いい子だ・・・
社長室の中にあるドアをくぐると更に別室があり、その広さは社長室の半分くらいだ。でもテーブルとソファーしかないからだだっ広く感じるその部屋で、ソファーに向かい合わせに座って2人は出された弁当を食べている。




「ごめんね。忙しいのに・・・」
「・・・」
「その、急に来たりして」
「・・・」




鷹耶は「静!」「学校はどうした」「食べろ」と言ったきりそれ以降何もしゃべらない。それに対して静も「・・・あはは、久しぶり」「今テストで午前中で学校終わって」「えっと・・・いただきます」とだけ答えた。重い空気、不機嫌な顔、言葉を発せず黙々とお弁当を食べるこの緊迫した空気に先に滅入ったのは静だった。



やっぱり来なきゃよかった。



「ごちそうさま」
「・・・もう少し食べろ」

・・・やっとしゃべった。
僕の減らない弁当の中身を見て躾よろしく注意だけはする。

「うん、ごめん。もう僕帰るから」
「何だと」
「仕事頑張ってね。もう邪魔しないから」
「邪魔だと?」
「だって・・・」

だって鷹兄怒ってるじゃん!

せっかく会えたのに全然嬉しそうじゃないし、何にもしゃべらないしどうせ勝手に押しかけて来た僕に怒ってるに決まってる。そんなに嫌な顔するなら始めから帰ろって言えばいいのに。



フーと大きな息を吐いた鷹耶は弁当にふたをすると、内線で食後の飲み物を頼んだ。そして同じ場所には戻らず、下を向いていた僕の横にドスンと腰かけた。

「誰がお前を邪魔だと言った」
「だって・・その・・・」
「言え。俺がそんなことを言ったか?」

自分はまた更に怒らせるようなことを言ってしまったようだ。もう何が良くて何が悪いのか分からない。いっそ自分も黙っていればよかったのかも。
横に座る鷹耶からは、厳しい視線が送られているがその目は怖くて見ることができなかった。

「静」
「言って・・・ません。僕が・・・そう思っただけです」

「分かればいい」



鷹耶は静の置いた箸を取ると、ほとんど食べていない弁当の中から厚焼き卵を半分に割って取り出し、静の口の前に運んだ。

「?」
「口を開けろ」

唇にツンツン卵を当て食えと催促する。

「甘かったぞ、お前の好きな味付けだ」

鷹耶と厚焼き卵を交互に見ながら、おずおずと口を開けるとムギュと卵を押し込まれるがちょっとそれは大きすぎた。口いっぱいにムグムグ頬張っているとハンカチで汚れた口元をぬぐってくれる。その仕草に少しは怒りが治まったことを知ったが、小さい子供じゃないんだからと照れくささでいっぱの頭では卵の味もよく分からない。
残りの厚焼き卵に、肉団子の甘酢和え、ポテトサラダと、途中から自分で食べると言ってはみたものの箸は渡してもらえず次から次へと口に運ばれた。



「失礼します」

秘書さんが飲み物を持ってきてくれたので少し鷹兄から離れようとしたら、また口にポテトサラダをあてがうが、人に見られるのはちょっと・・・と、口を閉じた。するとそれが気に入らないから「静」とまた不機嫌に名前を呼ばれ、秘書さんが飲み物を置いて後ろを振り返るのを確認してからそれを口に入れた。

「も・・おなかいっぱい」
「相変わらず少食だな」

甘いパンならいくらでも食べられるが、米やしっかりと量のある弁当はもったいないがいつも残してしまう。
鷹耶がリンゴジュースの入ったグラスにストローをさす。それを受け取りチューチュー飲む僕の横でそのまま席を移動せず鷹兄はコーヒーを飲み始めた。また会話も途切れ静まり返った空間に黙ったままの2人という状態に戻ったが、入室した時のようなピリピリとした緊迫した空気は鷹耶の怒りが薄れるとともに消え去り、今はさっきよりも随分穏やかな空気になったように感じる。
外から差し込む光はまぶしくピカピカに磨かれた大理石の床を照らし、静かな空間に特に何もすることなく隣り合わせに座る僕達。



こんな時間が欲しかったのかもしれない。


ただ一緒に居るだけなのに、心の中でモヤモヤしていたものが霧が晴れるようになくなっていく。それだけ自分にとって鷹耶はいつもそばに居てくれる当たり前の存在になっていることを実感した。



暖房が心地よく効いた室内でおなかいっぱいになったら次にやってくるのは眠気だった。

だめだ。帰ってテスト勉強しなきゃ。

昨日遅くまで起きていただけあって、瞼がトロンとなるのに時間はかからなかった。



「・・・か」

「・・・・しずか」
「・・あ、は・・・い・・、」

「食ったら眠くなる。全くの子どもだな・・・上で寝るか?」

上と言うのは例の13階監禁部屋の事だろう。いや、そんなことはしていられない。鷹耶の昼休みだってもう終るし、僕は勉強。お互いやるべきことがちゃんとあるんだから。こうやってご飯を食べたことだけで静は十分満足していた。

「ううん。僕帰るよ」
「そうか、俺は送ってやれないが後で瀬名に車を手配させよう」
「いいよ、電車で帰るから。それと・・・今日は本当にごめんなさい。勝手に来ちゃって。もう、こんなことしないから」

うつむいた静の頭に手を置いた鷹耶は柔らかい猫っ毛っをすくように指先に絡め、離れ難そうに何度も撫でた。

「外は寒い」
「これくらい平気」
「風邪をひく」
「そんなにやわじゃないよ」
「昔はすぐに熱を出していただろう」
「もう、子供じゃないし」
「いいから言うことを聞け」

そう言うところが過保護すぎる。でも、それが嬉しく感じる時もある。僕はまだ鷹兄にとって面倒を見ないといけない手のかかる弟ってことなんだろう。

「・・・分かった」
「いい子だ・・・」



いい子だなんて。
鷹兄から見れば自分なんていつまでたっても小さな子供みたいなものなのだろう。それはきっと、これからも変わらない。
この先僕がもっと大人になっても、こんなふうにずっとやさしい鷹兄でいてほしい。たとえ鷹兄に大事な人ができても。

静の頭によぎるのは、昨日見た赤い服の女性。きれいな、あの美しい人。
もし、誰かをすごく好きになっても、自分ことを頭の片隅にでも置いてほしかった。手のかかる弟扱いで十分なのだから。




静はそんな想いを込めて、鷹耶に微笑んで見せた。





頭を撫でていた手がピタリととまる。

微笑む静の顔に見とれ一瞬止まった手は、今度は頬に滑り落ちいつものように柔らかい肌を必要以上に撫で始める。目じりを、耳元を、そして唇を。滑らかな線を描くその口元を親指でスッとかすめると、静の表情には戸惑いが生まれだんだん笑顔が消えていく。



鷹耶が見ているのは静の少し開いた口元。
頭や頬を撫でながら、どんどん体重をかけて来る鷹耶のせいで、静の体はソファーの背もたれにピッタリ寄りかかり、目の前に迫る顔に一抹の不安がよぎる。


この体制は・・・まずいんじゃないかな。




前例があるだけに、危機感を感じた静はソファーから立ちあがろうと腰を浮かせたが、伸びた鷹耶の手がそれを遮った。

「あ、あの、さ、もう時間・・・」
「少しくらいは大丈夫だ」
「でも」
「あと5分」
「だめだよ、仕事・・」
「静」
「ちょ!たか・・」


いろいろと考えている暇などなかった。

「あ!」と思った時には顔に影が落ち、暖かい唇が抗議しようとした口を塞いだ。



次回の「プラ」は〜

下降滑降〜明日は「嫌悪」です。

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あきゅろす。
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