのかよ・・・お前って結構根にもつのな」

椎神が来なかったのはやっぱりまだお互い気まずいからだろうか。

「あのさあ、あれは、その・・・練習みたいなものだったんだから、椎神が悪いってわけじゃない。だからもうあいつに絡むのやめろって。俺だっていいって言ったんだからさ」

「いいんだったら・・・俺ともしてみるか」
「へ?」



「練習」

「・・・・・・・・ふ・・・ぇ?」


その言葉に首を傾けて龍成を見ると、バチッと目が合ったのでぎょっとした。
暗い部屋の中なのに目が慣れたせいかその目はジッとこちらを見ていて、耳がキーンとなるような静寂と気まずい雰囲気が漂っていた。



練習ってさ、それって。



「いや・・・も、いい。なんとなく分かったし」


椎神とやったことを今度は龍成とやるなんてとんでもない。あんなこと一度で十分だった。

「あいつとはやったことが俺とはできねえってか?」

「そうじゃなくてだな、もう十分分かったからいいんだってば」


椎神だから試したわけじゃない。誰がとかは関係ないのに。


「で、分かったって何がだ」
「それは・・・その。・・・だ、大丈夫だってことがだよ」

「にしては、悶えてたな」
「あれは、あいつがあんなこ・・」

そこまで言って口をつぐんだ。


「あんなことねえ〜・・・」


意味深な言い方で起き上がって来た龍成は俺の布団の端までずり寄ってきて、仰向けで寝る俺に向かって言った。

「何した、言ってみろ。もう一度確認してやる」
「え、遠慮しときます。あー何か眠たくなってきたな!オヤスミナサイ・・・」



ここは無視だ。うん、それがいい。
背中を向けて“俺は寝る”を主張すると抱え込んでいたタオルケットを引っ張られて、肩を掴まれ天井を向かされた。覆いかぶさる黒い影・・・目だけが妙にギラギラしている。

「言えって、言ってんだろうが」
「ね・・・寝ましょう・・・ね・・・」

「練習後にいくらでも寝かせてやる」



言い出したら聞かないのは長い付き合いで分かっている。特にこんな時はなおさらやめてくれない。嫌がらせのようにやりたいことをするのがこいつらだった。

「さて、まずは何しやがったんだろうなぁ」
「あ・・・えっと・・・何だったかなぁ・・・・・・  ・・・・・    ・・・」

忘れました・・・

ボソッと言ってみた一番無難な言葉。こんがらがる頭で考えても、されたことの順番なんて思い出せないし、思い出したくもない。


「そうか、忘れたか。相変わらず物覚えの悪い犬だよなぁ、じゃあいいわ」


犬!何かそれ久しぶりに聞くわ。クソッ・・・人のこと犬なんて言いやがって、何だかいつもの龍成に戻ってきてないか?一瞬でもこいつが優しくなったかも・・・とか思っていた自分がバカらしい。龍成の“じゃあいいわ”の言葉に、この遊びをやめてくれるのだと思いホッと胸をなでおろしかけたのだが、


「とりあえずフルコースで行ってみるか」

「・・・へ」



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