東雲会年始(1)


東雲会年始の行事は、5会派の長と50人を越える組長が顔を合わせる年頭行事。

この1年で一番大きな会合を今年輪番制で仕切るのは白山会のはずだったが、警察の手が入る可能性のある白山の代わりに皇神会がその役を担っていた。
ゆえに、
海藤廉治の機嫌は、昨年から非常に悪かった。



「そのしかめっ面やめてくれませんかね。ただでさえ凶悪なのに見てくださいよ、誰も目を合わせてくれないじゃないですか」

海藤本家の長い廊下を歩きながら母屋に向かう皇神会会長の廉治と世話役の染谷。屋敷の人間は2人と視線が合う前に一様に顔をそむけて礼をしたまま俯き固っている。張り詰めた空気、息を殺して立ちつくす部下達。その原因が廉治の不機嫌極まりない顔にある事を染谷は教えた。

「うるせえ。誰のせいでこんなやりたくもねえことやってると思ってんだ。クソ白山が、テメエのケツくらいテメエで拭けってんだ」
「いいじゃないですか。別に会長はなーんにもしてないんですから。頭使ったのは私。この半年間会長が遊んでいる間どれだけ私が苦労したと思ってます?ボーナスもらったっていいくらい労働しましたよ。今日だって会長は分厚い座布団に座ってるだけでしょ。仕切りが決まってから会長がこの年頭行事のためにしたことって回状に拇印押しただけじゃないですか」

それは真実だ。
皇神の会長としての仕事は事務的なことは染谷が仕切り、対外的な調整は全て息子の鷹耶に押しつけた。それは修造の指示でもあったのだが、指示がなくても廉治は仕事を鷹耶にやらせたに違いない。

「あたり前ぇだろう。そのためにてめえがいるんじゃねえか」
「はいはい。その通りですよ。頭使うのは私、ふんぞり返るのが会長。今更このスタンスを変えるつもりはありませんがね。ただ、これからお姫様のエスコートの時間でしょう。いくら大好きな叔父様だって、その凶悪面を見たら・・・桜花さんも引きますよ」

その言葉に廉治の顔が少し緩む。その緩んだ顔を見てみっともない・・・と染谷はため息をつく。凶悪な顔も困るが、鼻の下を伸ばしたようなうつけ顔はもっと嫌だった。

「俺の楽しみは今日これしかねえからな。ジジイの介護なんかにはもったいねえし、変な虫が付かねえようにしねえと。もし妙な輩がいやがったら、ブチ殺してミンチ肉に・・」
「気持ち悪いこと言わないでくださいよ。それに介護じゃなくて介助です。ほら、着きましたよ。顔、キリッとして」

ふすまの向こうの廊下から、美也とあゆの話し声がする。声をかけてから入室の許可が美也から下りると染谷がスッとふすまを開けた。
座敷の奥には、着物姿の桜花が立っていた。



白地に黒と金をあしらった生地には、胸と袖に薄ピンクの桜が描かれ清楚さと艶やかさを漂わせていた。同じく黒と金の帯は背で大きな蝶の形に結われまるで花の精が舞い降りて来たような幻想的な風合いも醸し出す。
幼い顔に不釣り合いかと思われた黒を基調とした衣装は、桜花の美しさを際立たせていた。



「・・・・・さ・・」

「佐和子さんという方じゃありませんよ。桜花さんですからね」
「う、うるせえ・・・・静・・じゃねえ、桜花・・・きれいだ。こんなべっぴんさん・・・まるで天女・・ぐふぁ!」

両手で桜花につかみかかろうとした廉治を染谷が額をピシリとたたくことで押さえた。染谷自身も佐和子という人間を実際には知らないのだが、去年廉治が静を見て「佐和子」と何度か口走った事を覚えていて、いつかその話も詳しく聞かねばと頭の隅に置いていた。

「染谷!てめえは死にてえのか、ああ〜」
「バカ力の会長が安易にさわったら壊れます。いきなり抱きつこうとしたでしょう。あなたはケダモノですか」
「本当に若様、お手柔らかにしてくださいな。さあ、東雲の会長がお待ちですよ。お急ぎくださいな。桜花さんもいいですわね」

「・・・・・・・はい」

廉治と会っても静は顔を上げなかった。
その静の沈んだような顔つきに、廉治はわざとうるさく声を上げた。

「こんな下らんことはさっさと終わらせて、どこかおもしれえ所にすぐに連れていってやるからな、静!」
「ですから、“桜花”さんですってば会長。気をつけてくださいよ。間違ってそっちの名前で呼んだら、東雲の会長の怒りをかいますよ」
「うるせえ、んなこたぁー分かってんだよ、あのクソジジイが。好き勝手静で遊びやがって!」
「もう・・・バカですかあなたは」

どうしても桜花と呼べない廉治だった。






――― 年始行事に華を添えてほしい。


そんな連絡があったのは先週のこと。九鬼からの電話はまた桜花として本家で茶を点ててほしいという、修造の無理な願いだった。

「僕は・・・・その・・・」

年寄りのわがままに付き合ってくれと言われて、昨年の秋孫の代わりをした。それも女の子のふりをして。着物を着て女の子の名前で呼ばれて、お爺ちゃんの自慢になるように精一杯静はその役をやりきったが、修造は今回も桜花として来てほしいと静に頼んできたのだ。

「僕はもう・・・やりたくありません」

「静さん」

電話の向こうで九鬼が申し訳なさそうに静の名を呼ぶ。それでも静はきっぱりと桜花になることを拒んだ。

「僕はもう、桜花にはならないし・・・それに、あの家にももう・・・行きません」
「それはどういうことでしょうか」
「すいませんが明日テストなので・・・もう電話切りますね」

プチッと切れた電話。
すぐに掛けなおしたが電源自体が落とされていて通話できなかった。
未だかつてこんなにも避けるような態度を静がとったことはなく、九鬼は静の変容に何かあったと心配せずにはいられなかった。




そして次の日曜日の早朝、自分が赴いても会ってはもらえないと考えた九鬼はあゆにアパートを訪ねさせた。
突如訪問して来たあゆに静は驚き、一緒に来てほしいと涙ながらに訴えるあゆに仕方なく従った。
部屋を連れ出され電車に乗ると一つ向こうの駅で降りる。そこには予想していた通り九鬼が待っていて、結局車に乗せられて海藤の本家に行くことになった。

到着するまでの1時間。
誰も何も話さない。

「車には乗りません、僕は行きません、降ろしてください」

静が口にしたのはそれだけ。
九鬼はぎこちなく静を誘導するだけで、静を帰そうとはしない。
いつも優しい九鬼は修造の命令に従い静を本家に連れていくことを使命としていた。




「よく来たの、静」

静まり返った広間で、修造はいつものように一人碁を打ちながら静を待っていた。
その姿が少し寂しそうに見えたが、この家とはもう関わらないと決めた静は大好きな修造の姿から目をそらしたが、九鬼に背を優しく押され修造の前まで足を運ばされた。

「久しいの、静。元気がないようじゃが・・・どうした」
「・・・・」

「黙りか?」
「・・・・」

「無理に連れて来た事を怒っておるのか?」
「・・・・」

「鷹耶と何か・・・あったか」
「・・・・」

鷹耶と聞いてピクリと頭を動かした。
ほんの少しだけ。
それを修造に悟られていないだろうかと内心焦ったが、見た目だけは平静を装った。

「甘いものが好きじゃったな。九鬼何かうまいものを持ってきてやれ。食うたら機嫌もよくなるじゃろうて」
「はい、会長」

何もしゃべらない静と、それを気遣う会長を残して九鬼は部屋から出ていった。




「正月は朝川倫子の元におったそうじゃの。そのせいか。お前がしゃべらんのは」

「・・・・」

修造も知っていた。静が海外に行っていたことを。鷹耶だけではない。海藤の人はどうやら自分の動向についてある程度目を光らせているようだった。


(なぜそんなことをするのだろうか。)


親友の孫を心配するにはいささか度が過ぎる。まるで見張られているようで、あまりいい気分ではなかった。

「島木は真っ直ぐでしかし頑固な奴じゃった。春江さんは一途じゃったし、そして佐和子は慈悲深く心の強い娘・・・静、お前は3人に似てとても優しい子じゃ。優しすぎて・・・ワシはお前が不憫でならん」
「・・・」

「わしの養子にならんか」
「え!」


初めて声を発した。あまりにも唐突な言葉に思わす堅く閉ざしていた口から言葉がこぼれてしまった。

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あきゅろす。
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